アサヒ、年上を救う
朝一番の寒さに耐えかねて考えた末に思いついた魔法で失敗し、丸い身体のままのアサヒです。
横幅こそ増えましたが背丈はそのままなのでわたしだと気付かれます。尋ねられる度に朝の失敗を説明する必要があり、普段の数倍は声を出して口を動かした気がします。顎が筋肉痛になりそうで明日が怖い。
宿舎に帰ったわたしの前にあったのは、激しい言い争いの末の取っ組み合いでした。
人が多ければそれだけ衝突も起こる可能性も増えますし、個性的な皆様が勢ぞろいしていますので、ご近所トラブルも絶えません。不満が限界を超えて、堤防の決壊のように怒りが溢れてしまうこともあるでしょう。
そうすることを咎めるつもりはありません。それぞれの言い分を相手に正面からぶつける絶好の機会です。存分に殴り合って理解を深め合って頂ければそれでいいと思います。
ただひとつ難点があるとすれば、わたしの部屋の前で喧嘩しないで欲しい。
元の体格に戻る為の魔法を一番効率よく使う為には制服を脱ぐ必要があります。脱ぐだけなら先生の家でもいいのだけど、今日はお仕事で帰りがすこし遅れると言います。先生の家の鍵はわたしの部屋にある。潜り抜けの魔法を使えばいいかもしれない。だがそれは魔法の無断使用に他ならない。ああ、学生とはなんて狭苦しい立場なのでしょう。
わたしに騒ぎを収められる力はありません。相撲の力士のような身体ではありますが、わたしは彼らのように鍛え上げられた肥満体ではありません。この身は軽く、まるでボールのように弾き飛ばされるのが目に見えます。
騒ぎは同じ階に部屋を持つ年上の先輩の武力介入でひとまず場は収まり、野次馬の人だかりも解散させられました。
強引に割り込んで両方ねじ伏せて、双方続けるのならばアタシを倒してからだと啖呵を切る姿はどこかで見た気がします。きっとその何者かに憧れて、その姿を真似ているのでしょう。
騒ぎの発端は飼っているトカゲか何かの餌にしているゴキブリが脱走する隣の部屋の一年生と、その隣の四年生。わたしからは隣の隣の部屋にお住まいの先輩です。
ゴキブリと何度も連呼するのはなんとなく気分が良くないので、生餌と呼びましょう。それが部屋に出たと言います。
家庭内清潔衛生管理信仰上、節足動物や昆虫の多くを忌み嫌い、彼らを絶滅させるためにこの学園の門を叩いたという筋金入りの虫嫌い。実家の使用人にもそういう人が居ました。調理場にダンゴムシを持って行った際、彼女の持っていた調理器具で頭を殴られた思い出があります。雇い主の娘を躊躇なく殴れるのは凄い神経だと今も思います。
虫を全て駆逐してやる。口を開けば二言目にはその言葉が出て来る彼女はこの度、蒸気として空気に混ざり、その空間全体に効力をもたらす殺虫剤を開発しました。
その殺虫剤は限られた空間で効力を最大限に発揮するため、彼女はテープで窓や扉の隙間を埋め万全を期した。そしてその効力は絶大であった。壁のスキマとも言えぬ僅かな合わせを潜り抜け、または壁の木材の繊維を通り抜け、隣の部屋にまで到達してしまったのだ。
隣の部屋の殺虫剤が、生餌を全て皆殺しにしてしまった。幸いトカゲ君に被害が及ぶことはなかったものの、明日の食事を探す必要があり、一年生は嘆いていました。
殺虫剤を使ったことに怒る人は彼女一人ではありません。薬が使われた部屋の上の階の、わたしと同学年の女子は先程まで泣き腫らしていたために、顔を真っ赤にしています。
三組なので、貴族のご子息の配下としてわたしに洗脳の魔法を使ったか、校舎丸ごとを使った鬼ごっこをした事がある人です。上着の学年章とリボンの色で学年と所属を判断したので、具体的に名前や顔を思い出すことはできません。
そんな彼女は、許嫁に頂いた大事なアクセサリーがガスの影響で化学反応を起こし、修復ができぬほどにくすんでしまったと言います。手を加えたくない。ありのままの形で残しておきたいという拘りを不可抗力で打ち砕かれてしまった悲しみは計り知れません。犯人には罪の意識が無いのは本当に性質が悪い。
さらにもう一人。この方は宿舎にお住まいであることだけは分かるんですが、どの部屋に居るのかわかりません。
他の二人とは比べ物にもならぬほど取り乱していて、今も言葉にならぬ声を発しながら仲介に入ってくれた先輩に縋りついて助けを乞うています。
先輩の復唱を聞く限り、物心ついた時からずっと傍に居てくれた鳥が、その殺虫剤の毒を吸ったと思わしき中毒症状を起こして虫の息なんだそうな。
これがもし人体にも有害な薬品だったなら、どれだけ大変なことになっていたか。
隣の隣という近い距離にいるわたしも被害者になる可能性がありました。薬害が小動物までで抑えられたのは不幸中の幸いだと思います。
その不幸に見舞われてしまった方はそれどころじゃありません。
既に死んでしまった姿を発見したのならば、割り切ってその後のことを考えたりできるかもしれない。
大事な存在が、まだ息が続いていて、もがき苦しんでいて、死に向かう最中の姿を間近で見せられている。そしてやらかした相手に悪気が無い。犯人を責めたところで苦しむ彼(彼女?)を救えない。救う手立ては見つからないし、時間が無い。
出来る事と言えば、今すぐにその命の灯を吹き消して、苦しみから解放してやる事しかできない。ずっと共に過ごしてきた家族を手にかけるなど、できるはずがありません。そのやるせなさに同情はできたとしても、慰められる自身がありません。
「たかが鳥よ、また飼えばいいじゃない。」
口を滑らせた毒ガステロの犯人の心無い一言が、消えかけていた怒りの炎を再度燃え上がらせてしまいます。
価値の分からない人間にとって、それはただの愛玩品。可愛い姿を愛でればいいし、飽きたらその場で捨ててもいい代物。それが動物であり命であっても知った事ではない。価値があるのは言葉を使い自らの意思を語ることのできる高等生物だけなのだから。
自分はどうなっても良い、なんでもする、彼を死なせたくないと泣き喚く彼女が指さした先、廊下の隅に置かれた籠の中に犠牲者は収められていました。
長く使われて汚れたタオルの上で、頬紅のような模様のあるインコがボサボサの羽毛をまき散らしながら痙攣しています。
わたしからすれば、これだけで何があったのか全く分からりません。以前、特別学級で拾われてきた子猫のように、何もしないまま死ぬのを眺めてしまうかもしれません。大事な家族と思っているからこそ異常にいち早く気付き、症状から何が原因なのかを突き止めて、どうしてそうなったかまでを特定するまで至ったのでしょう。
あの子猫は助けられなかった。当時知っていた癒しの魔法では対価として使うものが大きすぎて何もできなかった。見なかったことにしても子猫が野垂れ死ぬ事実は揺るがない。関与してしまったのだから、助けたかった。
丸い身体の小さい魔女は、泣き喚く飼い主に、どうすればいいのかを尋ねてしまっていました。
安楽死ではない方法で楽にするにはどうすればいい。完治させるとしたら、なにをすればいい。それが分からないと、何をしても意味がありません。助けようと手段を講じるだけではだめ。努力しただけでは自分に対してよくやったと褒めることはできません。
なぜならば、わたしは万能の魔法を手にする夜明けの魔女。不可能な事は殆ど無い。
やるのであれば確実な成果を残せ。絶対に救い出すんだ。
飼い主曰く、毒素を中和する薬をすぐに飲ませ、後は本人の治癒力にお任せするしかない。
小さいながらも十五年以上生きているという、わたしよりも年上の鳥。薬は飲ませたけれど、高齢であるために回復までの時間が持たないだろうと嘆いています。
自分よりも先に逝くのは間違いないのだけれど、こんな形での別れはしたくないと思う気持ちはわかります。
わたしと先生には二十歳に手が届く程の年の差があります。間違いなく先生のほうが先に墓の中に入りますが、先生と死に別れる際、楽しい人生だったと笑って眠って欲しいと願っています。自分の身に何があったかを理解できぬまま死ぬのは間違っている。幸せだった毎日が突然踏みにじられるのは幸せではない。断じて違うとわたしは言い切ってやろう。
聞き出した情報をもとに、考えながら籠の中の鳥に意識を集中します。
自然治癒に任せるのであれば、それは寿命の前借りとして新陳代謝を加速させる現行の癒しの魔法で対応できる。
わたしは癒しの魔法の呪文や魔法陣などの使い方は教わっていません。下手に使えば自身を犠牲にする魔法だから、基礎を確実なものにしないうちは絶対に使ってはならないと言われています。際限なく元気にさせて、自分が死んでしまったのでは元も子も無いと先生は仰っていました。
言いつけを破らずに済む抜け穴は存在します。それによく似た別の何か、新しい魔法の創作であれば目を瞑ってくれる。学園の法はほとんどがそういう規則で作られています。
後でそれが癒しの魔法に該当すると認定されたとしても、過去に遡って違反であると指摘される事はありません。違法な魔法が昔は合法だったなんてのは星の数ほどありますし、誰もが一度はやったアレやコレも犯罪ならば、死んだ者も含め今までの魔法使い全員が処罰を受けなければいけなくなる。そんな管理、やっていられるわけがありません。
体力の回復と強化のために消化吸収の促進を。そして悪い物質を早く追い出す為の排泄。消耗したり内臓の機能を止めてしまわない為の体温の維持。
色々と違う言葉を並べて理屈をこね回し当てはみるけれど、結局は自身の自然治癒力を強化する癒しの魔法です。
癒しの魔法は術者か対象どちらかの身体を媒介としています。その回復の度合いに見合った寿命が奪われてしまう。
同じ魔法であれば、なんの対価も無しに発動は叶いません。そして相手は高齢の、例え完治させたとしても余命いくばくもない老鳥。
これが一番の問題でした。
飼い主の寿命を使ってペットを助けるのは理屈に適っているけれど、まるで悪魔の契約のようで気分が悪い。
だからと言って無条件にわたしの寿命をすこし与えたとしても、預けた時間は絶対に帰ってきません。だいいち、わたしは飼い主もこの鳥の事も何一つご存知ない。見知らぬ赤の他人からの感謝の言葉ひとつだけの為に命を数年分明け渡していいとは思いません。それがどれだけの自己満足なのか全くわからない。
だから、いらないもの、今から捨ててしまうモノを有効活用する。
それがいま、わたしにある。
今朝自分に付けてしまった厚い脂肪。極寒の地で生き抜く者達にとって重要なものだけど、わたしには必要ない。
これをわたしの寿命と認識させ、余計な分を全部使って鳥への癒しの魔法とします。本来ならば呪文や魔法陣なら術式を大きく書き換えなければいけないけれど、わたしの魔法にはそんなものは必要ありません。
この無駄な贅肉を、彼と彼女に、もう長くないとしても、お別れを済ませるだけの心の準備ができるだけの時間として差し上げます。最後に楽しい思い出を作れるくらいの余裕を差し上げます。
いやいや、縁起でもないことを願うんじゃない。まだまだ一人と一羽の物語は続くんだ。ピリオドを打つのはまだ早い。そのために今わたしが魔法を使うんだ。著者が亡くなってしまった作品の続編を綴る代筆者のように、ハッピーエンドを創り出すんだ。