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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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息子肥ゆる初夏

 その人物がまだ幼くて、非常に弱々しい存在だった時期を知っている者は、相手がどんなに大きくなってもその頃の姿を思い起こしてしまうんだそうです。

 先生から、未だアサヒ・トゥロモニの捜索を続ける実家の両親の行動はそういうものだと教えて頂きました。


 トゥロモニ家の娘は学園都市には居ないと結論付けてくれたのでしょうか。情報提供を求める張り紙が駅に張り出されている他には干渉してこなくなりました。

 思い出すだけでも腹が立つし、されてきたことは忘れたくとも忘れられない。わたしの心の安寧と輝かしい先生との未来の為に、金輪際関わらずにいてくれることを祈ります。




 クラスメイトの一人、キノコの傘のようなヘアスタイルのマッシュは肥満気味。最近はさらに丸くなっています。

 そんな彼が親に殺されると先生に相談を持ち掛けたのは、放課後の、先生と今夜の予定を確認している最中のことでした。


 親の居ないクロード君や絶縁状態のわたしと違い、非常に良好な関係を築いているとばかり思っていた彼の口からとても穏やかではない発言が飛び出しました。

 ご家庭の事情、プライバシーに関わる大変デリケートな話題です。他人に話すのにも勇気がいる行為であり、それに対して話を聞く以外何もできないわたし達を通さず先生に直接持ち込んだのはいい判断です。



 他人の家庭の親子関係に首を突っ込みたいとは思いませんが、相談の場にはわたしも同席することになりました。

 彼曰く、アサヒはどうやって親からの過干渉をはねのけて自由を手にしたのかが知りたいんだそうだ。相談相手が先生ではなくわたしになるのだけど、それでいいと語ります。

 もし二人きりになって、万が一それを見られたら、わたしが浮気しているのではないかと疑われる事になる。こんな自己管理も満足にできず太っている自分が横に立っていい相手じゃないと自己批判を始めてしまいました。


 ポールと張り合う時の彼とは違う一面が見受けられます。

 特別学級に振り分けられる程に彼の能力は高い。ホウキの操縦では一組を誰も寄せ付けぬ圧倒的な強さを見せつけた。皆誰もが成長途中で逆転される可能性はありますが、たゆまぬ研鑽を続ければ長距離逃げ切り一着も夢ではありません。

 わたしの外聞を気にしてくれた優しさは有難いのだけど、自己評価が驚く程低くなっている。これも彼の言う親に殺されるというナニカに繋がるのでしょうか。



 自分の家庭環境を特別学級の仲間たちの間で語られる事がありません。

 物心つく前に惨殺されたクロード君と、親への感情が最悪かつ家庭内暴力を告白した事もあるわたしのことを思ってのことでしょう。


 親と良好な関係を保っている人からすればわたしのこれまでを信じられない。つい否定してしまったり、暴力を振るわれた子のほうにも何か問題があったのではと無意識のうちに相手を傷つけてしまいます。

 そして、家族とは素晴らしいものだと啓蒙しようとする。この世に生を与えてくれたことに感謝すべき。相手が勝手に産んだだけだと粋がるなと宗教のようなことを語り出す。

 暴力を振るわれ育った子供に対し、それすらも感謝せよというのです。認識のすり合わせができぬ以上彼らとは分かり合う事ができません。


 いまこの場でマッシュの話を聞く限りでは、暴力を振るわれたり強い言葉で詰られるような環境ではありませんでした。わたしと比較したらおおよそほとんどの家庭は良い環境になるのですが、それでも良いほうだと思います。

 いったい何が、彼をそんな解釈に至らせたのでしょう。



 

 食べ物の仕送りが多い。項垂れた彼は口にしました。

 現物支給で毎週のように食べきれぬ量が届くんだそうだ。


 食品に限らず様々な物の安物と高級品の落差の激しい学園都市で、一定の水準が保てるのは決して悪い事ではありません。

 それでもお金さえあれば満足に食べる事ができる。お金が無くとも学園の生徒ならば無料の食堂が利用できる。よほどのことが無ければ食に困る事はありません。

 食べ物に不自由は無い。それなのに、食べ物が仕送りとして送られてくる。わたしの両親同様、子供の話を戯言として一切聞き入れぬ親なのでしょうか。


 それに加え、彼の家の掟では食事は何よりも大事。それ故に、与えられた食事の食べ残しは許されない。

 送られてきた食料は全て彼の腹の中。冷蔵庫や冷凍庫があったとしても何日も置けば腐ってしまうので、消費のために一度の食事量がどうしても増えてしまう。

 外食の誘いを全て断りなんとか食べ続けてはいたものの、今日、ついに食べる事の出来ない食材が出てしまった。それによってこの生活が限界だと判断し、相談を持ち掛けたそうです。


 ここ最近丸くなってきたと思ってはいたんですが、本人が気に病んでいるであろう外見を指摘するのはよろしくありません。要らぬいざこざを起こさぬように黙っていました。それがまさか、そんな事情があったとは。




 どんな無茶な規則であろうとその集団に属する以上は絶対で、ちょっと離れた程度で忘れる事などできません。

 家のルールを守れずに食べ物を粗末にするストレスが重なって、本当にどうしようもないところまで行き着いて爆発する前に相談できた彼の勇気には敬意を表しましょう。


「もう一度話してみてはどうでしょう。」


 話を聞き終えた先生は、再度の交渉を試みるように仰いました。

 自分達の仕送りの少なさを見て、成長期の男子の食欲を満足させる程は食えぬだろうと考えた。家と変わらぬ食事を摂っていれば、舌も満足させるだけでなく、環境に対しての不満も和らげる効果がある。ご両親からは、健やかなまま育ってほしいという願いだけがあるのだろう。

 仕送りはあくまで善意であり、単純にこちらの意図が伝わっていないだけなのだろうとの推測です。


 マッシュは反論を口にしようとしましたが、言いよどみました。

 彼自身が親心が理解できないわけではない。魔法使い数人分とも言える魔力を持つ爆弾だけど、彼の両親からすれば愛する一人息子だ。どれだけ大事に育てられてきたのかは想像に難しくありません。


 単に認識がズレてしまっているだけかもしれない。送った手紙を誤解したのかもしれない。

 アサヒとトゥロモニ家のように遮断するのは可能だけど、先ずはそれを判断してからだと先生は続けます。


 扱いの悪い親と隔離するための場所でもあり、国境などお構いなしに、学園として親子の関係を切るだけの強権を行使できる。その強い力は一手間違えば学園都市の立場が失われてしまう両刃の剣。使いどころは非常に難しいのだそうです。




 先生の話を隣で聞きながら、他人の家庭の事情に首を突っ込みたくは無いと思いました。

 当初の思い通り断絶したとしても、残された家族からの憎悪は関係を断ち切った第三者に向けられます。うっかり関係改善になってしまったら、それはそれで仲良し家族を引き裂こうとした悪人として両方から攻撃される。何の利も無いのに自ら進んで憎まれ役になりたいなどとは思いません。

 卒業検定の際に内通者として立ち回ったのは、それが巡り巡って先生の為になると思ったからだ。


 そう思いながらも、二つ三つ気になった事がありましたので、面談が終わる前に質問コーナーを作って頂きました。



 まずひとつ。食品が送られてくるようになった後に、それが迷惑だと手紙を出したのか。

 若輩者は数多くの経験を先に積んだ年長者の判断を疑ってはならない。そういう教えから、彼はまだ反論すらしてないそうです。


 もうひとつ。最後に出した手紙の内容。

 友人達と仲良く勉学に励んでいる。身体を動かす事も多く腹が減る。そんな内容だったそうだ。


 さらにもうひとつ。仕送りの中に親からの伝言が入ってなかったか。

 マッシュは首を振り、見ていないと答えます。すぐに開封して冷蔵庫にしまわないとダメになってしまう。紙のようなものが挟まっていた気はしたけどそれどころではなかった、と。




 それが親からの物品の仕送りならば、家からのメッセージが入っている可能性が高い。

 なぜそう思ったかというと、昨日読んでいた本にそういう描写があったから。


 あるかどうかを確認したいとの申し出を快く受け入れてくれたので、わたし達三人はマッシュの部屋へと行く事になりました。

 自らの意思で友人以外のなんでもない異性の部屋に入るのは初めてですが、生物学上メスであるわたしが男子宿舎に入る条件として先生も同伴しているので怖い目に遭ったりなどはしないでしょう。体格では勝てないけれど、逃げるだけなら負けません。


 すこしだけ警戒する中で見た、マッシュが親から送られていたのはお菓子でした。

 お煎餅や餡を餅で作った皮で包んだ菓子は実家で見た事がありますが、均一化した品質のものが全てビニールで包まれているのを見るのは初めてです。どれだけ手間暇をかけて包装されているのか想像もできません。きっとお値段も相当な物なのでしょう。

 それらは全ていわゆるファミリーサイズと称される大容量のもの。一人で食べるにはあまりにも多すぎると言わざるを得ません。

 飢餓状態を憂いての行為としてはいささか大袈裟なのではないかと思います。



 目的の物、マッシュに向けられたご両親からのお手紙は、先生が探査の魔法で探し当ててくれました。

 それは一枚の白い紙。学園の外ではコピー用紙と呼ばれている一定の規格で裁断された白く輝いて見える紙に、整った文字で書かれていました。


『お友達にも食べさせてやってほしい。くれぐれも独り占めしないように。』


 大勢が集う場で卓の上に皿に盛られて供されて、誰が食べても良いとされるお茶菓子があります。

 先方からの手紙を読むと、今も箱の中で眠る菓子はそれに準ずるものであると解釈できます。



 不出来な子であると知らしめるための蛮行も、親の期待に応えられぬダメ息子と罵るための悪意も、最初からなかったのです。

 息子と友人との良好な関係がより深まるよう祈りを込めて、多めの菓子が詰められていた。ただそれだけだった。親という存在を嫌うわたしが言うのもなんですが、いいご両親じゃないですか。


「えっと、今度からでいいので、ちゃんと確認してくださいね。」


 生徒を守る為最悪の手段をとることも辞さない覚悟で相談に応じた先生も、今回の顛末には苦笑するしかなかったようです。


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