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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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太陽は学園都市に潜む闇を照らす

 彼はとても頭がいい。

 その行為がどれだけ迷惑なのかを理解していました。だから自分では一切動かず、言葉巧みに隣人を煽り立てていた。


 他人に代行して貰う事で自分の手を汚さないまま成果を得て、目的を達成する。

 口先だけでサワガニさんを動かしたわたしがそれを卑怯とは言えません。最後まで自身の関与を隠蔽しきる完璧さには頭が下がります。



 名前はいつも通り覚えられないので、後ろ向きで陰湿な考え方を考慮してネガ君としましょう。

 身長も外見も平均的ですが、それ故に存在感も希薄。聞くところによると、出席してるのに欠席とされ、休んでいても出席扱いされる程なんだとか。


 クロード君の入学から今日まで、サワガニさんやその手下によるものとされる事件が数多くありました。

 それがどうだろう。蓋を開けてみれば、彼とその手下の起こした事件は一件のみ。直属の手先として潜入したメルベス教師が起こした食堂の食中毒と、その後の秘宝を巡る事件だけだった。


 不確定な状況でサヴァン・ワガニンが真犯人であると認識されたのには理由があります。決して原因不明の怪異の全てを彼に押し付けたのではありません。

 クロード君にはサワガニさんの魔力を感知する能力が備わっていて、事件は全てそのクロード君の身の周りで起こっていた。その場で彼は魔王を感じ取った。

 たったそれだけの理由なのですが、相手が相手だ。とある歌にもあるように子供の冗談と聞き流していたら連れ去られてしまう。サワガニさんが関与している可能性を考慮した上で事件に臨まなくてはなりませんでした。


 四階四号室の幽霊、四時四十四分にあの世に通じる階段、貯水タンクの奥に棲むヌシ、誰も入れぬ場所に設置された階段の先の秘密部屋。クロード君に召喚器が渡るように手配した人物を辿っていくと、最終的に彼に行き着くらしい。

 それら一連の事件の真犯人、ネガ君。




 一年近くにわたり暗躍を続けていた、一組の末席に在籍する彼の尻尾をわたしがなぜ掴めたのか。

 それは彼に目を付けられたからに他なりません。


 交換授業の終わり際、教室の中を所狭しと暴れ回ったボールがゴールに収まった時、伸びた網が誰かの机を突き飛ばしてしまいました。

 ゴールポストを設置したのはわたしであり、倒れた責任を取る必要があります。

 転移させられた処分場や校門で散々吸い込んだ軟体生物のひどい臭いを感じたのは、その机に触れた瞬間でした。


 学園どころか世界中の生活ゴミがあの処分場に投げ捨てられます。軟体生物がゴミを食べて、その臭いを自分のものとしていた可能性は十分にある。そう考えると、あの臭いはご家庭の水場の三角コーナーでも嗅ぎ取る事ができるでしょう。

 それでも変だ。ここは教室であって生活の場ではない。狭い教室の中で生ごみを発酵させたのでは異臭で授業どころじゃないはずだ。


 机の主はずっと教室の隅に蹲っていました。騒ぎと関わりたくないと身を固くして、いないもののつもりでいるようです。

 藪から蛇をつつき出したくないと思いましたし、早く先生の下へ帰りたかったので、この時は何も致しませんでした。




 軟体生物を転移させた日から、どうしても臭いだけは取れなくて、魔法や薬でなんとか誤魔化しながら生活していた。

 授業が終わった後、彼は異臭漂う机に触れた者がいると気付いた。残された魔力のパターンは一組の人間と一致しない。直近で部外者が入り込んだのは交換授業のみ。机が大きく動いたのは特別学級の小さいのが来たあの日だけ。そう分析したのでしょう。


 ネガ君は夜明けの魔女がかの魔王にも恐れず立ち向かい、ねじ伏せたという話を知っている。それだけ必死になるのだから魔女はわたしの血縁者だろうと若干歪んだ解釈をしていました。家族ではありませんが、近しいものであるという認識だけは間違いではありません。


 こともあろうか、特別学級のアサヒ・タダノは交換による転移の際に巻き込んでしまった娘。その彼女は学園に出現した軟体生物の臭いを知っている。最優秀の一組の教室内で同じ臭いを嗅いだと魔女に報告などされたらどうなるか。

 真相を明かす為に魔女が直接目の前に現れるかもしれない。聞き耳を立てていた魔王が来るかもしれない。両方が一同に会してしまう可能性だってある。


 魔女ならば、今回のみで過去は遡及されないかもしれない。だが魔王はどうだ。今までやってきた事の罪と責任は彼に全て擦り付けた。そこまで明かされてしまったら、自分が今まで積み上げてきた全てが台無しになってしまう。

 どうにかしなくてはと考えた末に、わたしの記憶を弄ってしまおうと思い至った。



 推測が当たっているかどうかの答え合わせは必要ありません。

 これらは全て彼が直接口にしました。わたしへの暴露は全て学園都市の中枢に筒抜けです。皆が皆、その可能性を微塵も疑わないのは何故なんでしょう。


 わたしにはサワガニさんからの干渉を抑えるために、尋常ではない強度の精神防御の魔法がかけられている。

 生徒が束になって立ち向かっても傷一つ付かない最強の魔法使いが、願望器三つ分の大出力を持つ学園都市の機構を用いて行使した魔法です。いくら優秀であるとはいえ、一介の生徒一人に打ち破れるものではありません。





 平日の、人通りの少ない路地裏で彼の凶行は行われました。

 自分の罪を他の誰にも知られてはいけないと考えて自ら出撃したのが裏目に出て、姿を晒す事になってしまいました。


 もとより成績は平均値で魔力もそれなり。記憶操作の魔法を使う為にその殆どを使い切った。驚き手放してしまった彼の杖はわたしの足元にあります。普通の魔法使いである以上、もう魔法が使えない。

 皆様、何の気なしに使っていますけど、心を操る魔法は使ってはいけない魔法に分類されているのを忘れていませんか。



 産まれついた才覚を評価され、何の努力も苦労も無いクロード君が気に入らなかった。

 サワガニさんの手下の侵入と、彼がそれを撃退したという報せを聞き、これを利用すれば嫌がらせが出来ると思った。

 自分に足がつくのを恐れ、色んな人に頭を下げ、前準備を小分けでやって貰っていた。

 ふっかけた難題を難なく突破し快進撃を続けるクロード君がますます気に入らなかった。手の込んだ嫌がらせにも限界があり、行動に結果が伴わない焦りから、処分場から何かを呼び出すに至った。


 それらに加え、魔法に失敗したネガ君がスライム転移事件で真相を語り、口止めするよう願い入れた。

 これが、今日までの彼の行い。


 自身に何のメリットも無い上に、サワガニさんとの契約もあり、この事件での彼の無実を証言し続けねばならないわたしがそれを拒否したのは言うまでもありません。




 自分だけのペットが欲しかったとか可愛い理由だったとしても、無関係の誰かをあんな場所に放り込んだ行為が頭を下げた程度で許されるはずがない。

 時間が経てば経つ程心証も悪くなる。早めに自白すべきだと思います。


 それを伝えたタイミングで、彼の感情が思わぬ方向に沸き上がってしまいました。


「お前だ、お前が居なければ!」


 杖が無くても使える魔法の存在をすっかり忘れていた。わたしも愛用する身体強化の魔法がありました。呪文は間違いさえなければ早口でも認証される。初歩の魔法なので簡単な言葉を並べるだけでいい。

 わたしの顔面、鼻先を狙った拳を額に受けながら、何よりも先に項垂れる彼の両手足を拘束しておけばよかったと後悔しました。


「お前が全部狂わせた!」


 残っていない魔力を無理に引き出したことで力尽き、わたしの目の前で膝をついた彼は言います。何もかもがメチャクチャだ。全部お前が悪い。だがここでお前が退場すれば全てシナリオ通りに戻る。まだ間に合う、と。


 シナリオとは何だろう。わたしは台本なんて知らない。

 誰かが用意した筋書き通りに皆が動いているなんてのは正直に言うと物語に影響され過ぎだ。創作はあくまで創作で、幻想だからこそ面白いんだ。

 だいいち、今ここでわたし一人が抜けたところで何が変わるというのか。変わると思っているのなら見通しが甘い。

 それは自分の不甲斐なさを見なかったことにして、失敗の責任を他の誰かに擦り付けているだけではないのか。



 こんな小さい身体を殴りつけるのに、いったいどれだけ身体を強化したのでしょうか。頭が割れるように痛みます。

 目に伝わっている生暖かい液体は涙じゃない。強くぶつかった事で額の皮膚が小さく割れてしまっていました。

 傷口がものすごく熱い。この程度の出血で死ぬことはないだろうけれど、ちょっと怖い量が流れ出しています。うん、これはなによりも先に止めておこう。


 わたしの半分が血だらけになった顔を見て、ネガ君が短い悲鳴を上げました。

 魔法で色々できますけれど、この身体は小さくか弱い女の子です。暴力を受ければ当然傷付きます。今更何をビビることがある。そんな覚悟も無しに暴力を振るうとは、なんて情けない人なんでしょう。






 しかし、困ったことになった。


 彼への裁定は学園理事会に委ねることになるだろうけど、そのまま処罰されるだけでは彼自身が救われない。

 落ちた評価を取り戻す為にやる事は多い。やってしまったことは確かに違反だから、行動の責任を取らなければならない。それに加え、何故そんなことをするに至ったかを解明しないといけない。

 ただ追放するだけで良かった時代は終わった。どうしようもない落ちこぼれでも救うのが今の体制のはず。


 わたしに暴力を振るう事で、図らずとも彼は受け皿を自ら取り払ってしまった。

 教室で関わらなければ居ないのと一緒ですし、なによりそういった暗躍を得意としている以上、野放しは危険です。私自身被害者ではありますが、彼の退学は望んでいません。


 何か、彼を助ける手段が無いのか。

 轟音と共に理事長が降ってきたのは、まだ何も思いつかないタイミングでした。


 精神防御の魔法に反応があったのを観測した。位置情報は先生の探査の魔法で捉えていた。

 理事長は最初から、どうなるかを見守っていました。彼が自らの行いを反省するのを期待していた。末席でも一組で、優秀であると認めた生徒だったから。


 だがどうだ。彼は反省していない。今もなお誰かに責任を押し付けようともがいている。

 それだけではない。同じ立場にいる仲間に手を出した。傷をつけた。嫌がらせへの正当な抗議ではなく、自分が気に食わなかったからという、とんでもなく自分勝手な理由で。


「歯ァ食いしばれェ!」


 これは教育的指導。躾。悪い行いをした者への処分。それ即ち鉄拳制裁。

 手から滑り落ちた生卵が床で割れるまでの瞬間のように、その拳はゆっくりと彼の顔面へと吸い込まれていきます。



 だめだ。今の彼は魔力も気力も空っぽだ。やる事成す事全てが自分の思わぬ方向に進んでしまい、自暴自棄になっている。そんな精神薄弱な状態で暴力を受けてしまってはだめだ。心が折れたら立ち直ることができない。

 間に合うかどうかを躊躇うな。壁だ。太い鉄筋を網のように張ったコンクリートの厚い壁。当然一枚で耐えれる相手じゃない。同じ厚さを何枚も重ねる。それで無理やり強度を作る。どうせ効かないから理事長は吹っ飛ばしていい。とにかく、今この場でネガ君を殴らせてはいけない。


「邪魔するなアサヒ!」


 わたしが無い頭で一生懸命考えて、魔法で作った分厚いコンクリートの壁は理事長の一撃で粉砕されてしまいました。

 ちょっとは耐えてくれるかと思ったけど、一度も持たないなんて冗談のような破壊力だ。そんな力で子供を殴ってみろ。きっとミサイルの直撃なんかよりも酷い姿になってしまう。


「話を聞いてあげてください!」

「もう全部聞いた! だから殴る!」


 怒りはごもっともだ。一年間ずっと気を張り詰めていたし、それ以外の事件も多々あった。常に最悪を予想しながら学園都市を管理していたのは理事長だ。たった一人の犯人が居るのだから、その拳を彼に落としたい気持ちはわかる。


 でもだめだ。だめなんだ。

 どんな理由があろうと一方的な暴力は心を閉ざすだけ。その鉄拳は扉をこじ開けるマスターキーにはなれない。周りの壁を崩して通り道を塞いでしまう。何を言っても結局は暴力で従わせるだけなのだと諦めてしまう。

 単純な暴力は、わたしとお父様のように埋められぬ溝を作り出してしまう。彼と理事長ならばまだ間に合うと思いたい。信じたい。



 理事長が拳を振り上げるので、今度はコンクリートではなく水の壁を作りました。水の中で大気中と同じ力を発揮するには力が必要で、より身体に負担がかかります。

 それで勢いが収まるかと思ったのですが甘かった。壁を視認するなり、理事長は水の壁をネガ君に向けて殴り飛ばしてしまいました。濡れてしまってはいけないので空気の壁で彼を守ります。

 その間に、理事長は間合いを詰めに行く。至近距離でぶん殴るつもりでいる。こちらも頭に血が上ってしまっている。このままでは殴られる。


「どけ、アサヒ。」


 どんなに守ろうとわたしの魔法など時間稼ぎにもなりません。理事長が強過ぎる。わたしの魔法では攻撃力も防御力も相手に太刀打ちする事ができない。

 ならばできる事はひとつ。わたし自身が壁になる。両腕を拡げて二人の間に立ちました。


「話を聞いてあげてください。」

「もう聞いた。」


 同じ問いに、同じ答え。これではいつまでも平行線、押し問答だ。

 鉄拳制裁で目が覚めるなんてのは幻想だ。そんなわけがない。例えそれが自分の行いを注意する行為だったとしても、過剰な制裁だったと苛立つ日々は続く。少なくともわたしはそうだった。お父様の暴力はなにがあろうと絶対に許さない。



 わたしが居なければ、クロード君はもっと苦労するだろうけど、悪戯が上手くいくことでネガ君の気持ちが晴れる。ここまでエスカレートすることはなかった。彼の言葉通りならわたしが彼が悪行に走った大元の原因だ。

 ネガ君をここで殴るのなら、わたしを一緒にぶん殴って欲しい。勘違いされては困りますが、痛みで快楽を感じる変態ではありません。断じて。


「それはできない。そいつだけは殴る。」


 普段はもう少し柔軟に考えてくれるのに、今日は頭が固い。怒りで思考が完全に固まってしまっています。

 いつもなら諦めて身を引くのだけど、今ここで諦めるわけにはいかない。


 ネガ君を殴らせまいとする人の盾には様子を見に来てくれた先生が加わって、その後に駆け付けた警備隊まで味方してくれました。数の上では圧倒的に不利。筋力で全部覆す事は可能だけど、それが本当に正しい選択なのかが問われます。


「わかった。話を聞こう。だが聞いた上で殴らねばならんと判断したら殴る。構わんな?」


 理事長がそう言って拳を下ろしたのは、理事長が突っ込んできてから実にニ時間以上睨み合った後でした。



 ネガ君のその後はどうなったかわかりません。

 厄介な生徒として特別学級に編入されなかったので、実質降格の処分は与えられなかったのは確かです。

 後でマツリさんから話を聞くと、数日休んだだけで戻ってきたと言います。どんな話し合いが行われて元の鞘に戻ったのかは定かではありませんが、わたしの行動が実を結びました。追放や退学という悪い結果にならなくて良かったと思います。




「アサヒさん、大丈夫ですか?」


 緊張ですっかり忘れていましたが、わたしは額に大きな傷ができていました。

 先生の言葉でそれを思い出し、顔に触れようとしたところで視界が急に動き、先生の驚く顔が見えたところで気を失ったようです。


 わたしの感覚では次の瞬間には病院にいて、以前の大火傷の時のように、頭は厚い包帯に覆われていました。


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