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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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三者面談

 クロード君と理事長の面談の場に、なぜかわたしも招かれてしまいました。

 拒否権はありません。もし拒否すれば自分の立場だけではなく、先生にも影響が及んでしまいます。呼ばれてしまったのだから行くしかない。立場の弱い学生である以上従うしかありません。



 親を失ってから、ずっと母方の親戚の家の土蔵でその家の大旦那様の妾の手で育てられたそうです。預けられていたのは普通の人間の家であり、常識を教えれば素直に聞き入れることなくなぜそれが常識なのかを尋ねる面倒な子供に手を焼いていました。


 親戚が見捨てなかったのは、一般常識を身に着ける段階までは面倒を見て欲しいと根回しがあったから。それでもその家の息子たちとは区別され、食事の量も減らされ、衣類や寝具も使い古しで済まされていた。

 学園はそんな酷い環境にある事を考慮して、世話係であった彼女が病死したのを機に、まだ望んだ水準には至っていなかったけれど拾い上げたんだそうだ。


 身柄の回収を進めるにあたり、養育費として支給されていたお金が止まる事を恐れた親戚の皆様は妨害工作に出たそうです。大きなお屋敷を持つ家でありながらそんなはした金のためにムキになるなどおかしな話。それでも入学準備は恙なく行われ、無事に学園都市までたどり着いた。


 それまでの彼は魔法に対して万能感を抱き、自分は特別なのだと思い上がっていたそうだ。

 道中、貴族の息子に絡まれた際に前の席に座っていた女の子の魔法が起こした傷害事件で自分が特別でない事を知った。無作為に魔法を使う事でどれだけ重大な結果をもたらすかを知った彼は大いにビビり、大人しくなってくれたんだとか。

 どのクラスの誰なのかは存じ上げませんが、入学前から怖いことをする女の子もいたものです。



 そんな苦労人、クロード君にとって信頼のおける大人が理事長です。学園に通う前から足長おじさんとして手紙でのやり取りは行われていて、その親交は一年と数か月前に出会ったわたしと先生とは比べ物にならぬ程深く長い。


 わたしと違い、クロード君は家に突撃訪問したり居候したりなどはしていないし、会話をするのもこうやって面談を設けたときだけ。

 男同士の年齢差恋愛は嫌いではありませんが、それが近しい者同士だとちょっと気持ち悪いと思ってしまったりします。


 そんな二人の間にわたしが居る。居心地が悪い。女の子同士の間に入る男のようだ。異物でしかない。

 わたしにとって一番頼れる存在はここにはいらっしゃいません。もし同じ立場にある者同士としての情報交換ならば、ここに先生が居てもいいはずなのに。

 いったい、こんな状況でどんな話がしたいというのでしょう。





 わたしからは特に語る事もありませんので、二人の語らいを見守っていました。


 学園での生活、成績などは先生から資料を取り寄せればすぐにわかる。友人関係は今も良好。本人が形に捕らわれない校則破りの常習犯でもあるので友人の質は決して良いとは言えませんが、いじめの主犯や実行犯になってしまったり、逆にその対象になるような事はありません。なぜなら彼は魔法使いの英雄です。サワガニさんの台頭で傾きかけたパワーバランスを一気に押し戻した。たまに勘違いしている人が現れるのですが、そんな彼を打ち負かしてもその名誉は引き継げません。

 クロード君が友人の事を報告する間、理事長はずっと見ています。その悪友の中にわたしも含まれてしまっているような気がしてなりません。わたしは彼を止める側です。断じて悪い隣人などではない。たぶん。




「サヴァン・ワガニンは誰ですか。」


 いい加減帰りたいとあくびをした頃合いに、それまでの和やかな雰囲気を粉砕する質問がクロード君から発せられました。

 隣で行われていた話の内容は聞いていませんでしたので前後関係が掴めておらず、質問の意図がわかりません。それは質問を投げかけられた理事長も同じようです。


 悪の親玉、魔王、最悪にして災厄の魔導師。短縮と圧縮の魔法を先生以上に使いこなし、自らの名を洗脳と魅了の魔法として定義して、ひとたび口にした魔法使いに魔法が降りかかるという、罪深き男。人の命も心も何とも思わない邪悪という言葉を形にしたような人。そして、親の仇と教えられ、そう信じて見ていた相手。

 それは誰もが知っている。クロード君は自分自身がそれに対抗しうるという設定を設けられたキャラクターであることも理解している。倒す事でエンディングを迎えるラストボスだ。他の何であるというのでしょう。


「質問の意味がわからん。」

「じゃあ、質問を変えることをお許しください。もしかして、サヴァン・ワガニンは、せんせ――痛っ!」


 先生とサヴァン・ワガニンは同一人物なのかと、クロード君はずっと胸の内に抱えていたであろう疑問を打ち明けようとしています。 以前それを言い放った時、わたしはみっちり叱ってあげたし、どこがどう違うかを事細やかに説明してあげました。考え方を改めてくれたと思っていたのに、まだそんなこと考えていたのですか。


 そこから先は言わせない。あってはならない。あるはずがない。

 言い終える前に、わたしは魔法でクロード君の後ろにあった本棚から一番大きい本を抜き取って、彼の後頭部にプレゼントして差し上げました。クロード君には予想もしない視界の外からの攻撃を受け止められるだけの実力は備わっていない。その程度の衝撃を無力化する術も持っていない。でも心配はいらない。何があっても目の前には理事長が居る。なんとかしてくれる。



「二人とも、育った環境は近い。」


 行き過ぎた妄想への報復であるわたしの行為をあくまで微笑ましいじゃれあいとして見なかった事にしてくれた理事長は、クロード君の頭痛が引くのを待ってから話し始めました。


 当然ながら、先生とサワガニさんは全くの別人。赤の他人です。

 それでも二人の共通項は多い。二人とも理事長の教え子であり、短縮と圧縮の魔法を専門で扱っている。


 理事長が語る新事実として、サワガニさんは教職を目指したこともあったと教わりました。さらに驚くことに、結婚の約束を交わした相手に先立たれた点まで共通しています。

 サワガニさんが持っていて先生には無いものといえば、未来視。

 彼は特殊能力によって様々なものを視たけれど、視た事で不幸な結末を引き寄せたと散々に罵られたと言います。未来視によって何を見た事で彼が今の道へと突き進んでしまったのかは理解できないと理事長は仰いました。



 理事長は直接言っていませんが、気付いてしまいました。

 先生が進んでいた人生はついこの間まではサヴァン・ワガニンが通ってきたものに沿っている。それはつまり同じシナリオをなぞること。模倣というシミュレーションだ。


 サワガニさんの生い立ちなどが語られているけどそんなのはどうでもいい。何のために悪に堕ちた人の軌跡をなぞらせたのかが気になります。

 仕掛け人は目の前に居る理事長だ。当時は年齢を重ねた魔導師達の権力が強かった。そんな老人たちに対して自分の教育方針が間違っていないと証明する為だったのか。はたまた、全く同じ能力を持つ魔法使いを作り上げ、彼の対抗としてぶつけようとしていたのでしょうか。


 もしかしたら、サワガニさんを打ち倒して魔法使いの英雄となるはずだったのは、先生だったのかもしれません。

 思い通りの成果が得られなかったか、もしくは、さらに希望となるクロード君が現れた事で計画を大幅に修正したか。新たな候補が登場した以上用済みになる。すぐさま追放されるべきなのでしょうけれど、先生は退場は免れた。そこからわたしが現れた事でさらなる補正と手駒が必要なため、英雄の教師の役割を与えられ続けているのかもしれない。


 そんな台本が用意されているとは思いませんし、思いたくもありません。

 全ての根源たる理事長がそう語らない以上、これはわたしの妄想です。


「――という算段だったんだが、想定外はコイツだ。」


 妄想に浸っていたのでどんな話になっていたのか分かりませんが、突然、理事長に指さされてしまいました。

 何の話かを聞きなおすことで話の腰を折ってこの退屈な時間を引き伸ばすのは本望ではありません。大人しくしておきましょう。




 とりあえず、来るべきサヴァン・ワガニンとクロード君との戦いの為に用意していた大容量の魔力のうち、ほぼ全てを使い込んでしまったという話がされていました。


 それは何でも願いが叶うとされる願望器をひとつ作れるだけの膨大な量。それを用いて、わたしに対しての精神攻撃を一切遮断する魔法が使われたと理事長が語り、クロード君が絶句しています。

 強力すぎて、本来なら自分の感情の表出もできなくなり、普段の生活にも支障が出る程の物。人としての感情を失ってしまうという副作用を、自身の願いを形にする魔法で無意識のうちにねじ伏せているのがわたしなんだそうだ。



 何故そんな危険な魔法が、特別学級では一番力の無いわたしにかけられているのか。

 そんなもの、夢の中でサワガニさんと数度に渡り接触したからに他なりません。


 わたしとサワガニさんの接点を聞いて、クロード君は本で頭を殴られた瞬間よりもすごい顔になってます。

 夢の中にあの人が出てきた事は彼も知っているはず。最初に出てきたときに皆の前でサヴァンの名前を口にして、教室が恐慌状態になってしまったのはよく覚えています。


 再三の干渉から守る為に、どんどん強力なものを重ねていった。その結果が心を操る魔法への完全耐性。

 あくまで魔法に対してのみであり、ただの言葉による暴力には耐えられません。やはり世の中に絶対は存在しないのです。





 風向きが変わった気がしました。


 サワガニさんと何らかの関係をもってしまった。それが魔法使いの社会でどう捉えられるか、わたしも分からないわけではありません。だからこそ、彼の手を借りる為の契約書に正体不明の夜明けの魔女の称号を使いました。

 知らない人ならば無関係と捉えることができる。だが、わたしがその魔女だと知っている人達はどうだ。


「なにもかもが想定外だったけどな、極めつけはコレだ。」


 理事長が机を叩くと、そこに一枚の紙が現れます。

 スライムの転移事件において、サワガニさんが無関係であると証言する事を協力の対価とする契約書。夜明けの魔女という文字がわたしの筆跡で書かれている。既に効力は失っていて、その契約があったという証拠品以外の機能は残っていません。


 それはどんなに限定的であっても魔王との契約に他ならない。わたしがそれにサインした。それらの事実をもってすれば、アサヒ・タダノは魔王の配下となったと判断できるでしょう。

 皆が皆、きっとそう思うだろう。知らない他人がそういう事をしていたのなら、わたしも勘違いてしまう。


「アサヒは、誰の味方なの?」


 今日のクロード君は質問してばかりのような気がします。

 前置きがとても長かったけれど、彼らはこれが聞きたいが為にわたしを退屈な時間の中に連れ込んだのです。



 大きな嵐の予兆が起きているんだそうです。

 もう間もなく闇の勢力が暴れ出す。彼らは今、明確に敵と味方を見極めなければいけない時期に差し掛かっている。


 そんな中で、敵との接点を持っているだけでなく、その敵の力を借りるという一線を踏み越えた仲間がいる。学園とクロード君たちはこれを裏切りと見るかどうかの判断ができずにいました。



 普段のわたしの言動を考慮すれば、夢の中でサヴァンに唆されたとみるべきだ。先生を失いたくなければ仲間になれと勧誘されたのもまた事実。何度も確認するようですが、心を操る魔法に耐えれても、ただの言葉には心を揺さぶられてしまいます。

 自らの力不足を嘆いたところを付け込まれた心の弱さを責める事はできない。わたしは在校生の中では最年少。追い込まれるような立場に置いてしまった学園にも責任はある。わたしにそういう更正の意思があるのなら、やがて身を滅ぼすであろう力を使わずに済むためのサポートだってできるだろう。


 自らの意思を貫いて向こう側に行くのならば、かつての友人と刃を交える覚悟をしなくてはならない。

 そうでなくても誰も持ち得ぬ特別な力の持ち主だ。こちらで拘束しておけば相手の手札を一枚封じることにもなる。


 どう対処するにしろ、まずはアサヒ・タダノの言葉を聞く必要があった。

 用意された台本をかき乱し、魔王さえも巻き込むわたしの目的を知る為に、彼らはこの場を設けたのだ。

 




 男二人に見つめられながら、顎に手を当てて考えます。いや、考えるフリをします。

 そんなもの考える必要もない。わたしはずっとわたしの意思で動いている。これから先変わる可能性はあるけれど、今まではずっとそのつもりで生きてきた。

 わたしの目的は一つしかない。だがどうやって伝える。どう話せば相手は理解できる。言ったところで意味が正しく伝わらなければ意味がない。はたして目の前の二人はそれを理解できるのか。思い込みが激しい男が二人。こんなとき先生が居てくれたなら、きっと良い切り返し方を教えてくれただろう。


 そう思うと、先生がこの場に居ない理由にも察しがつきます。

 相思相愛の二人がそれぞれどちらかに引きずられている可能性を考えているのでしょう。悪いのは一人であり、一人を止めれば万事解決と短絡的に考えているのかもしれません。理事長ともあろう方が、無理に引き離せばより強い力で引き合おうとする反作用というものをご存知ないのでしょうか。



 ちょっと考えただけではこの二人にどう言えば理解してもらえるか思いつきません。

 沈黙もまた返答と捉えられてしまいそうなので、そのまま伝える事にしました。


「わたしは先生の味方です。」


 わたしが大好きな、わたしをわたしとして信じてくれる先生だけが居ればいい。他のものは何もいらない。何を失ってもいい。

 先生が学園に属しているならそれに付き従う。出奔してサワガニさんの下に付くならそれについて行く。自分の意思を全て相手に任せるという自主性も何もないあり方が今のわたしなのです。


 わたしは先生にとってのいいパートナーであろうと努力している。

 それに応える先生も、わたしが思うかっこいい先生になろうと努力している。


 嘘も形にすれば事実となる。形の無い願いもそうあろうとすれば形になる。これが相互の研鑽でないはずがない。依存が悪だと決めつけるな、支え合いと何が違う。


 そもそも、わたしには敵も味方もありません。使えるものは何でも使いますし、わたしと先生の関係を害そうとするのであれば例えクラスメイトであろうと牙を剥きましょう。

 悪しき魔法使いとの戦いにも関わらせようとしないで欲しい。何か手伝いをするのは構いません。ですが、表立って相手を悪く言い続ける広告塔にはなれません。クロード君とサワガニさん、理事長とサワガニさんの問題にわたしを巻き込むな。


 これら全てを、自分勝手と罵倒されるかもしれないと思いながらも伝えました。

 どちらかの勢力に属し、積極的に協力する気はありません。今まで通り先生と楽しく毎日を過ごすことができればそれで十分なのです。




 わたしの返事を聞いて、真っ白な歯を見せながらいい笑顔を作ったのは理事長でした。


「だから言っただろ、考えすぎだって。」


 アサヒ・タダノが学園を裏切ったのではないかと疑っていたのは理事長ではなく、クロード君のほうでした。

 本物のサヴァンの力をその目で確かめたことと、先生以外の大人には懐かないわたしが気兼ねなく話しかけているのを見て疑惑を抱いてしまった。あくまで先生を庇うわたしを見て、より疑義を深めてしまったと言います。


 サヴァンはかつてクロード君の全てを奪っていきました。

 それ故に、初めて恋した相手も、尊敬できる教師も、ようやく手にした学園生活さえも全て奪ってしまうのかと今日まで震えていたんだそうだ。


 本人を見た後に、彼の手下が起こしたとされる事件のほとんどが別人によるものだと判明した時に考えなかったのでしょうか。

 本当に、彼や彼の手下がクロード君のご両親を殺害したのだろうか、と。

 もしサワガニさんではない別の誰かの犯行であったなら、今までの憎悪はなんだったのかと途方に暮れることになる。無関係の相手に復讐を誓っていた事になる。これだけ空しい事はありません。


 筋書き通り敵対したまま戦いを仕掛けて勝ちに行くのか。和解の為に動き出すのか。それとも不干渉を徹底し死ぬまで関わりを持たずに生きていくのか。進むべき道は多くあるけれど、選ぶのはクロード君だ。

 当然ながら先は長く、今ここで判断できるものではありません。その辺は追々考えていけばいいと思います。



 クロード君の不安を払拭するための会談は、彼の後頭部に大きなコブを一つお土産として、お開きとなりました。


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