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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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もうひとつ、やることを決めました

 皆がそれぞれ高い志を持って学ぶ中、わたしにはやりたいことがありません。

 目先のこととして先生のお役に立ちたいというのはありますが、将来アレになりたい、これがしたいから今勉強しているというものがありません。


 元より学園への入学はわたしの意思では無かった。

 あの家の人達はこの力の制御と性格の矯正と家系を大事にする意識への洗脳を望んだのだろうけれど、わたし自身は彼らから離れることができると喜んだ。それ以外何も無かった。

 先生に助けて頂いた時からわたしの目的は決まったのです。あの日は第二の誕生日と言ってもいいでしょう。



 フワフワとした目標のまま日々研鑽を積んでいるわたしなのですが、それが困る原因にもなってしまいます。

 次の学年で選択科目に移行しない特別学級では、個別に教育の方針を定める必要がありました。

 先生に、具体的に何をしたいのかの要望を提出しなくてはいけない時期が来てしまったのです。




 大魔法使いになりたいと願うのならば、その為に得ておいた方がいい知識や技能を。

 魔法を駆使したスポーツで活躍したいのならば、そちらに特化した技術の習得を。

 薬品や便利な道具を山ほど生みだしたいのであれば、やはりその為に覚えていた方がいい万物の仕組みなどを。


 どの技能にも通じるものがあるので、人殺しを含め、学んではいけない物は存在しません。

 当然、意図的に人を傷つける事ができるモノを学ぶ際は口酸っぱく念押しされますし、少しでもそれらしい行いがあれば厳罰が課せられます。獣を調教するときのような頭ごなしの暴力的な教育です。

 悪人が行使する、サワガニさんが扱っている魔法の短縮技法も禁止はされていない。もしこれが教えてはいけない禁忌ならば、先生は今教壇に立つことはできません。


 わたしが学園で学ぶ目的はただひとつ。後にも先にも先生へのご奉仕。どうあってもそれ以外に思いつきません。

 生徒の自主性を尊重する立場から個人的にはそれでもいいと先生は仰います。だけど、学園がそれを認めないし、何をどう教えていいのかが掴めない。学園都市が持つ科目はとても幅広く、全てを教えるには時間が足りなすぎる。




 今後の方針を決める為の面談は、授業前のひと時から、夕食の準備、食事中、後片付けからお風呂、そしてベッドの中までもつれ込みました。


 参考までに、先生の口から皆の選択科目も聞きました。

 クロード君は魔法使いとしての基礎の掘り下げ。この分野には新たな魔法の創作も含まれていますので、仲の良いマツリさんと同じ科目を選んだようです。

 ポールとマッシュは競技向けの科目を。一組とのホウキ競争で勝利という美酒の味を占めたのでしょうか。自分が他人より上でありたいと貪欲に突き進む彼ららしい選択だと思います。

 ナミさんは魔法の道具や薬の製作。知識豊富ながら魔力は平均的な魔法使いとそう変わらず、強力な魔力タンクである男子三人とは口で勝てたとしても魔法の撃ち合いでは叶いません。足りない物は道具でカバーすると考えを改めたそうです。


 理由はそれぞれあるだろうけれど、それなりに向かう方向が固まり始めている。抵抗は無意味。何も決まってないのはわたしだけだった。

 恋に現を抜かしている場合ではない。最高の名誉を持っていても一人だけ進路が決まらず放蕩の旅に出るわけにはいきません。先生や理事長が許しても、夜明けの魔女が何も決めずにフラフラするなど社会全体が許すわけがない。


 布団に入ってからは眠気が勝り、どんな会話をしていたのかよく覚えていません。とりあえず、先生も選択肢を用意して、一緒に考えてくれるということで話はまとまりました。

 主体性の無いままここまで来れてしまった運の良さも、ときには害となると知りました。




 その翌日、先生よりも早く目が覚めたので、お湯を沸かしながら考えます。


 これから特別学級は、わたしの方針が決まり次第、四つの分野を同じ時間、同じ教室で学ぶことになる。

 先生は皆が決めた科目をどれ一つとして専攻していない。一度自身が学び、理解して噛み砕いたものを皆に教える二度手間になるだろう。それはただでさえ負担の大きい先生の負担がさらに増えることを意味している。


 もうひとつ、わたしが追い求めるものは先生だけ。より重圧をかけるのは本望じゃない。せめて、一番負担にならない物を学べたりはしないのか。先生がノウハウの全てを持っていて、何も覚え直す必要がない魔法が無いか。


 先生だけの専門分野は存在します。考えずとも分かります。学園都市でそれができるのは先生と理事長だけ。

 学園の外ならサワガニさんも扱えている短縮と圧縮の魔法。


 兼ねてより、周囲には養子縁組などを断る理由として先生との師弟関係をでっち上げている。わたしの考えが許されるのであれば、今までついていた嘘が真実になり、実を結ぶだけのこと。

 思い直す必要などない。それが一番だ。直感を信じよう。先生が知っている物をそのまま教えてくれればいいんだ。簡単じゃないか。


「先生の短縮を教えてください。」


 決めた以上、様々な資料を集めるために手を煩わせるわけにもいきません。いつもの時間に起きてきた先生に、いの一番で伝えました。

 志望理由も嘘偽りなく伝えます。これはわたしの為でもあり、先生の為でもある。わたしが先生に楽をさせたいんだ。


「申し出は嬉しいんですが、その理由ではお引き受けするのは難しいです。」


 願ってもいなかった申し出だったはずで、にこやかに快諾してくれると思ったのですが、先生はわたしの選択を許してはくれませんでした。

 行動基準の軸が他人であるのは非常に危険。わたしが先生を好きで無くなったときに全てが白紙になる。学ぶ意味を失ったらわたしは科目どころか授業そのものに興味と意欲を無くしてしまうだろう。あくまで全て自分の為に選んで欲しいと説得を受けます。




 どんな不純な理由であろうと、学ぼうという意欲は尊重されるべきだと思います。

 先生の魔法が一子相伝だったとして、それならなおさら都合がいいはずだ。使える人間を三人知っているから、世界で一人しか持つことの許されない魔法ではない。なにより先生自身がその仕組みを理解しているのだから、負担にはならないはずなんだ。


 熱意の籠った再度の要望に対し、根負けした先生は大きくため息をついて、わたしの選択を引き受けたくない理由を教えてくれました。


「えっと、サワガニでしたっけ、あの人と同じものを持つことになります。いいんですか?」


 悪名高い人間と同質の魔法を使う者。それが周囲にどういったイメージを与えるかを先生は語ります。

 犯罪者と同じではないか。いずれ悪の道へ堕ちるのではないか。既に裏で繋がっていて、魔法社会全体の転覆を狙っているのではないか。

 そういった疑いの目は尽きない。どんなに功績を挙げても誹謗中傷は止まらない。例え悪とされる人物が死んだとしてもそのイメージは払拭されることが無い。人の汚い部分、違う属性への恐怖や不安、それを起因とした様々な攻撃を浴びることになる。

 わたしにはそんな邪悪には触れてほしくない。自身が浴び続けているものは知らないままで居て欲しいと言って頂けました。


 暴力も暴言も、痛い目も辛い目も受けて育ちました。裏切りも受けました。

 学園都市に来てからも、誘拐をされました。洗脳と独占をされそうにもなれました。あれだけ目の上のたんこぶ扱いしてたのに、強引に連れ戻されそうにもなりました。仲の良いグループが仲間割れする光景も、自分が正義と疑わない純粋な邪悪も見てきました。

 人の汚い部分なんて、そんなもの、今更です。


「先生と一緒なら構いません。」


 人と違う事なんて怖くない。最初からわたしは普通の魔法使いじゃない。そんな誰とも違うわたしが誰かと同じになれる。それも見知らぬ他人じゃない、大好きな先生と一緒なんだ。どんな苦境に立たされようが、そんなものを上回る喜びがあるんです。立ち塞がるのであれば蹴っ飛ばす。それがわたし、アサヒ・タダノです。



 これ以上何を言ってもわたしの決断は変わらない。脅しにも屈しない。突かれたカメのように、身を硬くしてしまいます。

 いまこの瞬間、先生が教える四つ目の選択科目は、短縮と圧縮の魔法に決まりました。  


「とても難しいので、覚悟しておいてくださいね。」


 先生は、学園の校舎の玄関で別れる前に、早い決断と、一度決めたら頑なに変えようとしない頑固さを褒めて頂きました。



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