表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
115/301

横恋慕の破局

 今日は人生の大きな分岐点となるかもしれません。

 来ないで欲しいと思っていたものが、遂に来てしまいました。


「先生とお付き合いがしたいです!」


 その告白に、先生はどう答えるのか。

 内容次第ではわたしがわたしである理由がなくなってしまう。先生の補助として恋愛関係の無いまま今まで通りの生活ができればまだいいけれど、これから二人で助け合うからアサヒは学業に励めと言われたらどうしよう。

 告白した女教師と、先生の隣にいるわたし。固唾をのむ二人が返事を待ちました。




 新たな年度が始まってから、先生と同じ学年だった女性教師が先生との距離を詰めようとしていたのをわたしは知っています。

 声をかける。事務作業の確認を先生に求める。差し入れを渡す。何故か胸元をはだけさせ前かがみになって谷間を見せようとしたり、書類を落としてしゃがんで見せ、妙に短いスカートの中身を見せようとする事もありました。


 その言動は、どれもこれが大人だと言わんばかり。先生よりも、傍に居たわたしに見せつけるかのようでした。わたしが居ようがお構いなしのアピールには先生も頭を抱えるしかありません。情操教育に悪いと呟いていたのをよく覚えています。


 そんな彼女が今日、満を持してカエデさんを失った先生の心の支えになりたいと願い出ました。




 彼女は学生時代からずっと恋心を持ち続けていたそうです。

 先生とカエデさんの関係をよく知っていたから、想いはずっと誰にも見せることなく心の奥にしまい込んでいた。カエデさんがお亡くなりになって、罪悪感を持ちながらも障害が消え去ったと喜んだそうだ。そう思った事を涙ながらに謝罪していました。


 何故今日なのか、わたしには理解しかねます。

 今日が何の日であるか、彼女も知らぬはずがありません。


 カエデさんの所属する召喚魔法研究チームの実験の日。爆発事故の日。元の時間に帰る最中のわたしがカエデさんに召喚されて、髪飾りを受け取った日。

 わたしにも、先生にとっても大事な日に愛の告白だなんて、何を考えているのでしょうか。


「私があの人の代わりになります。アサヒさんの面倒も見ましょう。あの人を越えてみせます。だからどうか、お願いします!」


 彼女は、先生とカエデさんとの関係以上のものを作り、入学初日からずっと過ごした期間を超えてみせると言いました。

 ずっと苦しむ姿を見ていながら何もできなかった決断力の無さを悔やんでいたが、このままではいずれ先生が潰れてしまう。廃人になる前に自らの手で助け出したいと願っての事だそうです。

 先生の心身を満足させることができる。それだけのものを供する事ができる。今すぐできなくても、そうなるよう努力する。これは彼女の政見公約です。




 生徒であり、通い妻であり、そう扱われるのは癪ですが娘でもある。

 そんなわたしの心証はとても不愉快でした。


 妻を喪い、悲しみが癒えぬ間に多忙な毎日を送る先生には支える誰かが必要と考えるのは分かります。しかし彼女は大きな勘違いと見落としをしている。


 先生の傍にまとわりつく幼い少女は決して疎ましいものではない。家族への好きと恋人への好きを履き違えプライベートにまで介入する恋に恋する少女ではないのです。

 いずれ本当の恋を知るだろうとか余計なお世話。わたしの恋は現在進行中です。それと、家族と友人と恋人への好意はどれも同じではないのでしょうか。違うというのなら何がどう違うのかを詳しくご説明頂きたい。




 先生の中でのカエデさんの存在はとても大きいのに、彼女はそれを忘れて生きて欲しいと言いました。それに加えて、非常に大きいわたしの価値を見誤りました。

 このことから、先生が首を縦に振るとは思えません。


 それでも不安が拭えないのは、彼女が目の前で魅了の魔法を使ったからです。

 今までのアピールは全て目印が付けられている前準備。告白の言葉によってそれらが全て一つの線で結びつき、目の前の彼女がより魅力的に映るようになっています。先程のカエデさんの死を喜んでしまったことへの後悔と反省も術中のうち。先生の思考を誘導し、より確実に魔法にかかるように仕向けている。

 最後の仕上げとして、全てを第三者のわたしに観測させることで呪文の構成を確立させる。これによって魔法を完全なものとして成立させようというのが彼女の狙いでした。

 好意を寄せるわたしの目の前で引き剥がそうという狡猾さと見境の無さには感服いたします。


 わたしの観測を軸とした魔法なので、湯気が充満したお風呂場のような息苦しさがあります。好きな人を振り向かせようとするヒトの欲望が恐ろしくてたまりません。


 何らかの魔法を準備している事は先生もご存知でしたが、実際に行動に移さない限りは取締対象になりません。勘違いであることも考慮して、ずっと様子見を行っていました。なので、何の魔法かは今この段階まで判断できませんでした。対象のみに特化した魔法であればその効力はきっと強い。対策を怠れば、魅了の魔法にかかってしまう。

 目の前に彼女が現れてからもずっと先生と繋いでいた手に力が入ります。先生の意思でこの手が離されたとしても、わたしは離れたくない。


 これは願いを形にする魔法ではなく、ただの願い。彼女は人の心を操う魔法を使ったけれど、だからといって反撃してはいけません。人の心を操るのは悪い魔法使いのやることだ。どんな理由があっても、今やってしまったらわたしは先生に愛される資格を失ってしまう。


(大丈夫、お任せください。)


 握った手が、声を使わずに伝えられた先生からの心強い言葉と共に握り返されました。





『お気持ちはよくわかりました。』


 先生の言葉に、彼女の表情が晴れ渡りました。

 ああ、いや、嬉しそうに笑ってはいるんですが、企みが上手くいった時の暗い笑みです。今までずっと温厚な方だと思っていたのですが、そんな表情ができるのかと驚きました。


『カエデのことは忘れましょう。これから二人でやっていくのです。アサヒさんにもご理解頂きましょう。』


 彼女は気付いていませんが、先生の言葉には魔力が込められている。発せられた言葉通りの意味は全くありません。身体の力が抜けるような感覚がありますので、かけられた魔法を解く呪文を唱えられているのでしょう。


『そういうわけでアサヒさん。君を愛しています。』


 先生はの言葉と共に、繋いでいないもう片方の手をわたしの頭に乗せました。

 それを合図に息苦しさが無くなります。わたしが観測した事実の軸がブレたことで、魅了の魔法は基礎を爆破された建物のように崩れていきました。

 普段言って貰えない言葉を頂けるのはとても嬉しいのだけど、その子供扱いするような仕草はどうなのかと考えてしまいます。




 魅了の魔法が解かれ、さらに想い人が目の前で別の女に愛を囁いたことで、彼女の感情が爆発しました。

 好きだった相手を嫌いになったのが価値観の逆転に至ったのでしょう。人格破綻者、人でなし、ロリコン、気色悪い、幻滅したなど、様々な罵言がその口から飛び出します。さっきまでおつきあいがしたいと告白した相手にそこまで言えるのが凄いと思います。


 残念ですが、彼女にどんなに嫌われようと先生の立場を揺るがす程の影響力はありません。

 万人に好かれる先生であればわたしも鼻が高いのだけど、例え全世界を敵に回そうと先生が先生であればわたしは構いません。



 彼女は学生時代の淡い恋をずっと引きずっていただけでした。

 奪い取ることしか考えられなかった。カエデさんの為に必死になる先生の姿を見ても、その想いを自分に向けて欲しいとしか思えなかった。もし、彼女が先生の大事な人も受け入れると言っていたら、先生の思考は大きく揺らいでいたでしょう。



 自分のことだけを振り向かせる魅了の魔法は身に覚えがあります。

 夕暮れ時に、三組の貴族の息子が手下達に使わせたものの、わたしには効果が無かった魔法。手順は全く違いますが、あれは同じ魔法だったはず。

 前段階からの丁寧な仕込みを行って、大人数で一寸の狂いもない連携が求められる呪文構成を一人で行使した。それは先生の言う通りお見事です。


「お気持ちだけ受け取っておきますね。ご心配ありがとうございます。」


 先生は、事情聴取のために警備隊に連行される彼女にもお礼を述べていました。



 誰もカエデさんの代わりにはなれません。カエデさんはカエデさん。わたしはわたし。あの人の役割は当人以外には務まらない。

 そもそも、命日を区切りとしてカエデさんを忘れろだなんて、できるはずがないのです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ