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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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先生の本音

 わたし達特別学級のドッジボール大会は二回戦敗退という結果に終わりましたが、得られるものは多くありました。


 情報は正しく把握せよ。出どころ不明の噂話を真に受けはならない。

 中間試験を免除されるという噂は参加者のほぼ全員が信じ切っていました。とても優秀であると自負してはばからない一組の皆様ですら偽りに騙されて、勉学をほっぽり出してゲームに夢中になってしまいました。クラスが一丸となって目標に向かう団体競技は一時の息抜きにはなったでしょうけれど、言ってしまえばこの大会への参加は時間のムダだったのです。


 昨年度、特別学級が中間試験が免除されたのは事実です。

 ただし、サヴァン・ワガニンの手先として学園に入り込んだのがメルベス講師であり、ひと騒動起こした事までは周知されていない。

 何らかの形で良い成績を上げ、試験を免除されたのだという推測が根拠のない学校の怪談へと変化したのでしょう。

 急に伸び出す子供の成長を妨げるのはよくありませんので、いずれそういった免除の試みは行われるかもしれません。


 それにしても、中間試験とは、こんなにも分かりやすい根拠のない噂に騙されてしまうほど嫌なものなんでしょうか。




 皆が教訓を得る横で、わたしも一つ学習しました。

 それはつまり、駆け引きの重要さ。


 貴族のご子息は、今回ポールとマッシュを煽り立ててわたし達の参加を促して、自身の能力も全て使って望み通りの展開に場を動かしました。目的達成まであと一歩の状況まで持ち込めた。チェックメイトまであと一さしだったのだ。

 挑発に乗せやすい二人であったことと、彼自身の性格やその言動に問題がある事を度外視しても、その手腕はお見事でした。


 それに、ただ投げて、ボールを仲間内で回して相手にぶつけるだけが球技ではありませんでした。

 実力者が動きの悪い仲間の為に盾となる。投擲だけは上手い一人を主砲に見立て、彼がいつでも存分に力を振るえるように立ち回る。取るのが上手い一人がわざと狙われやすい動きで相手の注意を誘う。全員でくねくねとダンスを始めて相手の注意力を奪う。胸の大きな女子生徒全員が敢えて下着をつけず試合に臨み、そのたわわに実る胸の膨らみを盛大に揺らしながらの大健闘。敵味方男子全員を無力化する恐ろしい戦術を繰り広げるクラスもありました。


 魔法学園なのに魔法を使わない試合などして何の意味があるのかと疑問に思ったさっきまで思考は撤回します。

 魔法が使えない状況下などいくらでも存在する。仲間の助けを待つのはその通りだけど、いつでも仲間がいるとは限らない。その不利な状態を魔法無しで覆す為の発想力が、このドッジボール大会に求められていたのです。




 駆け引きとは圧倒的な優位を覆すどんでん返し。

 恋はそんな駆け引きで成り立っています。すなわち、順風万端なわたしの先生への恋でさえ、なにか一つの出来事で全部ひっくり返される可能性がある。


 わたしは先生にしかときめかない。振り向かない。誰一人としてそういった恋愛の対象として見ていない。誰が何と言おうと変わらない。そのつもりでやっている。

 そうやって今はまだ振り払えているけれど、果てしなく遠い位置から攻略のフラグがたてられていて、いずれ伏線回収がされてしまうかもしれない。


 わたしの心変わりだけではなく、先生が奪われる事にも気を配らなければいけない。

 些細な気遣いを積み重ねた大魔術を一度は跳ねのけたけれど、別の誰かによる二度目が無いとは限らない。先生の技術を狙う何者かによるヘッドハンティングもありうる話で、その際には男性が言い寄ってくるかもしれない。女性だけに気を付けているのは片手落ちなのだ。


 始まる前から始まっている駆け引きというものを知り、真剣勝負の場で盤上の有利な流れを蹴っ飛ばしてご破算にされてしまう可能性を考えてしまいました。

 今まで知らずに幸せだったとは思わない。むしろ、こんな危険なものを放置していたなんて信じられません。



 関係がいつでも引き裂ける脆弱な物だと気付いたからと言って、これといった対策方法など思いつきません。

 わたしと先生、二人が相手を絶対に信じることで成り立っている二人掛けの強い絆は仲違い一つで簡単に崩れ去ってしまいます。

 社会科見学と称してサワガニさんへ強襲をかけようという話を聞いたばかりで、この関係がいつまで続くか分からないという不安が募っている。明日の朝、先生の顔を拝むことができなくなるかもしれない。


 ならば、後で後悔しないよう、やるところまでやってしまおう。





 先生はお酒を飲みません。表向きには、自室に入り浸る生徒、つまりわたしの誤飲を未然に防ぐため。そして学園都市全域を監視する探査の魔法の維持のため。

 しかしわたしは知っています。先生はお酒で失敗したことがある。前後不覚に陥って、何かとんでもない失敗をした。


 先生達の世代が成人を迎えた日を祝う理事長主催の宴席の折、無理矢理飲まされ一人で立てぬ程に酩酊した先生は、カエデさんに連れられて自宅へと帰って行きました。そして、その翌日にはなぜか顔を合わせる度に赤くなる二人の姿があったといいいます。

 その日の晩に、わたしも寝泊まりする寝室でいったい何があったのか、今も当事者はは何も語らない。


 仲の良い幼馴染の男女、後に夫婦となる二人が一つ屋根の下。

 何があったのかを想像するのはあまりにも容易い。酔って高揚した気分のまま先生がカエデさんを押し倒したんだ。愛の営みが行われたんだ。長年の想いはシーツが乾く暇を全く与えなかったに違いない。きっと二人は朝までずっと抱き合っていたんだ。そうだ、そうに違いない。



 先行きの不安からわたしが考えついた作戦とは、ずばり、先生を酔わせた上で自分を襲わせ既成事実を作り上げること。


 わたしが成人するまでにはとても長い時間が必要で、その間に先生以外の誰かにこの身体の純潔を散らされるかもしれないのです。万が一そうなったとして、先生は汚れた身体でも受け入れてはくれるでしょう。だが、初めての相手は自分が望む相手であるべきだ。癒しの魔法で処女の証は再生できるだろうけど、初体験とはどうあっても人生一度きり。はじめてを失敗せず乗り越えるための練習をしようなどと甘い言葉に惑わされてはならないのだ。



 成人まで待てと約束を交わしている以上、わたしから誘惑するのは当然ダメ。

 先生はどこまでも紳士です。わたしがどんなに脱ごうとまるで魔法であるかのように胸や下腹部には触りません。身体を拭いて頂くときにはタオル越しに身体に触れてはしまうけれど、撫でまわすような事は一切なさらない。

 先生は、絶対に周囲に誤解されてはならないという強い意志の下に、わたしとの交際を行っている。わたしと二人きりの場では緊張を解いてリラックスして欲しいのに、余計緊張させてしまっているのが現状なのです。


 だから、今夜、お酒の力で欲望を解き放って頂きます。

 何もかもが未経験のわたしがどこまで激しいプレイに耐えられるか全くわからないけれど、がんばります。ああ、でも、痛いのはやっぱり嫌かもしれない。





 ただの水を瞬く間に酒に変えると言う果実の絞り汁。それを一滴垂らしたお水を口にした先生が目を見開いて、コップをテーブルに置くのと同時に思い切り咳込みました。


 アルコール同様に酔うけれど、あくまで酔って気分が良くなるだけで、後遺症は一切無し。

 それそのものは高級品であって簡単に入手できませんが、それとよく似た果実は学生のお小遣いでも簡単に買うことができます。魔法でちょっと悪戯すれば御覧の通り。先生の顔は真っ赤に染まり、目は虚ろ。息も荒くなっている。こうかはばつぐんだ。


 大丈夫かと声をかけた事で獲物を認識したのでしょう。ふらふらと立ち上がった先生に、今までにない程強い力で抱きしめられました。 

 さあ、いまこの時からは大人の時間。夜の運動会がスタートだ。最初の競技は何だ。お酒を仕込む前から覚悟はとっくにできている。キスか、愛撫か、それとも口で先生の先生を奮い立たせるのがお望みか。それは手ですべきか、それとも口か。何でもいい。長い夜はこれからだ!


「置いてかないで。」


 先生からかけられたその言葉は、期待と不安で胸を躍らせたわたしにとっては予想外でした。




 わたしよりも大きな男の人が、その体格に見合う腕力で抱き着いて、わたしよりも幼い子供のように嗚咽しています。

 先程までの、あまりにも安直な下半身直結的思考を反省しました。


 わたしやサワガニさんがそうであるように、先生もまた、親から見放された子供だったと聞いています。

 ただ、来世でもその後でも絶対に関わりたくないと願うほど実の親を嫌っているわたしとは違います。先生は親を愛し、親からも愛されていた少年だ。暖かい家庭で愛情いっぱいに育てられていた。


 学園に先生を送り出した直後に両親は雲隠れ。数年後に人知れぬ山奥の谷底で白骨遺体として見つかったとか。借金があったり犯罪に手を染めたという話は存在せず、なぜ死んだのかは今も謎のまま。


「いかないで、どこにも、いかないで。」


 先生からの想いで心身がとても痛みます。痛いのは我慢しようと決めていたけれど、この痛みは予想していませんでした。

 理由もわからないまま理不尽に別れる経験をしてしまった先生が恐れているのは親しい人との離別。たとえ正当な理由があったとしても、先生にとって別れとは何よりも辛いことなのでしょう。

 そうでなくては、普段の語調を失って、こうして取り乱すかのようにわたしに抱き着いたりなどするはずがありません。



 同じように酔った日に、親しい人の居ない孤独から救い出したのがカエデさんなのだ。

 カエデさんは、普段は強がっている幼馴染が目の前で泣き出す姿を見ても、大人が泣くなど気色悪いと嫌悪するような人ではありません。子供のように苦しむ先生を優しく受け止めて、身も心も慰めて差し上げたのでしょう。


 そんな彼女を先生は奪われた。運命の悪戯にしては度が過ぎている。

 特別学級に編入され、魔王と同じ技法を学ぼうとした少年は孤独に生きながらも親しい人を得たけれど、二度目の喪失を経験してしまった。


 古傷を抉られ塩を摺り込まれたのに、わたし達の前でずっと平静を保ち続ける事がどれだけの辛さなのか。それこそわたしには想像ができません。

 気丈に一端の教師としてふるまってはいるけれど、先生は今も孤独を恐れる少年のままなのです。



 では問題です。先生にとって二度目の喪失は誰のせいで起きたのでしょう。

 カエデさんが死んでしまったのは不幸な思い違いの結果だけど、その遠因となったのは誰なのかといえば、彼女がその道を目指し、再び巡りあいたい最終目標としていた最初の召喚者――わたしです。


 一度目は本当にしょうがないとしても、二度目はわたしにも責任がある。先生を好きにならずともカエデさんが死ぬのは確定した事項だけど、そんなのは関係ない。わたしは例え拒絶されようとも彼の孤独を埋める努力をしなくてはならないのだ。

 幸運にもいま、先生の心のスキマにはわたしが入り込んでいる。成人男性と幼い少女が支え合う関係を健全なものとするならそれは間違いだろうけど、心の支えとして、先生はわたしを必要としている。


 先生がわたしの求める姿を見せてくれているように、わたしも先生が求めるわたしであることが求められている。

 そんなことはずっとわかっています。世界の解像度が良くなって、世の中が見えるようになって揺らいだように見えたけれど、何も変わっていないのです。


「大丈夫です、どこにも行きません。わたしはここに居ます。」


 酔ったせいもあるのでしょうけれど、ずっと同じ言葉を繰り返す先生に、抱き返して答えました。

 わたしの意思で離れたりなど絶対にしない。引き剥がそうとする人物が居たら、誰であろうと蹴っ飛ばす。だから安心して、わたしの先生で居て欲しい。


 先生の身体に手を回そうとしたけれど、この身体はやっぱり小さくて、手は脇腹にしか届きませんでした。


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