表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
114/301

ホウキから落ちた魔女

 何でもできる。何だって叶う。それが魔法。そのはずですし、そのためにわたし達は学んでいる。

 どうしてこうなった。誰もこの嘆きを聞き届けてはくれぬだろうけれど、何度でも言おう。どうしてこうなった。



 それは、ホウキで飛べぬわたしの為に皆が試行錯誤している最中、自分以外の誰かが操作するホウキから落ちたのが始まりでした。


 落ちただけならばまだ良かったのですが、わたしは高い場所で暴れ出したホウキに振り回され、勢いよく投げ飛ばされてしまいました。

 普通の人間ならば落としたスイカのように頭の中身が飛び出してしまうであろう高さであったのが幸いし、着地の衝撃を和らげる魔法が間に合って、地面に描かれた現代アートになることだけは防ぐことができました。

 癒しの魔法を使わなくていい程度の、その日のうちにカサブタが出来てしまう程度の擦り傷。墜落事故の程度を考えれば無傷と言っても差し支えはないでしょう。


 問題だったのは、落ちた場所。

 思い切り振り回されたわたしが墜落したのは、なんと学園都市の外周を囲う壁の外。学園都市の壁の中は安全で、全身大火傷でも二次感染するような病原体に触れる事は無いのですが、一歩外に出ればそこは未知の物が蠢く危険地帯。こんな場所を十回も巡るランニングを毎日こなしている理事長は恐ろしい。まさに怪物です。



 わたしはそんな場所で擦り傷を負いました。


「――に感染している可能性もありますので、予防接種しておきましょう。」


 わたしの目の前で、医務室から病院への連絡が迅速に行われています。

 ヒトからヒトへ伝染する病気を壁の外から持ち込んでいる可能性がある。発症すれば抗体のない人達に甚大な被害をもたらす感染源となる。幸い何の症状も出ていないが油断はできず。今回は事後の接種でも間に合うだろう。可愛い生徒が大流行の震源にになってはいけない。内容はよくわかりませんが、目の前の大人達の間でそんな言葉が飛び交っています。


「先生、できれば安静のまま移送させたいのですが。」

「僕が転移させます。許可は既に。」


 意識が朦朧としたり傷口が熱を持ち出したり痛みだす事もないのですが、まるで一刻を争う重傷者のような扱いを受けています。瞬く前に病院の裏口に転移させられて、今度は水に流されるが如く建物の奥まで運ばれてしまいました。


「先に検査しますので、接種前に血をとりまーす。」


 流された先の部屋で待っていた清潔感のある白い衣服の看護師の手に、それはありました。




 注射は苦手です。加えて採血に至っては痛い思いばかりしてきたのでもっと苦手です。

 まだ病弱であった頃に実家で注射が行われた際、いつも血管を発見できずに針を刺し損じてしまうのでわたしの腕は傷だらけでした。毎回の事に刺すほうも刺される方もうんざりで、そのうち診るほうも匙を投げられてしまいます。たしのような小さい子供を診てくれる医者を探すのが大変だったそうです。


 とにかく嫌だ。注射が嫌だ。自分の身体の中に異物が入り込むという事柄に忌避感がある。

 飲食物ならばわかる。それを摂取しないと生きていけない。だが入るべきでない場所に物が入っていくなんて恐ろしい行為、いったいどこの誰が考えついたんだ。

 確かに自分自身の臓器を使って食物を自身の身体に変換するという段階を全て省略するのは理想的だ。内臓の半分以上が必要なくなるし食べる時間も節約できる。なんなら消化のために体力を使って眠くなる心配もなくなる。しかし食事とは単に栄養補給のための手段に非ず。無駄と思えるけれど、それは必要であり、大事なのだ。


 今、わたしの二の腕をゴムチューブで縛り、肘の内側を消毒液で拭いている看護師は何と言った。

 検査。そうだ検査だ。


 逃げたい気持ちを抑えて見ていると、針を刺す位置に狙いをつけるのにも魔法が使われていました。失敗が無いのは良い事ですが、それであっても刺されるのは好きではない。医療に魔法が使われているのなら治療行為としての注射も別の形に置き換える事ができるはずだ。何故できていないのでしょう。

 そこまで魔法社会での医療が進んでいないのか。または普通の人間社会の医療が驚異的な進化を遂げたのか。はたまた、その両方が重なり合ってこんな事になってしまっているのでしょうか。


 採血も魔法では行えないのか。もしかして、魔法を使わずに採取したモノを魔法で検査するために物理的な行為が必要なのか。医療行為なんて未知の世界で全然わからないのだけど、とにかくその血を採取するのはどういう訳だ。その採った血は何に使うのだ。わたしのクローンを培養する為の土台にするのではないか。

 そんなに大きな注射器を取り出さないで。採ろうとする量が多すぎませんか。そんなに取られたらわたしが干乾びてしまう。多い日は自分が死ぬんじゃないかってくらい出るなんて情報は今から知りたくない。とにかく、とにかくだ。せめて痛みを感じなくする魔法を使うまでの一瞬でいい。その針を突き立てるのをやめて欲しい。それが刺されば痛みを感じるのはわかってます。そうだ先っちょだ、先っちょだけ入ればいいじゃないか。そんな奥まで入れる必要は、あああ…


「チクッとしますねー。あ、手は握っててくださーい。」


 ほんの数秒でしたが、今までの人生で一番長い数秒でした。

 助けてはくれぬだろうけど、先生が傍に居た。だから耐える事ができました。大声で泣き叫ばなかっただけ偉い。褒美には箱入りの徳用アイスを所望します。一緒に食べましょう。


 先生は採血されるまでのわたしの姿をご覧になって、注射が苦手であることにお気づきになられたのでしょう。検査の結果次第では、予防接種をせずに帰れるかもしれないと仰ってくれました。

 本当に気休めで、ほんの数分のうちに期待は裏切られるわけですが。




 予防接種は採血や栄養剤の注射ではないので血管を探される事は無い。つまり打ち損じが起きる心配はない。それでもやっぱり注射は苦手です。だって痛いんですもの。


 一度ならば我慢できるし、実際我慢した。だが二度目はどうだ。気付かれぬうちに刺される感覚を無くす魔法を使っておこう。一日のうちに二度目の挿入はとてもじゃないが耐えられない。


 実家に居た頃、刺し損じが起きたときに何をしたか思い出せ。自分の腕を石のように硬化させて針が刺さらぬようにして見せた。今それを披露したら怒られるだろうし、付き添いで来てくれている先生に迷惑がかかります。やってしまいたいのだけど、それを行うのは決して許されない。



 こうなってはもう逃げようもないので腹をくくります。とにかく意識を逸らせ。刺されていることを認識するな。天井のシミは残念ながらない。よく管理された建物だ。カビなど生えていたのでは患者を不安にさせてしまうだろう。


 老婆が掻き回している大きな壺の中にある緑色の液体を飲めばたちどころに解決するのではないのか。特効薬や予防薬は無いのか。一生懸命考えながら注射が終わるのを待ちました。



 予防接種の痕は、刺された箇所が少々痛む程度。感染時に起きるような猛烈な発熱や全身の痛みなどの副反応が起きるワクチンではありませんのでそれは心配いりません。


 身体は問題ないけれど、気分はどうか。

 こちらも先程までは最悪だった。しかし終わってしまえばどうという事はありません。今の気分は清々しい青空のように晴れ渡っています。注射針の痛みも、血を抜かれる不快感もこうして耐えて見せた。もうしばらくは突き立てられる事が無い。なんと素晴らしいことでしょう。




 次の日、皆と一緒にホウキの飛行訓練は先生の目の届く範囲でやるようにと先生に叱られました。

 注射は嫌ですので、壁の外に落ちても傷付かない方法を考えておきましょう。


 皆から事情を聞く中で、学園の中での飛行練習だったのに、墜落したのが壁の外という事実に先生は驚いていました。

 この校舎で空間があべこべに繋がっているのは理事長の仕業ですし、壁の外まで飛ばされるポイントがわたし達の頭の上にあるのでしょう。魔法があれば不可能も可能になります。



 校舎の上空は門の魔法の範囲外で、ホウキに投げ飛ばされたとしてもあり得ない場所に墜落した。

 そのことを、わたしは深く気にしていませんでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ