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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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そんなばかな

 納得できません。


 一つ屋根の下、夜遅くまでお話しました。色々聞いてものすごい秘密も知ることができました。

 さらに無理を言って同じ部屋で寝て貰いました。朝チュンですよ朝チュン。


 ここまでお膳立てしておきながら、何も起きてないではありませんか。

 朝起きたらわたしが素っ裸になってたり、先生がやけにツヤツヤしてたりするはずだったのに。実績が解除されていない。



 話が違うじゃない!

 同じ部屋で寝れば恋人としての儀式は完了じゃなかったの!? 謀ったか恋愛小説!!



 昨日終えてない手続きがたくさんありますが、行き先が一緒なので先生が付いてきてくれるのは学園まで。

 生徒は自動的に宿舎への入舎になります。再びこの部屋に来ることができるのはいつになるんでしょう。

 外れた目論見を挽回する方法を考えながら、先生と同じテーブルを囲んでの朝食を頂きました。


 目の前の皿には既製品のサンドイッチがひとつずつ。昨日理事長に連れられて入ったお店のテイクアウトです。


 先生は小食です。昨晩もあまり食べずにわたしと理事長が仲良く意見交換してるのを微笑みながら眺めていました。

 このサンドイッチも本来は一人前。わたしが食べきれないと申し出て、昨日のうちに二人で分ける事になっていたのです。




 先生はお忙しい方です。せめてこの部屋に居る時間を引き延ばそうと食事に手を付けずにいるわけにもいきません。

 どうして……どうしてこうなった……


「どうかしましたか?」

「え、えっと……」


 手が止まってる事に気付かれてしまいました。さすがに今考えてる事をそのまま伝えるのはまずいです。言ったらわたしは変な子だし常人の先生ではドン引きされてしまいます。


「えっと、あれ、かわいいなって。」


 口に含んだままだったパンを飲み込んでから、わたしは先生の後ろの棚の上に置いてあったぬいぐるみを指さしました。

 アザラシでしょうか。デフォルメされた顔と丸い体型で真っ白な、一度口にしてから言うのもおかしな話ですが見直してみると確かにかわいいです。

 自分でもこのごまかしは苦しいと思います。ですが今、それしか注意を逸らす返事が思いつきませんでした。


「ああコレですか、持っていきます?」


 なんですと。

 それは先生の幼馴染にして同窓生にしてライバルにして彼女にして奥さんだった大事な人が遺した思い出の品ではないのですか。そんなにあっさり手放していいのですか。

 驚きのあまり声も出せずにいると、先生はアザラシを手に取って私の傍まで持ってきてしまいました。そんな、マジですか先生。



 なんということでしょう。先生からプレゼントを貰ってしまいました。

 先生からしたら、女の子が部屋の中にある物に興味を持ったから整理のついでに贈呈しただけなのかもしれません。


 故人の荷物を捨てずに居たのはやはり失った彼女に未練があるからなんでしょうか。

 ただゴミとして捨てるのも忍びなかったのか、彼女が生きていた痕跡を一つでも残したかったのか、それとも喪失の悲しみが深すぎて荷物の処理を考える余裕がなかったのか……

 今ここで聞こうにも、わたしの感情が追いつきません。頭の中がぐちゃぐちゃです。


「欲しいのなら差し上げますよ。可愛がってくれるのなら僕が持っているよりいいでしょう」

「は、はい、大事にしましゅ…」


 こうして、必要最低限だったわたしの持ち物に、ぬいぐるみがひとつ増えました。





 予想とは違う形で先生から大事な物を貰ったわたしは一晩遅れで学園都市の心臓、魔法学園の門をくぐりました。

 昨日は眠くて見る余裕がありませんでしたが、駅から出てそのまままっすぐ進んだ先がこの正門でした。


 学園の目と鼻の先で白昼堂々誘拐するとか、あの誘拐犯達がどれだけ大胆で命知らずだったのかは想像もできませんが、わたしが逃げ出すまで先生達に見つからなかったくらいに用心深い手練れだったので、それだけの自信はあったんでしょう。

 わたしが魔法を使えたのが相手の想定外で運の尽きです。


 正門からはそう長くありません。校舎までの道は一直線で、両脇には街の中だというのに鬱蒼とした森が広がっていました。

 都市全体が学園ですが、教室のある校舎はここだけだと先生に教えていただきました。宿舎や食堂、実習場も校舎の向こうにあるそうです。


 門の外の街は全てこの学園を維持する為に必要なんだそうです。

 魔法使いは一人で国を傾ける程の影響力があるとか、よくわかりませんでしたがそんな事を仰っていました。



 もう少し二人だけの時間を過ごしたかったのですが、物理的に短い道を踏破するのはあっという間でした。


「じゃあ、僕はここで。後はこちらの先生に従ってください。」

「はい、ありがとうございました。」


 わたしへの応対は玄関から入ってすぐの広間の真ん中で待っていた三角帽子の女性の先生に引き継がれるようです。昨日の女性とは別の人です。見た目からふっくらとしていて柔和な印象を受けます。


「タダノさん、先生達をあんまり困らせないであげてくださいね。」

「先生、名前で呼んでください。わたしはただのアサヒです。」

「わかりました、アサヒさん。次は教室で。」


 受付のお姉さんは聞いてくれませんでしたが、やっぱり先生は違いました。

 嬉しくて顔がにやけてしまいます。我慢できませんでした。いやらしい笑みになってなければ良いのですが。



 色々手続きをして、教科書を貰い、ノートを買う為の購買をはじめとした学校の施設を一緒に歩きながら説明して貰いました。


 宿舎にて自分の部屋もいただきます。

 魔法で内部は広くなっているので全員に一人部屋が用意されているそうです。書庫の本の知識から寄宿学園とは集団生活を強いられるものだとばかり思っていたのでこれは嬉しいです。一人の空間で先生を想う事ができるんです。



 ここまでは順調でした。

 午後になり、どれくらいの魔力を持っているかを測っている最中にまた事件が起きてしまいました。


「えっと、ちょっと待ってくださいね?」


 色がどんどん変わる魔法陣の真ん中に立ったままわたしは待ちます。迷惑をかけないという先生との約束ですから。


 測っている最中になにか想定していないエラーが出たようです。

 手に収まる大きさの板で誰かに連絡を取ったかと思うと、魔法陣の文字を書き足したり消したり、触媒を変えてみたり。

 それでも不具合は解消できないようで、とても焦っていらっしゃいます。


「もう魔法が使えるんですよね?」

「はい」


 先生とのピロートークでわたしは魔法使いの常識をちょっとだけ会得しました。

 初歩中の初歩、それは物を動かす魔法です。

 言われるがまま、ふっくらとした女先生の前で実演します。つい持ってきてしまった先生に貰ったぬいぐるみをちゃんと浮かす事ができました。魔法が使えるのにどうしてそんなに頭を悩ませるのでしょう。


「タダノさん、私の言う呪文をそのまま復唱してもらっていいですか。」


 名前で呼んでほしいとは伝えたのですが、聞き入れてはくれませんでした。わたしはかなしい。


 丸い先生はわたしの返事を待たずに口に出すのはちょっと恥ずかしい言葉を唱え始めました。迷惑をかけないとの約束を守るため、わたしも続きます。


「何か変わった事はありますか?」


 恥ずかしさでお腹がムズムズする呪文を最後まで間違えずに言い切る事はできましたが、何も起きませんでした。

 いつも魔法を使う時のように身体の力が抜けるような感覚もありません。


 わたしの魔法に詠唱はいりません。触媒もいりません。別のものとの等価交換である必要もありません。

 ただ願えばそれでいい。



 先生方が大勢集まってきて、よくわからないままわたしは指示されるがままに呪文を唱えたり、いつも通り魔法を使ってみたり。

 そして出されることになった誰もが驚く測定結果に、わたしも驚くことになります。


 アサヒ・タダノの魔力は極小。魔法使いの資質なし。

 そんなばかな。

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