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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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似てる人

 尊敬する師の教えは、弟子にとってはどんなものにも勝るもの。

 広い世間を知らぬ子供にとってのそれは、植物の根のように深く意識に食いついてしまっています。


 魔法使いの家系に非ずば魔法使いに非ずという、古い世代の多くが去ったというのに根強く残る魔法使いの優生思想もその一つ。

 学園都市の首脳が置き換わったにも関わらずそれは今も生きている。次の世代に残してはいけないと分かっていながらそれが慢性的に継続されているのは害でしかないとわたしは考えます。


 それは未だ払拭されず、まるで地中の茎で増殖する迷惑な植物のように学園都市に根付いていました。

 どれだけ抑え込もうと反発するのが世の常であり、全員が全員考えを改めるなどやはり無理だったのです。




 ここに、合同授業にてホウキで飛べなかったわたしに何か言いたかった一組の金髪の男子生徒がいます。

 彼はどうしても食べれぬ野菜を皿の端に避けながら食事をしていたわたしに対し、やはり特別学級は落ちこぼれであると堂々と宣言なされました。

 供された物を口にできない貧乏舌。調理人達の願いを無下にするなど人としてありえないと、ちょっと語彙の足りない罵倒の言葉を一生懸命煽り立ててます。


 そんなの、食べれないのだから仕方ないでしょう。食物アレルギーを持つ人のように命の危険に晒される程でもなく、溶けだした出汁を気にする必要が無い軽度なものですが、それでも無理に口にすればわたしは吐き出してしまいます。

 野菜を皿に残すのと、嘔吐してこの場に不快感をまき散らすのに比べたら雲泥の差。それに元から食べれる量が少ないということもあり、残したブロッコリーはたったの一個。



 金髪の少年はたった一個の蒸し野菜でわたし一人どころか特別学級の全てを落ちこぼれと評しました。

 特別学級のクロード君以外の三人ならこんな安い挑発にも引っかかってしまったでしょう。皆がこの場に居なくて本当に良かったと思います。


 彼の言い草に対してわたしができる事はありません。肯定もしない。反論もしない。聞こえてすらいないよう振舞う。

 たった一個のブロッコリーでそこまで言う必要があるかを考えると、全く無い。


 彼がやろうとしているのは正当防衛のまがい物。口で感情を煽り立て、わたしから手を出させる事で自分を被害者として見せる対外交渉です。

 わたしが何らかのリアクションをするのはどんな展開であろうと彼の思う壺でしょう。手が触れれば大げさに痛がるだろうし、肩がぶつかればこれまた大げさに転んで見せる。自動車にわざとぶつかってきて被害者として慰謝料などをふんだくる当たり屋のようです。

 彼の証言と現場の状況だけを見るのなら、危害を加えたという事実が優先される。どう判断するかは学園の司法に委ねられるけれど、お金持ちだからこそ優秀な弁護士を用意してくるだろう。

 彼一人がどれだけ見下そうと上に向いた評価が一気に覆る事は無い。つまり関わらないのが一番です。


「待て! 話は終わってない!」


 彼の演説は、わたし達への罵倒から、自分の所属する一組がどれだけ素晴らしいかを熱弁する段階に入っていました。

 一組全体の評価がどうであってもわたしには関係がありませんし、興味もありません。この学園では同学年のクラスが競い合って一つの椅子を奪い合う相対評価方式ではありませんので、一組と特別学級がそれぞれ同じ評価を得る事もありうる話。順位付けをすることすら無意味なのです。


 この食堂で、ブロッコリー一個以外を完食したわたしには彼の演説よりも優先すべきことがあります。食器を返却して午後の授業の為に教室に戻らなくてはならない。興味も無い人の話など聞く気力もありません。

 金髪の少年は、わたしが食堂を去るその瞬間まで、人の話を聞く事も出来ない未熟者だという罵倒を続けていました。





 彼が目の敵にしているのは特別学級ではなく、わたし一人だと教えられたのはその事を先生に報告してからでした。

 去年一組を担任していた教師、魔導師でもある老教師が辞めたのはわたしのせいだと思い込んでしまっているようです。



 金髪の少年は教師をとても尊敬していたが、年度変わりにその教師は学園を去ってしまった。

 健康状態への不安と、能力の限界を感じた為と本人の口から辞職の理由を語られた。

 だが少年は考えた。界隈に名を轟かせる師匠がその程度の事で辞めるはずがないと。校外での身分はあれど教師とのコネが無い身一つで彼は色んな人から話を聞いてまわり、一つの事件に行き着いた。


 その事件とは、期末試験後の補習で何者かの襲撃があり、教師が辛うじて追い払ったというもの。生徒達に傷一つ付けることなく守り切った教師の最後の大手柄のことだ。

 三十人居た受講生を独自のルートで探し出し、話を聞いているうちに違和感に気付いた。彼らと共に教師の戦いを見守った生徒のうち、一人だけそこに居なかった人物がいる。

 朝焼け色の髪で、夜明けの空の色の瞳の妙に小さい当時の一年生。至近距離なら視界の中に納まらないが、そこに居れば確実に目立つ存在が彼らの隣に居なかった。


 どういうことだ。あの魔法一つ使えぬ平民の娘は何をしていたのだ。

 疑問を抱く中で、二十五人目の証言は驚きだった。


「誰も信じてくれないんだけどさ。あのとき講師とやり合ってたの、特別学級の一番小さい子だったのよ。」


 それから補習を受けた生徒の名簿を再度確認し、一つの名前を引き当てる。

 アサヒ・タダノ。

 魔法も使えぬ劣等生が何をした。聞けば、教師に全く引けを取らぬ魔法の撃ち合いをして見せたという。魔法が使えぬというのは嘘だったのか。それとも何か巨大な力を持つモノに魅入られたのか。分からないけど先生は打ちのめされて、学園を去ってしまった。


 補習の事件の真相を知ることはできなかったけど、魔導師であった師が学園を去ったのはとにかくあいつのせいだという結論に至ったそうです。



 魔導師でもある老教師が教職を下りると決めていたのは補習前からですし、本人の意思です。

 その意向を揺るぎないものにしてしまった可能性こそありますが、決意したこととわたしは関係ない。それに、あの時は最後に魔法の無い世界を望んだ以外はただ防いでいただけで、何もしていない。


 自分なりに考えをまとめたのは良いのだけど、わたしを学園で懲らしめたところで老教師が帰ってくるはずもありません。

 これは、八つ当たり、というやつです。


 門の魔法や授業内容の調整で、しばらくは学園内では彼との接触が無いように取り計らってくれるそうです。それでも彼がわたしを探して口で罵倒しようとする意思までは変えられず、抑えられないかもしれないと、先回りで先生に謝られました。いつもながら思うのですが、謝るのは先生じゃない。


 彼が早く新たな出会いを得られるようにだけお祈りします。

 きつい言葉を投げかけられた事に対しての報復などは望みません。関わりたくないので。

 





 わたしとの接触が妨害されたことにすぐ気付けるのは、流石一組といったところ。


 気付いたまでは良かったのだけど、門の魔法を実際歩いて特別学級へのルートを開拓しようと試みて失敗。正門前で待ち伏せしたら友人との語らいに熱中してしまってこれまた失敗。女子宿舎に侵入を試みて大失敗。

 言葉でねじ伏せる為無理に接触しようとして失敗を重ねた結果、彼の陰謀論へののめり込みを加速させてしまいました。


 休日の駅前広場にて、彼は特別学級の歪みの根源、アサヒ・タダノの罪を弾劾すると拡声の魔法で叫んでいました。彼一人の言動で最優秀の一組の評価が落ちたりはしないのですが、彼自身への風当たりは日を追うごとに冷たくなっていきました。

 広場に人は大勢居るのですが、いま、彼の前には誰ひとり立ち止まってはくれません。



 わたしの他に誰も聞き耳を立てずにいる街頭演説で語られる、アサヒ・タダノへの批難は非常に面白い。


 特別学級の問題児を人を操る魔法で意のままに操る魔女。その本性は学園都市の支配、征服である。

 前年度で学園を去ることになった魔導師の抵抗により一度は退けられた。だがまだ野望を諦めておらず、今も爪を研いでいる。彼女はいずれ闇の勢力の軍門に下る。今駆逐せねば学園都市は闇に染まるであろう。


 支配地域を学園都市に限ればサワガニさんの影響下に入る必要など無いと思います。なぜ大きな組織に属そうとするのか説明できぬ想像力の不足を見れば、やはり子供と言えるでしょう。



 そんな邪悪な存在を倒す為に彼が主張しているのは、対抗する力を持つ老教師の復帰。

 理事長すらも陥落済みである今、魔女を止める事ができるのは彼しか居ないと熱く語ります。


 わたしの言葉が全て人を操る為の呪文であり、話を聞くと意図せぬまま魔女のいいなりとなる。それならば、わたしの話など聞き入れないあの老害、いや、ご老体ならば洗脳をはねのける事もできる。


 推測を言い並べているうちに彼を呼び戻すのに都合のいいストーリーが出来上がった。金髪の少年は声を枯らしながら、大好きな魔導師の復帰を望む声を挙げようと訴えかけていました。

 


 彼とわたしはよく似ています。

 好きな人への想いが彼を動かしているのは間違いない。実際に行った行為は評価できませんし、結果も振るえてはいないけれど、その願いだけは理解できます。

 先生が学園を去るのなら、わたしは何を置いても先生について行く。先生が学園に戻らぬというのならわたしも戻らない。クラスメイトや友人達には悪いけれど、なによりも先生が居ない環境がわたしには耐えられない。


 そう考えられるのは、家も地位も無いわたしだからこそだと思います。

 彼はどこぞの偉い人の息子。一族の期待を背負って今ここに居る。わたし達にとってはいらぬちょっかいをかけてくる面倒な爺でしたが、彼にとっては重圧を和らげてくれて、居心地の良い場所をくれる存在だったのだ。


 対象は違えど考えてる事は一緒な彼の行動が少しでも報われて欲しいと思いつつ、わたしも広場を離れようと踵を返しました。



 一時間後、この騒ぎを聞きつけて飛び込んできたナミさんによる「我らがアサヒ・タダノへの応援演説」を止めるべく、先生と共に駅前広場に戻って来る事になるのですが、それはまた別の話。


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