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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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交換授業

 心配です。

 わたしという枷を解かれた皆が他の教室で大暴れしてしまわないか。それだけが心配です。



 今日は同学年内で他の学級がどんな授業を受けているかをお題目として、生徒数名が差し替えられる交換交流授業が行われています。


 その実態は、他の教室でも馴染めるかどうかのテスト。クラス替えが無いので相性の不一致は避けられない。どうしても負けてしまう生徒が居る。そんな生徒の入れ換えが可能かどうかを見極める為。


 その入れ換える対象にわたしも指名されていました。

 イジメの主犯と被害者がひとつの教室に居る際、除外すべきなのは主犯のほうです。どれだけ被害者を救済しようとも、真犯人が居る限り次の犠牲者が出てしまう。

 特別学級においてその周囲に悪影響を与える人物として名指しされたのがわたしでした。


 そりゃあ、サヴァン・ワガニンと夢の中で話をしたなどと自称する中二病を患った生徒がいい雰囲気を作るはずがないでしょう。わたしもそう思います。

 だが、そのマスコットは学級全体の精神安定の作用がある。それを取り出すなんてとんでもないという先生の熱心な説得もあって、最終決定だけは回避できました。


 単に引き抜きではなく、全体を見渡した上での入れ換え。

 これから先、人の先に立つ者としての経験にもなる。だからせめてテストには参加して欲しいという理事長の直談判を経て、わたしは今、二年一組の教室に居ます。

 この学級とは以前合同授業があったので、名前こそ憶えてはいませんが見知った顔ばかり。マツリさんは、護衛の皆様が周囲をしっかり固めていらっしゃいます。



 六年というわたしからすれば人生の半分以上と同じくらいの長い期間がある。ですが、何千年と続く歴史を持つ魔法使いの全てを会得するにはあまりにも短い。それ故に、どれか一つ、余裕があれば複数に絞って学ぶことになります。

 普通の学級では、二年生までは広く浅く総合的に。三年目以降はそれぞれ希望する科目を選択する。


 協調性が無かったり、能力がなかったり、逆にありすぎたりする生徒が集う特別学級はスタートラインから違う。わたしの同期は皆、下駄を履かせて貰っているというよりは、いらぬ重量を背負わされて能力を制限されていると思ったほうがいい。



 特別学級の能力は見せつけました。人には良い部分悪い部分がどちらも存在すると理解した。それでも別の形で特別な待遇を受けているわたし達、特にわたしへの偏見は今だ健在です。

 なぜならば、わたしはあの日、全く飛べていない。

 能力の無い者が同じ高さの椅子に座るなんて、身分の高い皆様のプライドが許せないのでしょう。


 授業開始までは、刺さるような目線を感じていました。

 僻んだところで自分の立場が良くなるわけじゃない。いいから授業に集中して欲しいと思います。



 それは教師も同じでした。

 先生が頭を痛めるのもよくわかりますし、心労お察しいたします。


 こうした形の授業が恒常的に行われているのでしょう。

 大きな足音を立てて現れた教師は、ただここに座っているだけのわたしを、ミステリー小説で探偵が犯人を暴くシーンのように指さしました。

 ペンもノートも用意しない。やる気が無い。そんなやつは大成しない。上昇志向の無い者は学園には不要とまで言って頂けました。


 元々、この交換授業には乗り気ではありません。

 去れというのならば去りましょう。まだ授業が始まってもいない。いや、指示されずともメモを用意するのも授業のうちなのか。それとも手記を取るべきだというマナーなのか。普通って難しいですね。

 それは教師の指示。わたしの意思ではなく、授業を行うという自身の職務放棄に他ならない。ですがわたしに教える意志は無いという。ならばこの場に居ても仕方ありません。教えて頂ける先生の下へ帰りましょう。



 わたしは席を立ち、遠くの席に居るマツリさんに会釈して、そのまま教師の前を横切り自分の教室へ――


「どこへ行く。何故帰ろうとするのだ。」


 呼び止められました。ここでの正解は違ったようです。じゃあどうしろというのかと考えた時、ある軍隊の新兵をボッコボコに鍛え上げる作品を思い出しました。鬼軍曹と新兵たちのハートフルボッコストーリーです。

 いいだろう。どうせ評価されないのだ。なりきってやる。


「弁明のための発言をよろしいでしょうか、サー。」


 その場で回れ右。真っすぐ教師を見つめ、背を伸ばし、直立不動。

 そうだ、わたしは人間ではない。雑草未満のウジ虫だ。ゴミクズだ。パパとママが朝までしっぽり愛し合った時のシーツのシミだ。

 何の価値も無いわたしに価値を与えてくれるのだ。感謝し恩に応えることに意味がある。


 おっと、妄想が行き過ぎました。これは冗談です。

 交換授業では筆記用具などは必要ない。ただ見ているだけで良いと伝えられていました。これはあくまで授業の見学であると。苛立っているのがよくわかります。気圧されてはいけない。これもまた訓練だ。


 口答えに対して怒りに震える手を教卓に押し付けながら、何を言っている、お前は何様のつもりだというので、所属と名前を口にします。 貴様に人の名など身分不相応。貴様はダンゴムシだ。石の下でせいぜい丸まっているのがお似合いの便所虫だと罵倒されるのを覚悟していました。

 所属と階級を答えろという問い。学園の特別学級に属しているのは間違いない。階級は、夜明けの魔女を名乗るわけにはいかない。ここは出席番号でいきましょう。


「魔法学園今年度二年生、特別学級所属、出席番号五番、アサヒ・タダノ生徒であります!」

 

 時を止める魔法は知りません。使ったこともありません。ですが、時が止まったかのように教師が動かなくなりました。

 視界の隅で、一組の生徒達がため息をついています。


「あー、発言は取り消す。席に戻りなさい。」


 どういった思考で教官殿が満足なされたのかはわかりませんが、筆記用具を持ち込まなかった事は不問にされました。

 後から聞いた話では、この教師は物忘れが激しくて、今日が交換交流授業の日だったのを忘れていたんだそうです。




 交換教室はそれはもう酷いものでした。

 教師が今日の事を忘れていただけに留まらず。授業内容が全然分かりません。


 黒板に描かれている式や、教科書の内容を見る限り、これが新しい魔法の創作の授業だとは理解できました。でもそれ以上のものが何一つ分かりません。他の教室の生徒が参加する事を考えていない配慮の無さを責めるわけにもいかない。なぜならば、教師は今日わたしが来ることを忘れてしまっていたのだから。



 一日を費やして行われる授業の前半は、わたしの足りない頭には何ひとつ内容が入って来ない内容の、呪文の組み上げ方の講習でした。

 理解しようと試みましたが、呪文に使われている単語を読み解くのが精一杯。午後の授業でマツリさんのグループと合流するまでは本当に意味が分からなかった。


 彼女達の実験の試行錯誤と、マツリさんからの説明を受ける事で、ようやく理解することができました。

 今学んでいるのは魔法の基礎部分を維持する魔法。学校に例えるなら、校則というルールにあたる部分を形成する為の呪文を教えていたようです。


 その魔法を展開すれば、自分のイメージをそのまま出力することができる。空は飛べるし強い筋力も手に入る。魔法が数倍の威力になったり意中の相手を射止める精神干渉すら思うがまま。

 行き着く先は、理事長の空間魔法。場所を拡張したり、迷宮を作ったり、現実の法則に捕らわれない世界を作り出す事ができる。今日は発展性が無限大にある自由度の高い魔法を教わっていたのです。



 理解できたし、理事長が強く推薦してきたのも納得できてしまいました。

 組み上げや発動の為の呪文が必要だったりと細かい部分は違いますが、これはわたしの願いを形にする魔法のそれとよく似ています。

 つまり、わたしの魔法と今日の授業、手順は違えどその目的と結果は一緒なので、内容に追いつけると判断された。間違いないでしょう。


 それが分かればそれでいい。突然こんなイベントに参加させられるのは何故かとずっと考えていたので、疑問が晴れて清々しい気分になりました。教える当人がわたしのことをピンポイントで忘れているのは目を瞑りましょう。魔法が使えないのにそんなことが出来るわけがないとタカを括っている。そうに違いない。




 大げさに語られてはいるけれど、細かく刻んだ呪文を組みなおして新しい魔法を作ろうというだけの話。パズルです。


 魔法を放つための呪文はありとあらゆるものが指定されていて、魔力さえあれば読み上げるだけで、その魔法が使えます。それが今日まで長い期間伝えられてきた賢者の知恵。

 そういったものに慣れ親しんだ普通の魔法使いにとっては、わたしのように考えて何かを成す魔法は非効率的と考えている。だからこうやって授業の寄り道としてこの魔法が教材として使われている。


 なにもないところからイメージを膨らませることに関しては一日の長がありました。

 結果として何を残したいか。そこから逆に考えて、一番いい結果を残す為には何が必要なのかを見つけ出す。後はそれに見合う単語を探して繋ぎ合わせ、呪文として唱えるだけ。

 簡単です。簡単なのです。難しく考えてはいけません。何度でも言いましょう。これは簡単な事なんだ。




 座学よりも実践で学べるタイプの生徒がやる気を取り戻し、新しい呪文が次々と誕生する楽しい授業中に事件が起きました。いや、事件というよりも、事故でしょうか。


 一瞬だけど、とても強い衝撃が教室を揺らし、マツリさんのペンが机の上で大きく跳ねました。

 教室のどこかで誰かが魔法の作成に失敗して爆発させてしまったのだろう。そう気に留めていなかったわたしの後頭部に、何かがぶつかってきました。

 頭が丸ごと粉砕されるような嫌な音がしたりはしなかったけれど、視界に星が舞った。目玉が飛び出すかと思った。勢いで机に顔面をぶつけてしまったので鼻が痛い。鼻の奥から溢れてくるのは鼻水か、それとも鼻血か。机に両腕を乗せていたので左肩が一瞬だけ曲がらない位置まで動いた。その痛みと痺れが肘まで届きました。



 何事だ。何が起きた。暴力か。

 確かに身分も能力も年齢も下のわたしがこの教室で一緒に学ぶという現状は面白くなかっただろう。だが直接手を出してしまっていいのか。この学園に居る限り、貴族だろうが使用人だろうが平等であり公平だ。権力を鼻にかけた横暴など許されるのか。否。許してはいけない。許されるはずがない。


 身体強化で、身体の働きをよくすることで人間の身体の治ろうとする力を引き出せば癒しの魔法でなくても傷が治せると聞いた事がありました。突然の暴力という理不尽への怒りと痛みに塗りつぶされつつある思考を塗り替えます。何をするにもこのままでは対応のしようがない。わたしはただ泣いてればそれでいい立場じゃない。


 マツリさんと、その従者の方に起こして貰うと、何かがものすごい速さで眼前を横切っていきました。



 白地に黒の斑点模様の球体。

 一つの球体を手を使わずに奪い合い、相手の陣地の奥へと放り込む集団競技があります。それに使われる標準的な、いわゆるサッカーボール。

 少なくともわたしにはそう見えたそれが、教室内を縦横無尽に駆け回っています。


 球技のプレイヤーにとってボールは恋人同然と言います。

 自らの意思を持ち、グラウンド内を自由に駆け回るボールが見たいと願ったのかもしれない。愛着のある道具に意思が芽生えて欲しいと願うのは悪くないと思います。そんな愛人にどんな狂気を被せれば、こんなことになるのでしょう。


 ボールの速度には緩急があり、捕まえようとすれば急停止してみたり、立体機動をして逃げ回る。

 ひたすら速度を追い求めるだけのスピード狂に非ず。よく観察してみると空中で転がっています。確かに魔法は何でもアリだけど、あれは流石に気持ち悪いと思ってしまいました。



 王族の関係者に衝突したのを見た術者は青ざめた顔で走ってきて、マツリさんの前で平謝りしていました。

 ぶつかったのが友人である以外は全く無関係なわたしで良かった。これがマツリさんだったなら、彼の父が持つ領地に攻め入る口実を与えてしまっていたことでしょう。


 土下座よりも、あのボールだ。

 マツリさんが聞き出している会話に聞き耳を立てます。


 状況を自己判断し緩急調整しながらただひたすらにゴールに飛び込もうとする。人体に触れれば数秒だけ普通のボールになる。最後に蹴ったチームの為に一途に飛び回る。ゲームセットで魔法が切れる。試合中は魔法が切れぬように、必要な魔力をグラウンドから吸収し続ける。それがサッカーボールにかけられた新たな魔法の仕組み。

 最後に触れたのはわたしの後頭部だけど、蹴っていないのでノーカウントだそうです。


 

 人間のやる事なので完璧など存在せず、ましてやそれは新たな試みなのだから、失敗はつきものです。

 目の前を延々と飛び回られたのでは実習どころではない。一組の、各々が新しく作り出した魔法を用いての捕獲大作戦が始まりました。


 魚を捕らえる為の投網を模した魔法によって捕らえられましたが、いざ掴もうとしたところで大暴れして逃げられてしまいました。

 木の枝を使った網は勢いで通り抜けられました。


 見かねた教師が巨大な水球を作り、突っ込ませる事で勢いを鈍らせる試みは上手くいったように思われましたが、中でボールが高速回転を始め、産みだされた遠心力で水球が破壊されてしまいました。

 悪態と謝罪の飛び交う凄い光景が広がっています。




 理事長に参加を強く勧められた理由をもう一度考えてみます。

 正直なところ、今日の授業を受けても、わたしには得るものが無い。

 ならば何故白い目で見られながらこの場に居るのかを。


 もしかして、こうなった時の為の、予防策なのではないか。

 わたしの魔法があれば魔法を無力化することができる。教室の魔力を吸い尽くしても止まらぬほどの物が出来上がってしまった際、止める為に魔力の無い状態を作らなければならない。わたしなら、それができる。

 今のしっちゃかめっちゃかな状況を見ていると、そのためにわたしをこの場に配置したとも考えられます。



 サッカーボールにかけられた魔法の仕組みは聞きました。

 必要な魔力が枯渇しない以上無限に動き続ける。あのボールを無力化するのなら、周りの魔力を切り取ればいい。


 理屈がわかれば簡単。すぐにやろうと手を出そうとしたけれど、様々な方法で捕らえようとする同級生と逃げ回るボール、どちらも応援している術者の彼を見て思い留まりました。


 本当にただ停止させるだけでいいのでしょうか。試合中止はゲームセットではない。その結果にはファンもプレイヤーも納得いかず、シーズンが終了してもなお燻り続ける事になる。本当にそれでいいのでしょうか。審判でもないわたしが中止を宣言していいものなのでしょうか。


 スポーツを題材とする作品は読みますが、スポーツそのものには興味が無いのでルールをよく知りません。

 だけど、その描写だけは知っている。ゴールポストの中に吸い込まれ、網を大きく揺らす。その場で試合終了のホイッスルが鳴り、歓声が上がる。

 もし、それを部分的にでも再現することができたなら。


 まだ痛む左肩を労わりながら、記憶を頼りにゴールを作りました。

 ボールに自由を与えた今回の主犯に形が違うと言われたので、違った部分を微修正。

 自分が考えた作戦なので、危険な場所に立つのは誰かに代わってもらうのは心苦しい。身を案じてくれる皆を抑えつつ、わたしがキーパーとして作ったゴールの前に立ち、その時を待ちました。



 あのボールは試合終了とともに活動を終了する。なので、その為に作りました。

 止められるか、ゴールに入るか、どちらの結果に終わろうと試合終了のホイッスルが鳴る魔法です。

 真正面から勢いよく飛んでくるボールを手で受け止めて止めるつもりでいました。今日は何もしていないので、何かひとつ成果を残したいと思ったのです。


 前言撤回。無理。

 目的も無く飛び回っていたボールが生涯一度の見せ場を手に入れた。進むべき道を見つけた。それが達成できたら死んでもいいと思える何かに出会ってしまった。

 彼(?)の想いの強さに対してわたしはあまりにも脆弱。得点を抑え、チームに貢献する事はできませんでした。あんなものに立ち向かう選手は凄いと思います。


 試合に負けて勝負に勝たせて貰いました。

 教室の混乱の終了を告げるホイッスルは、高らかに鳴るのでした。


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