特別と最優秀
特別学級は、かつてはどのクラスにも適さない生徒が送られる滑り止めと呼ばれていました。
しかしそれは過去の話。今や最優秀とされる一組に肩を並べる程の優等生扱いです。
悪の組織の野望が動くたびに巻き込まれ、勉学よりも救世主としての活動が主になってしまうクロード君。
売り言葉に買い言葉で収まりがつかなくなりやすいナミさん。
共に強大な力を秘め、伸ばせば育つものの、趣味嗜好が近い事で競り合いになりやすいポールとマッシュ。
そして一段階余計な手間を踏まねば魔法が使えないわたし。
個性的すぎるわたし達がただのなかよし馴れ合いクラスに留まることなく、名門である学園でも指折りの優秀な成績を残すまでになったのは、ひとえに先生の指導の賜物。それがどれだけ大変だったかを間近で見ていますし、その偉業を成す手助けとして、同じ目線から見たクラスメイトの様子を報告することもありました。
いじめ等の問題行動はこの学級内では起きていません。あれは担任する先生に迷惑が掛かりますのであってはならないのです。
当初は誰かを村八分にしよう、懲らしめようなどと話を持ち掛けられはしましたが、屁理屈を並べてお断りしているうちに無くなりました。そういった排除活動が無意味だと悟ってくれたのかどうかはわかりません。
わたし一人が孤立していじめの標的になるとしても、結果として団結力が高まるのであればそれも良いと考えたりもしました。群れのボス的な立ち位置に据え置かれたのは想定外です。
わたしには先生一人居ればいい。それは昔も今も変わりません。
学園の方針に守られていても、特別学級自体がいじめの標的に晒されている事が皆の結束に繋がったのでしょう。つかず離れずの適度な距離を保っていられることもあり、学級内に限れば人間関係はとても良好。平和そのものです。ですが、一歩外に出ればそうはいかないのが人の世の中。
普段の接触は皆無に等しいのですが、やはり様々な経験を積ませるという学園の教育方針上、どうしても他のクラスと関わることになります。
特に一組は入学前から優秀な生徒が集まっています。
その秀でた中でもより突出しているのがマツリさんです。成績優秀容姿端麗品行方正純真潔白な完全無敵プリンセス。友人がそうであれば自分の事のように誇らしい。
出自や入学時点で一組に選ばれたのは誇りであり、自分達が一番と信じ、横柄に振る舞うことを憚らないし躊躇わない。生まれつき高い身分に産まれて、そのように今まで育てられてきたのです。今更変える事は人の上に立つ者としてのプライドが許さないのでしょう。
そんな彼らは落ちこぼれと見下していた特別学級が地の底から這いあがってきた今の現状が不愉快極まりない。彼らからはわたし達が学園都市の汚れに見えている。何が含まれているか分からない灰色の汁を垂らす非常に汚く臭いボロ雑巾が食卓に並んでいるように感じているのです。
わたし達に敵意を向ける相手との合同授業。何も起きないはずがありません。
一年の間に評価を覆した特別学級は、進級で授業内容が広く深くなるにも関わらず優秀な成績を維持しています。相手にとっては面白くない。今もどんな不正を働いているのかと疑いの眼差しを向けられています。
そんな状況なので、今日の授業を楽しめるとは到底思えません。
授業内容はホウキに跨り空を飛ぶこと。魔法使いらしい移動手段ですが、内燃機関や動力伝達手段の発達で魔法でなくても魔法のような移動手段が確立された現代では廃れて久しいそうな。
過去の遺物を再度学ぶ理由は、車輪の再発明的に新たに編み出したつもりで飛び回り墜落や衝突事故を起こさぬためにあるそうです。
一組の高貴な身の上の皆様はホウキで飛ぶことに難色を示されました。
よく手入れと調教を施された馬ならまだしも、使用人が手にするような汚らわしい棒に触れるなどボクが許しても家が、家族が、先祖が許さない。自らの誉れを地に堕としてはならないのだと。
その後、渋々跨りって空を舞った後に手のひらを返したのは言うまでもありません。早々に馴れた人達は遠くの方で誰が一番速く飛べるかを競い合っています。
我らが特別学級も負けてはいない。競争している一組の生徒達を、後方から一気に全員抜き去って行ったのはマッシュです。それに負けじとポールが追いすがります。
瞬く間に先頭の座を奪われた一組の皆様は、頂点には自分達こそが相応しい、身の程を弁えよと相手に届かぬ叫びを上げたのち、負けたままでなるものかと大勢で、群がる蜂のように二人を追いかけていきました。
彼らはあのまま放っておいていいでしょう。デッドヒートを繰り広げた後は夕日に照らされる堤防の土手で健闘を讃えあえばいいと思います。
さて、わたしのホウキはというと、うんともすんとも言いません。
実際目の前で飛び回っているのを見せられていますので、それを真似すればいいだけなのだけど、どうしても自分がホウキで空を飛ぶというイメージに結びつきません。そうでなくてもあの速さです。飛んでいるのはホウキであって術者本人ではない。手を離せばわたしは落ちてしまう。
物を動かす初歩の魔法の応用だとは思うんです。ホウキ単体ならば動かせます。でも自分が乗ると動かない。
ホウキが力を失ってしまったら。ホウキを手放してしまったら。高速で木に衝突してしまったら。人にぶつかったら。高い場所から落ちてしまったら。
失敗した時の挽回ばかり考えてしまいます。怖いと思ってしまうからなのでしょう。ホウキはわたしが跨っている間、動いてはくれませんでした。
優秀な皆様は目の付け所が違います。一組の中でも飛びぬけて目立つ金髪の少年が、ホウキで飛び立てないわたしを目ざとく見つけ、何かを言うべくこちらに歩いてきました。
彼らはいずれ指導者として立つ身であるからなのか、人の感情を煽り立てる言い回しが非常にお上手です。いったいどんな言葉でわたしの感情を逆撫でしてくれるのでしょう。面倒だと思いながらも、楽しみにしている自分がいます。
人には向き不向きが必ずある。全てにおいて完璧な人間など存在しないし、できないことを見つけたとしても、敢えて指摘するのはおかしい。そんな感じの反論を用意していましたが、言う必要はなくなりました。
金髪の彼が腕をまっすぐ伸ばしてわたしに指をさし、今まさにホウキで飛べない事を責め立てようと口を開いた瞬間、真上から女の子の悲鳴が降ってきたのです。
見上げてみると、確かに空から女の子が降って来ています。飛ぶ力を失ったホウキに縋りつき、なんとか飛行機能を回復させようと試みてはいるようですが、持ち直したとしても墜落までに軌道修正するのは初心者には難しいのではないかと思います。
避けて欲しいという頭上の彼女からの願いを聞き入れて、慌てふためく金髪の彼の腕を取って墜落予測地点から離れました。
逃げる間に、彼女のホウキは飛行するための機能は回復しました。ですが、やはり体勢を持ち直せません。ただ墜落したのでは大怪我は間違いない。一組は皆身分の高い人達が揃っていて、怪我をさせたのでは学園が、今この場で監督する先生が責任を問われる事になる。
それに、今落ちてきたのはマツリさんです。友人を助けないわけにはいきません。
僕の身体は下民が易々と触れて良いものではないと腹を立てる金髪の少年を尻目に、わたしは魔法でクッションを作りました。設置するのはマツリさんが落ちてくる場所。友を助けるのが最優先で、目の前の貴族への無礼など知ったことではありません。
『猿も木から落ちる』改め、魔女もホウキから落ちる。
一組の中でもとりわけ優秀だったマツリさんの墜落を前にして、金髪の少年は慄いていました。
震える彼をその場に残し、わたしはクッションの中に声をかけてから、魔法で白いフワフワを霧に変えてマツリさんを助け出しました。
「これ、難しいですね。」
速度を落とそうとしたらホウキにかけていた魔法まで解けてしまったと言います。それでも飛べるだけ凄いと思います。なにせ、わたしは全く飛べないのですから。
その後、金髪の少年を置き去りにして談笑するわたしとマツリさんの前に、上から一直線に突っ込んできて降り立ったのはナミさんでした。その速度は墜落したマツリさんより上なのに、地面スレスレのところで姿勢を変えて急停止。比較対象がコントロールを失っていたとはいえ、操作はマツリさんより上手です。
話を聞けば高度な制御ができる理由も納得できます。
ナミさんは魔法使いに憧れた一般家庭の出身であり、独学で初歩の魔法が使えていました。それ故に、本来の魔法使いが忘れ去ったホウキの扱いにも慣れていたそうです。
居ないと思ったら、今日はマツリさんをはじめ一組に指導して回っている形になっていた。面倒見が良いのも影響し、その指導はおおむね好評を頂いているんだとか。
敵意から尊敬へ。
たった一度のホウキ飛行講習で、一組から特別学級に対する評価は大きく変化することになりました。
物事は目に見える一部分だけではなく多方面から評価すべし。これもまた人の上に立つ者には必要な考え方でしょう。
わたしに目を付けて、言葉の暴力で殴りつけようとしていた彼は、女子三人の間に入れないまま何も言えずに立ち去っていきました。
人には長所短所がある。短所だけを突いても利にはならない。その指摘は同じ短所を持つ優秀な他人にも影響を及ぼす事になる。身をもって理解してくれたと思います。
決して、自分の考えの正しさを証明するとか言って、なにかやらかしたりなどしないで欲しいです。