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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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早起きは得をする

 いつにもない早起きをしてしまいました。


 昨日、価値観の違う相手と言い争った。おかげで先生の料理に味がしなかった。

 心配して事情を聞いてくれた先生に後の事を全てお任せして床に入りました。お風呂がまだだったけれど、起き上がる気力が無くてそのまま突っ伏していたはず。


 腹立たしさが残るまま寝てしまったからなのかもしれません。

 徹夜の経験こそありますが、今の時期の夜明け前に目が覚めるなんてのは初めてです。




 隣のベッドには先生が居る。眠っているけれど、その表情は決して弛んだものとは言えません。苦いものを口にしたときのような顔のままで休息を取っていらっしゃいます。

 わたしが楽でいられるのは全てこの人のおかげ。たまに漏れてくるけれど、ほぼ全ての苦労を引き受けてくれている。

 感謝はしてもし尽くしきれません。足を向けて眠れないとはまさにこのことです。わたしの寝相が物凄く悪く、隣のベッドに居るはずの先生をよく蹴飛ばしてしまっているのは本当に申し訳ないと思っています。本当です。


 このまま寝室に居たら先生を起こしてしまうと考えて、なるべく音を立てないように移動しました。

 先生の朝はわたしよりも早い。いつもならば、わたしが目が覚めた時にはもう部屋は明るくて、朝食の為の調理の熱でほんのりと温かくなっています。

 断熱材のない安いボロ家では無いのだけど、床も空気もひんやりとしている。明るくはなっているけれど、日が昇っていないので薄暗い。照明のスイッチを入れてみると、外が暗くて中が明るい、まるで夕方か夜のような部屋がそこにある。




 とりあえず移動はしたものの、やる事がありません。

 早めに寝たことを考慮すれば普段の睡眠時間とさほど変わりません。昨日の出来事のせいで眠れないわけではない。

 今更二度寝の為に戻るのも気が引ける。今日も授業があるし読書する時間などいくらでもある。こんな朝早くから勉強などしたくない。


 窓から射しこんできた陽の光と共にひらめきが降りてきました。

 いつも後追いだったわたしが先生よりも前に出た。これはチャンスなのではないか。


 この家では朝食の用意から出立の支度まで、全て先生がこなしています。

 わたしが滞在中はわたしの分までやって頂いてしまっている。ついでにやってしまえ量だから構わないと告げられて、それに甘えている。

 まだ起きて来ない先生の為に、いつもやって貰っている事を代わりに済ませておけば、今日限りであっても恩返しができるのではないかと考えました。


 そうと決まれば善は急げ。

 陽は昇ったし先生が起きるのはもう間もなく。時間の猶予は一切無い。

 エプロンを纏う間も惜しい。昨晩は着替えてもいなかったので制服のままだけど、跳ねて汚れるような激しい調理はしないので構わないでしょう。




 台所に立ったところで手が止まってしまいました。

 ここから何をすればいいんだろう。


 朝の支度に何をすればいいのか。何をすべきなのか。

 わたしはそこから抜けてしまっていた。忘れたんじゃない。知らないのだ。


 先生が起きるのを待つか。それが確実だし失敗も無い。でも今日はその選択肢を選びたくない。

 自分で全部やっておいて、先生に驚いてもらうんだ。先生は居るだけで十分だと言ってくれるけど、それがリップサービスである可能性は今も否定できない。あくまで自分が自覚している形で恩返しがしたいんだ。



 普段の先生を思い出せ。早起きだと驚かれる時はあっただろう。先生が寝坊して、まだ準備が途中だから先に別の作業をして欲しいと慌てている日があるだろう。その時何をしていたか。何をしようとしていたか。


 そうだ、お湯だ。やかんでお湯を沸かしていた。

 なによりもまずお湯を準備していた。朝のお茶もコーヒーも、手順省略の為のインスタント麺も汁物も、全てこれがなくては始まらない。


 お湯の為にはまず容器に水を入れなくてはならない。蛇口が相変わらず遠い。水を入れるとやかんも鍋も異様に重くなる。こぼせば床やコンロが濡れる。拭く為に余計な手間を裂かぬよう、適度な水量を汲む必要がある。うまくコンロに乗せても課題は残る。火を付けるためにはツマミを目いっぱい回さなくてはならない。そして、今のように点火の為の火花が見えているのに火が点かない時は吹き出し口が濡れていないかを確認。乾いてるならば今度はガスの元栓が空いているかを確認。先生はマメな人だ。寝る前に元栓を閉めておく等を律儀にこなしていた。栓を開放。再度の点火は成功だ。


 たったひとつ。お湯を沸かすだけ。それなのにやる事が多い。多すぎる。

 お湯を沸かすという事のなにが単純作業だ。こんなのは何も学ばなくても出来ると宣ったのはどこのどいつだ。家事に必要な知識が膨大すぎる。他に通じる知恵と技術の集合体であり、別の場所で得た知識を用いて行っているから簡単に見えるだけなんだ。



 順調なのはここまででした。


 コンロのガス栓が閉まっていたということは、給湯器に繋がる栓も閉まっていたのではないかと心配になったのを皮切りに、疑問が次々湧き出してしまいました。なにから確認すべきなのか迷ってしまいました。


 水栓は水が出たので開けっ放しなのは間違いない。照明はいいとして、冷蔵庫が止まったら食材はダメになってしまうので、ブレーカーも当然上がったまま。

 冷蔵庫と言えば賞味期限が切れたり悪くなった食材が入っていないか確認していない。食べれないものはもったいないけど捨てるしかない。

 捨てると言えば次のゴミ回収はいつだったか。ゴミは必ず一箇所に集めておくと心掛けてはいるけれど、集め切れていないゴミがその辺に転がっていたりしないのか家全体を一度見まわる必要がでてきてしまった。

 見回るのならばトイレの紙や浴室のシャンプーやボディーソープは切れてないかも見ておかないといけない。買い置きは残っているか。残っていなかった場合は帰宅時に買ってこなくてはならない。お買い物リストの作成は今のタイミングでいいのかどうか。


 やるべきことは家事だけではない。朝食は何を食べる。冷蔵庫の食材の鮮度にも気を遣い、それでいて朝食べても問題ない料理が求められる。朝一番から満漢全席フルコースなど食ってる時間が無い。


 食事を終えたら食器を洗うのは当然として、外出の用意もしなくては。今は青空が広がっているけれど、数時間後土砂降りになる可能性は否定できない。学園都市では気候も管理しているけれど、それはあくまで行き過ぎた大荒れを防ぐ程度。大規模災害に繋がる滝のような大雨でなければ調節は行われない。そこですべきは天気予報の確認だ。


 幸い必要ない若さではあるけれど、もうすこし大きくなってからは化粧も必要になってくるだろう。カエデさんの遺した化粧品のうちほとんどは使用期限が切れてしまっていて、使えるものは限られている。それでも相当な種類と量があり、スキンケアがどれだけ大事なのかを目で見て理解しているつもりだ。ほぼ毎日完璧にこなさなければならない。ああ、でも、先生から聞いた話ではカエデさんは三日と経たず化粧をやめてしまったとも言っていた。どうなんだろう、その辺は。


 とにかくだ。やることが、やることが多い。

 先生は一人だ。一人なのに、これだけの朝のルーチンワークを全てこなしている。どういうことなんだ。先生は物凄い計算を物凄い処理速度でこなせるスーパーコンピュータというやつなのか。鉄人なのか。超人なのか。人の域を超えた神にも等しい存在なのか。





 結局、朝のご奉仕大作戦で達成できたのは、湯を沸かす事だけ。

 どこから手をつけていいか皆目見当立たず、呆然と沸き上がったお湯を眺める姿を先生に見られてしまいました。


 寝起きながらも先生の指示は的確です。

 二人居るのだから作業は分担できる。天気の確認は出発前にしよう。自分は今から洗面台に向かうので、顔を洗いながら買い置きとゴミのチェックを全てやっておくと言ってくれました。

 わたしはというと、ちょうど台所に立っているので朝食の準備を任されました。昨晩の炊飯器のご飯が残っている。おかずは目玉焼きと、包装を開封してから日数の経ったベーコンを焼いたものをリクエスト頂きました。




 先生はいったいどうやってものすごく膨大な作業と確認をどうやってこなしているのか。

 それについては、わたしの作った微妙に半生と焦げ目が混ざった朝食の合間に、一つの行動のついでで行えばいいと教えて頂きました。


 まだまだ未熟なのは身に染みています。今日もそれを知ることができたので、早起きでそれだけの得をしました。

 いつか必ず、先生が何もしなくていい朝を。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔は使用人が家事をやってた(&失敗したら怒られてた)だろうから 失敗しちゃいけないと感じている可能性もあるのかな 本人の生活力向上のためにもう少し家事をさせてあげてください先生…
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