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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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悩む先生

 おはようございます。先生の弱いところを見てしまったアサヒです。

 良いものを見せて頂きましたが、同時に抱きしめられた腕がまだ痛みます。


 わたしよりも早く起きていた先生は、ひどい頭痛に悩まされておりました。

 頭痛の種は十数年ぶりのアルコール摂取による二日酔い。そしてなにかと手段がエスカレートしてきたわたしへの対応です。


 興味本位で飲酒させてしまった事は朝一番で謝りました。

 今日が休日なのは不幸中の幸いです。落ち込み過ぎて授業どころではないし、先生の悩みはとてもじゃないけど生徒達に打ちあけられるものではありません。勘違いが暴走し、学園中に先生が幼女に手を出した性犯罪者だと噂が広がってしまう。



 先生もまた、気を付けずに口にした自分も悪かったと言います。

 それで丸く収まりましたので、おいしく食べて頂こうなどという企みは心の内に秘めておきました。言葉にしたらお説教の時間が追加されかねません。一緒に居たいという願いこそありますが、お叱りの形で時間を共有するのは本意ではないのです。




 謝ったからそれでヨシというわけにはいきません。

 先生は、どうすればわたしが持つ不安を取り除けるか、思い至れずに頭を抱えていらっしゃいます。


 他人にお酒を盛るなどという危ない行為は、先行きの不安を感じてしまったが故の行動です。

 それが無ければ襲って貰おうなどと考えない。わたしは十年近く先の約束を果たす為に堪える事ができた。


 幸か不幸か、先生はお酒を口にした後のことをよく覚えていらっしゃいません。

 酔った勢いのまま生徒に手を出してしまったのではないかと内心落ち着かなかったようで、いつも通りのわたしを見て、安堵したよう見受けられました。



 もしこれが単純にわたし達二人のコミュニケーション不足であったり、無知なわたしの突発的な非社会的行為だったならば、どれだけ良かったのか。

 解決方法はすぐに思いつきます。振り向いて欲しいと願うわたしをもっと構ってやるか、大量の宿題などで悪戯どころではない状況を作り出すか、改めて生徒と教師の立場を明確にして立ちふるまいを正すのか。関係の終了を望まないわたしならば、どんな無理難題も先生のためにと盲目的に従うでしょう。


 今回の奇行の原因は遠い場所の外的要因にある。

 原因を辿って行けば人間社会の法に、魔法使いの風習に、巡り巡った果てにサワガニさんの存在にさえ行き着いてしまう。

 これが先生にとっての悩みの種なのです。


 懸念材料がわたし達にはどうしようもない場所にある以上、どこか遠くへ逃げて慎ましやかに暮らすでもしない限り、同じ不安はいつでも湧き上がってしまう。

 背は低く魔法の才も無いが頭の良い少女は二年生になり、授業内容や周囲の環境が変化していく中で、好きな人との関係もその例外ではないと感じてしまいました。その結果が先生へのお酒の提供です。


 秘密裏に動いていた計画を理事長がうっかり公開したのはただの切っ掛けであり、それそのものは原因として槍玉にあげることはできません。

 もちろん、直近で予定されているの社会科見学への不安の割合が小さいと言えば嘘になる。今まで専守防衛に勤めていた学園が攻めの手を打つということは、目的の成否を問わず世界の様相が急変することに繋がっている。

 もしかしたら、この学園都市が戦場になるかもしれない。学園都市を守る為、先生も矛や盾を手にとらないわけにはいかない。探査の魔法を巡る攻防は間違いなく起こる。常時展開している術者の先生には当然多大な負荷がかかる。戦いになったとき、戦いが終わったときに、人の形を保っていられるかどうかもわからない。


 まさかわたしと先生の二人でサワガニさんを打ち負かして世界最強として君臨するわけにもいきません。チャンピオンには頂点の座を守る義務がある。一時の勝利も三日天下。非力なわたしでは理事長のようにフィジカルで目の前の障害をちぎって投げる八面六臂の活躍はできません。あんなの無理です。できると思えないしやりたくもありません。本気で殴った相手が無傷なんて絶望でしかないのです。



 この難題、わたしが先生にいったい何を求めているのか。

 コミュニケーションの問題ではないので今の関係や接し方を改めたとしてもあまり意味は無い。社会科見学及び魔王への強襲の中止など、事態の早期解決は先生一人でなんとかなるものでもない。できたとしても、一度火の付いた闘争への意志を抑えつけるのは難しい。

 いったいなにを望んでいるのかを知らなければならない。相手の心の内を暴く必要がある。これがわたし相手でなかったら、相応の時間をかけての信頼関係の再構築が必要だったことでしょう。

 それは仲が良いようで実は全くそうでもなかった所からのスタートであり、難易度も非常に高い。一歩進んで三歩戻っても進まなければならない。


 ですが、ご安心ください。

 わたしは誰にも心を開かぬアサヒ・トゥロモニではありません。先生大好きアサヒちゃんです。


 わたしの望みと先生の本心は一致した。心の底から共にありたいと願っていると聞くことができました。

 口にした瞬間は酩酊状態で、本人が今覚えていないのは問題がありますが、それは自らの立場も男の尊厳もかなぐり捨てた本心だと判断します。判断基準は他人に委ねません。わたしがそう捉えたのです。違うとは言わせません。


 だから、先生は何もしなくて大丈夫。

 昨夜の言葉は深く胸の奥に刻みました。

 離れたくない者同士、引かれ合う磁石の如く共に人生を歩みましょう。





 先生の悩みの種はわたしとの付き合い方の他に、もうひとつあります。先生にとってはこっちのほうが大事かもしれません。

 これは教師ではなく、男としての先生の尊厳に関わる大事な問題です。


 かつて同じ光景を見たカエデさんは誰にも語らずに、秘密を秘密のまま墓の下まで持って行きました。

 彼女が明かさなかった重大な機密事項。先生自身も覚えていない、酔って記憶がない間にやらかした何らかの失態を、わたしに対して行ってしまいました。


 同じ釜の飯を食った同年代の女性であり、それなりに意識し合う間柄であり、成人であるカエデさんならば、仮にそういう事態になっても同意であれば法に触れる事はありません。

 だが、今回秘密を知った人物は未成年であり生徒である。一応保護者も兼ねているとはいえ、未成年の女児が一人暮らしの成人男性の家に上がり込むという恐ろしい事態が恒常化しているのに、酒癖の悪い人物が酔って記憶の無いまま朝を迎えてしまった。これが由々しき事態でなければ何だというのだろうか。


 本当に何もなかったとしても、昨晩何があったのかを、包み隠すことなく明かさなければならない。もし罪を犯しているのであれば相応の償いが必要であり、無実ならば身の潔白を証明しなくてはならない。

 輝かしい未来のあるわたしのためにも、先生の立場を守る為にも。


「僕は、その、何か、変な事したり、してませんでしたか?」


 すごく歯切れの悪い口ぶりの、弱々しい質問がわたしに投げかけられました。

 カエデさんは先生が酔った時の事を誰にも言っていない。それは本人も例外ではありません。

 先生自身、自分が酔うとどうなるのかを知らないのです。


 誤解を招く表現をするのは簡単です。以前それで先生に言い寄る女性を退けた事もありますので、表現の豊かさには自信があります。先生ですら騙す事もできるでしょう。

 残念ながら、今はその頭の回転の速さを披露するときはない。わたしの心配は既に取り除かれたけれど、今度は先生がいらぬ心配を抱えてしまっている。相手がしてくれたように、こちらも誠意をもって返すべきなのだ。


「愛の告白をしてくれました。」


 先生は恥ずかしさなのか、テーブルの上に組んでいた腕に頭を埋めてしまいました。深追いしてはこちらも痛手を負う事になってしまいますから、一字一句同じ言葉を告げるような追撃は必要ないでしょう。


 カエデさんがそうしたように、わたしも墓の下まで持っていくことにします。あの世で出会った暁には、わたしとカエデさん、そして三人で盛り上がりましょう。


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