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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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宿命のターニングポイント

 僕の事を特別視せず、苦労人だからクロードだとわけのわからない理由でニックネームをくれたのは彼女だった。

 クラスメイトであり、友人であり、初恋の相手が化け物に変わってしまって、どれくらい時間が経ったのか。



 アサヒだったものは、知人だろうが友人だろうが構わずその腕を振るい、傷つけて、暴れ続けていた。

 この場所が好きだと言っていた都市の中心、学園の正門前は見る影もなく、無惨な光景が広がっている。


 一番強い力を振るうであろう腕を理事長が食い止めているおかげなのか、死者だけは出ていない。

 だが、それだけだ。それ以上はどうにもできない状況が続いている。



 彼女の願いを形にする魔法には何らかの反動があるのではないかと心配だった。

 不安が現実になってしまった。人の形を失うなんて想像もしていなかった。

 そうなってしまったアサヒを止める方法は、学園都市には存在しない。



 至近距離で説得を試みる為に、先生が今まさにアサヒだったものに飛びつこうとしていた。

 先生を認識できないアサヒはもはやアサヒ・タダノではない。それが失敗したら殺すしかない。理事長と先生の意見が一致した。僕の話はもう聞いてはくれなかった。


 成功しても失敗しても先生は無事では済まされない。

 そんな特攻が今まさに為されようとした瞬間、軟体生物の、軟らかい腕が突然石のように硬くなった。

 まるで何かに閉じ込められたか、時間を止められたかのように動きが止まった。


「まったく、先生ともあろう方が嘆かわしい。」


 静止した場の空気を裂く声が、僕達の後ろから響き渡った。




 その顔を幾度となく見ている。

 その声を何度も聞いている。

 僕の両親の仇。そして、いつも手先に手を汚させながら、どこかに隠れ潜んでいる臆病者。

 アサヒにはサワガニなどと、変なあだ名をつけられた。


 僕の宿敵、サヴァン・ワガニンが、僕の後ろから現れたのだ。


「おま、え、何で!?」


 想定外の人物の登場に驚いたのは理事長だった。この学園に直接来るはずがないと豪語していた。臆病者、卑怯者、他にも色々言われていたような気がする。今すぐに思い出すのは難しい。だって、本人が目の前にいるんだから。


「ずっと見ていましたが、あまりにも情けないので来てしまいましたよ。」


 アサヒだったものが、硬くなった腕を無理矢理動かして、サヴァンの細い身体を薙ぎ払わんとした。彼はそれを軽く手で受け止めて、握り潰してしまった。

 アサヒを傷つけてはいけなかった。軟体生物は怯んだ。あれには痛覚がある。痛がっているのは誰だ。アサヒだ。左腕に該当する部分の腕が頭から上に動かないから間違いない。


 親を殺された怒りとは別の怒りが湧いてくるのを感じた。

 こいつは部外者だ。何の事情も分かっていない。なぜ傷つけずに鎮めようとしていたのか理解できないのだ。見ていたとは言ったけど、この男はなにを見ていたんだ。何をしに来たのだ。


 理事長は今も太い腕を押さえつけたまま、顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。きっと僕と同じ考えだろう。またしても、彼は僕の大事な人を奪っていくのだろうか。

 そんなことは絶対にさせない。させるものか。アサヒを助けるんだ。



 何をしに来たという理事長の問いかけに対し、サヴァンはこの場に居る全員に向けて言葉を口にした。

 いつもと口調が違う。だが目の前に居るのはサヴァン・ワガニン本人だ。僕は彼を感知できるから、間違いない。


「そこまで盲目になるほど大事ならば何故よく見ない!? こんな醜い生物があなた方の友であるはずがないだろう!?」


 軟体生物はアサヒ・タダノではない。

 言っている意味が分からない。僕は姿が変わる瞬間を見た。理事長達が確認し、学園都市の記録と照合し、アサヒであると結論付けた。まごうことなき確定事項だ。

 なぜ、いきなり現れた部外者がその決定を覆すことができるのか。挙句、彼はアサヒを醜いなどと宣った。彼女の何が醜いというのだ。


 わからない。サヴァン・ワガニンの行動が、思考が、なにもかもがわからない。

 寒くもないのに顎が震える。肌が粟立つ。頭の中が冷め、意識が彼のみに集中する。サヴァンを殴る。殴り飛ばす。どんな姿になっていようとアサヒだ。アサヒを傷つけた。断じて許すわけにはいかない。




 折れても潰れても癒しの魔法があれば身体は治る。限界など気にせず足に力を込めろ。手への負担も考えるな。気に入らない彼をぶん殴ればそれでいい。

 絶対に当てるつもりで、僕は石畳を蹴った。


「よく見ろと言ったはずだ。」


 持ちうる力を全て注ぎ込んで突っ込んだはずなのに、次の瞬間、僕の身体は彼の小脇に抱えられていた。

 サヴァンは片方の腕で僕を抱え、もう片方の腕は杖を手にしている。その杖の先にあるのは、焼き払われた軟体生物の細い腕。


 何が起きたかを理解するのに時間が必要だった。

 結論から言うと、助けられた。

 身体強化を限界まで引き上げて、一発殴る為に走り出した僕に対して鞭のような腕が振りおろされていた。サヴァンはそれに気づいていて、それぞれを片手で対処してみせた。


 魔法使いの実力差は非常に大きい。たとえ部下だろうと邪魔者には一切容赦しない点を見れば、サヴァンは理事長をも超えているかもしれない。

 だが、それがどうした。全く敵わない相手だろうと知った事じゃない。こいつは許せない。こいつはアサヒを傷つけた。



 そもそもだ。アサヒに願いを形にする魔法を授けたのはコイツなのではないか。

 あれだけ自由に使っていたんだ。いずれ破滅する力をノーリスクで扱えると吹聴したに違いない。何もかもコイツのせいだ。こいつが居なければ、こんな事にはならなかったのだ。

 無理な身体強化を使ったせいで全身が痛い。ああ、何もできないのか。何度も助けられたのに、肝心な時に恩を返す事もできないのか。なんて情けない奴なんだ僕は。


「先生、いや、理事長。学園の魔法のログは御覧になられましたか。」


 自分の不甲斐なさを嘆く僕など意に介さず、サヴァンはこうしている間もずっと軟体生物の腕を掴んでいる理事長に問いかけていた。


「ログ?」

「転移の記録が残っているはずですよ。僕を疑うのは結構ですが、いちおう確認はしていただきたい。」


 サヴァンは肩を竦めると、理事長が抑えていた一番太い腕を杖でひと叩き。やはり砕いてしまう。

 彼自身もアサヒに思う所があるはずだ。それなのに、あまりにも簡単に傷つけてしまう。



 あの軟体生物は、本当にアサヒではないのではと思ってしまった。

 もしそうだとしたら、今まで苦労して大人しくさせようとしていたのはなんだったのか。

 今までの戦闘が全く報われない。そんな事があってたまるか。あれはアサヒ・タダノなんだ。


「理事長、サヴァ……じゃなくて、えっと、アイツの言う通りです! 転移魔法使われてます!」


 サヴァン・ワガニンの名を言えない職員が、疲れた顔の理事長に報告を入れている。嘘偽りしかないはずの彼の言葉に真実があった。どういうことだ。

 こんなとき、アサヒがいたら色々考えているかもしれない。でも僕は彼女じゃない。それに僕は確かに見た。アサヒがアレに変化してく瞬間を。


「変化するのを見たと言ったな、クロード君。」


 脇の下の独り言を聞いてしまったのだろう。糾弾の矛先が理事長から、僕になった。

 サヴァンは矢継ぎ早に質問を僕に投げかけてきた。


 変化する際に肉の膨張を見たか。衣服は裂けたか。血は噴き出したか。悲鳴は聞こえたか。魔力の変動は見られたか。

 頭の上からの言葉が重い。心を操る魔法のせいもあるだろうけれど、心にのしかかってくる。だめだ、負けるな。押し潰されるな。


「今回使われた転移の魔法は簡単に言うと交換だ。そして一瞬姿がブレる。そういったものが見えなかったか。」


 見た。それは見た。まばたきの一瞬の内だけど、確かにブレた。

 だがそれがどうした。もしそうだとしたら本物のアサヒはどこへ行った。あの軟体生物はアサヒがいつも肌身離さぬ学生証を持っている。つまりアレは彼女なのだ。


「僕は君を責めていない。誤解だったと認めるんだ、クロード君。」


 だめだ、誘惑に乗るな。話を聞くな。サヴァンの言葉は全て心を操る魔法でできている。理事長は会話をしてしまったから、引っかかっているかもしれない。先生も話を聞けば乗ってしまうだろう。

 全て彼の思い通りになるシナリオが動いている。だめだ、このままでは。




「サワガニさん、こっちはもう大丈夫です。ありがとうございました。」


 最初聞いた時、幻聴かと思った。

 地面を見ていた顔を上げる。すぐ目の前に、僕の姿に驚いている女の子の顔があった。


「えと、クロード君?」

「彼の行動は想定内です。お構いなく。」


 全力のつもりだったのに、彼は涼し気だった。サヴァンはいつまで僕を担いでいるつもりなのだろう。

 いや、それよりもだ。アサヒが居る。目の前で、立っている。


 僕と理事長がサヴァン・ワガニンに注力している間に、人型のアサヒが現れて、問答無用で学生証を剥ぎ取ったことで、学園都市は軟体動物を不法侵入者と認識した。

 強制転移では危険な物体を野に放つ事になる為、交渉失敗時のプランが適用された。鬱憤を晴らすかのように理事長が殴り続けているから、あちらは間もなく決着がつくだろう。

 


 この展開はあまりにも都合がいい。幻覚ではないかと自分の目と耳を疑った。

 何が現実なのかがわからない。今目の前に居るのはアサヒに成りすました何者かである可能性もある。

 そうすると、理事長がアサヒを殺すことになる。そんな悲しい事はあってはならない。今すぐ手を止めて、治療してやらなければ間に合わない。


「君は、本物のアサヒなの?」

「魔力切れで魔法使えませんけど、本物ですよ。脱いでみます?」


 服を剥いたところで僕は本物かどうか判別できない。いや、こんな反応しづらい返事をするのなら間違いない。微かな魔力の感覚も彼女のもの。本物だ。


「先生ですね、貴方とはお初にお目にかかります。」


 僕がアサヒの本人確認をしている間に、アサヒの隣で警戒する先生に向け、サヴァンは恭しく一礼していた。


「生徒が世話になりました。」


 先生もまた、頭を下げた。


「僕と魔女の契約は一時的な物。今回は利害の一致というやつです。」


 何が起きた結果魔王が学園都市に現れたのかはアサヒから聞くようにとだけ言って、彼は自身の影に落ちるかのように姿を消した。




 結局、警備隊の怪我の理由は僕の勘違いのせいだった。

 軟体生物はアサヒではなかった。よく確認もしないまま断定した形で報告したせいで理事長をはじめ現場を混乱する原因を作ってしまった。


 サヴァン本人による直接侵入がなされた場合の警備体制の甘さや、転移魔法の検知精度の向上など、課題が見えて良かったと理事長は笑って許してくれた。

 それでも、本当に申し訳ない。




 人づてに聞いた、サヴァン・ワガニンが学園に来た理由はこうだ。


 隠れ家に飛び込んできた迷子を始末しようとしたら、追いかけてきた夜明けの魔女と迷子の処遇を巡って大喧嘩。撃ち合っていても埒が明かず、彼女と一次的な協定を結ぶことで、アサヒを学園都市に送り届けたという。


 嘘か本当かはわからないが、アサヒには元々強力な精神攻撃に耐える為の魔法がかけられているし、記憶を覗いても証言におかしな点は存在しなかった。この話はおおむね嘘ではないのだろう。


 僕を含め特別学級は夜明けの魔女の正体を知っている。

 もし本当なら、アサヒは僕が手も足も出ないサヴァンともやりあう事ができる、とんでもない実力者ということになる。魔王と魔女の会談ということで話が大きく盛られたんだろう。


「今日、直接会う事で、我は死に至るはずった。それが変わった。」


 それがどういう意味なのか理解できなかったけど、サヴァンの、去り際の一言は、いつまでも頭の中に残ることになった。


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