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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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アサヒ、スライムになる

 わけもわからぬまま見知らぬ森に転移させられ、よくわからない何かから逃げる為に空を飛んだ。着地に失敗して湖に落ちた。溺れそうだったので対策を講じた。

 さらに、なぜかそこに居た友人達にとっては因縁の相手と接触してしまった。


 判断のミスがあったとしたら、見えない壁に一瞬だけぶつかった時だ。

 あそこで方向転換していれば、少なくとも湖の中に落ちなかった。選択の間違いは認めましょう。そんな余裕は無かったけど、予め考えておけば、咄嗟の一手で最悪の事態を回避する事はできたはずだ。


 反省はできるのであれば後でしっかりやりましょう。問題は全く片付いていないのだから。




 何故ここに居るか。それはわたし自身もわからない。どうやって来たのかなんてのもわからない。

 それをそのまま伝えたところで、果たして目の前の魔王、サワガニさんが子供の言葉を信じるヒトなのかどうか。


 一笑に伏せて持論を並べるのなら言う意味がありません。口にしただけわたしがみじめになる。相手からすれば蚊ほどにも無いプライドかもしれませんが、小さな虫にも五分の魂というやつです。それと、蚊は伝染病の媒介になる。なめてはいけません。


 発言一つで救われるけれど、選択肢一つで首が飛ぶ。慎重に言葉を選ばねばなりません。

 そこで、ふと、サワガニさんはわたしの言葉を信じた事があるのを思い出します。夢の中で未来視の内容が変化して、あの夢の中では当初の目的を撤回し、身を引きました。

 抵抗しようにも魔法はしばらく使えません。そもそも相手は格上だ。わたしの全力でも理事長には傷一つ付けられなかった。魔法使いのレベルの差はそれだけ大きいのです。


「今この場で我が前に現れた事を咎めたりはせぬ。話せ。」


 わたしの聞き間違いでしょうか。魔王は結界を破り、許可なく飛び込んできた事は許すと仰いました。 

 言わねば殺す。言っても殺す。何をどうしようとお前はこの場で終わりだと宣言されるのかと思ったのですが、恐怖の象徴は何たる寛大なご判断をなさるのでしょう。


 今まで何をしても変えられなかった未来予測を変えた借りを今ここで返してくれるんでしょうか。そうだったらとても嬉しい。わたしは今ここがどこで何がどうなってるか全然わからない。

 今の状況が分からないから帰る手立てが何も思いつきません。それでいてこの救いの手だ。本当は掴んではいけないのでしょうけれど、わたしは先生のもとへ帰りたい。ただそれだけだ。

 藁にでも縋る思いで、自分の認識を全て伝えました。




 わたしの話を聞き終えて、何かを納得したサワガニさんの口から直々に、今の状況をお話頂けました。

 世間的には悪人ですが、身分違いの偉い人から直接お言葉を頂けるなんて光栄極まりない。彼に心酔する手下がこの場に居たら、きっと僻まれてしまうでしょう。



 まず、このとんでもなく広い森。なんと魔法使い達が出したゴミの処分場だそうです。

 不要になった道具や薬、手を付けられなくなった合成の失敗作などを無遠慮に投げ捨てても問題が無い。今でこそ鬱蒼とした樹海が広がっていますけど、元々は何もない砂漠地帯だったそうな。

 数十年前に捨てられた、あらゆるものを無差別に飲み込んで拡張を続ける植物がこの森を作ったとも言っていました。


 掃除をした後、回収された学園都市中のゴミがどこに行くのかを知りませんでした。

 ゴミは一度集積所に集められた後、何の処理もされず転移の魔法で全てこの森に放り込まれているのだそうです。それらは全て、ここに捨てられた際限なく何でも食べる森のエサになる。永遠に食べさせ続けないといけないという問題は残っているけれど、食べ物がある限りこの場所から脱走することはない。敵が居なくて食べ物が供給され続ける快適な場所を離れる理由などありません。




 そんな場所に何故サワガニさんが居るかというと、この場所が潜伏に都合のいい場所だから。

 彼自身を討伐する為には、まずは暴食の森を攻略しなくてはいけない。

 無限かと思う程に広い大樹海の中から彼一人を見つけ出すのは至難の業です。クロード君のようにピンポイントでサワガニさんを感知できたとして、当然サワガニさんもクロード君には気付く。未来視で確定している死を回避するため、彼と直接の対面を避けるサワガニさんは逃げ回る。

 なんとかその身を見つけ出し、追い詰めた所で今度はサワガニさん自身の抵抗が来る。相手は最悪の魔法使いであり、様々な対策を講じて相手の手を封じてようやくスタートラインに立つことができるような奴だ。周回などさせまいとする運営の嫌がらせ。高難易度の中でも最強と名高いレイドボスだ。




 では、そんな場所に何故わたしが放り込まれてしまったのか。

 それはサワガニさんが答えを用意してくれていました。


「ここに捨てられたものを持ち出した者がいる。」


 とある魔法使いの研究所において、何かの実験が失敗した際に暴走した実験体への対処が手詰まりとなり、最終処分場に放り込む事で事態の解決が図られたそうです。飼いきれなくなったペットを捨てたようなものだと噛み砕いて説明してくれたサワガニさんは、それが持ち出されたと言っていました。


 僅かに残っていたのか、湧き出したのか、近くの水たまりを見るように言われたので、従います。

 あ、今従ったからといってサワガニさんの手先になるつもりはありません。これくらいはただのコミュニケーションです。お許し下さい。

 水溜まりの中では、魔法やホウキが飛び交う大混乱が起きていました。



 映っているのは見覚えのある景色、学園都市です。

 しかもあそこは校門の前ではないか。一体何が起きているのでしょうか。

 警備隊、そして学園の生徒達の有志が暴れる何かを魔法で抑えつけている。彼らのお相手は、先程森の中でわたしも見た何か。ものすごい臭いを放っていて、一度目を付けたら相手が見えなくても真っすぐ向かってくるアイツです。


 海の生き物のように柔らかい身体を蔓や触手のように振り回していますが、その速さは人の目で追えるものではない。石畳やレンガ造りの校門に刃物で傷をつけたかと思うほどの痕を残すだけの力があり、腕や足があらぬ方向を向いている怪我人は多数。衣服が肌まで裂かれて時折鮮血が飛び散る酷い有り様だ。



 学園や学園に在籍する者への復讐なのか、ただの悪戯なのかは分からない。とにかく、何者かが学園の校門前にアレを転移させた。

 転移の魔法にも種類があり、今回はそれぞれの場所にある物同士を置き換える方式の魔法が使われた。 

 その魔法の発動の際、偶然にもその転移する対象をわたしが踏みつけたせいで、転移に巻き込まれたのだろうという推測を頂きました。


 ええ、確かに不自然な場所に石が落ちていました。

 誰かが石畳の上に蹴り上げた物だろうと思い、踏みました。そうだ、それから景色が変わったんだ。




 錬度の高い警備隊がとても苦戦している状況が不可解です。 

 おそらくアレの体組織のほとんどは水分だ。干上がらせれば容易に倒す事ができるだろうし、そうでなくても動きを鈍らせたりはできるかもしれない。なのに、それをしていない。

 見下ろしている映像だけでは状況は分かりかねますが、なにやら傷つけずに捕らえようとしているように見受けられます。


 珍しい物が現れたから捕獲せよと理事長命令が下ったのでしょうか。それならば直接本人が出て来ればいい。こんなに怪我人を出しては責任問題になってしまう。

 そんなことを考えていたら、映像の隅に理事長の姿がありました。その手にはひときわ太い触手が掴まれています。一番威力のある腕を拘束する事で、最大の攻撃が出せぬように踏ん張っていらっしゃいました。


 すぐ傍に居るクロード君と何かの話をしているようですが、音が拾えていないので何を言っているのかわかりません。

 どんな状況なのかを知りたいと思いながら水溜まりから目を離し、見上げてみると、サワガニさんはそんな二人をなんともいえぬ表情で眺めていらっしゃいました。


「『耳』」


 話の内容が気になったのは彼も同じだったのでしょう。わたしが口にするまでもなく、流れるように呪文を唱えてくれました。

 サワガニさんの呪文はよく聞いた事のある形式です。先生の短縮呪文に似ていたけれど、理事長を師と仰ぎ、同じ学園都市で学んだ先輩後輩の関係だ。近い形の術式を扱うのは何の不自然もありません。


 いや、それよりも。そんなことよりも。

 サワガニさんの魔法でこちらにも届いた理事長や警備隊の会話に耳を疑いました。


「ホントにコレがアサヒなのか!? 魔力の感じは違うぞ!?」

「学生証の反応があります! 中に人影らしきものは発見できず、彼女が変化したモノである可能性は高いです!」


 学生証はわたしがわたしである証。自分の命と先生への想いの次に大事な物。無くさぬよう、いつも上着の内ポケットに入れている。

 表側から手で感触を確かめましたが、わたしの手元にはそれらしきものが入っていませんでした。


 学生証が無い。落とした? どこに?

 地面から飛び上がった時、空を飛んでるとき、結界にぶつかったとき、湖に着水した時、それぞれ落としてしまうタイミングはあった。樹海を探せば、もしかしたら出てくるかもしれない。

 いや、映像の向こうで理事長達が必死に抑え込んでいるあの半透明の物体が持っているのは間違いないだろう。学園都市のシステムはよほどの事がなければ間違えない。あの場にいる誰もが、そのヘンテコな物体がアサヒ・タダノではないという証明ができない状態。


 わたしの知らぬうちに、わたしが思っていたよりも大変なことになってしまっていました。



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