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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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鳥籠の中の小人

 わたし、アサヒ・タダノはただいま停学中。

 ただいま先生のため買い出しに街に出ています。


 停学で禁じられているのは学園に通って授業を受ける学業と、学生の立場を踏まえて行われているアルバイト。そして空いた時間で行うべきは清掃などの社会奉仕活動という決まりになっています。


 そこで考えました。授業を行う教師の補助はその奉仕のうちに入るか否か。

 掃除もやりきってしまったのでやる事がありません。先生の手伝いがしたい。生徒自身が率先して希望しているのですからやらせてほしい。

 停学中の生徒が自らそういった活動がしたいとを申し出るなど今までなかったそうです。わたしの要望は快く受け入れられ、わたしは教える立場の補助として停学期間の終了を待たずして堂々と学園を出入りできる運びとなりました。


 取り巻く環境は違えども、先生と五人の生徒が同じ教室に居る。それだけで学級崩壊状態は瞬く間に解消されました。授業を受け、今まで通り先生の補助もするけど単位は得られない。タダ働きというやつです。


 皆の安定の為に居るという状況は、無くなると禁断症状を起こす依存性のある危険な薬物になった気分です。しかしわたしがそういう薬を皆に服用させているなどと妙な因縁をつける人は学園を去りました。そういった誹謗中傷を受けることはもう無いでしょう。何事も平穏が一番です。

 おっと、授業中に外出できることに浮かれてる場合じゃない。愛しの先生がわたしの帰りを待っている。買うもの買って早く戻らねば。



 そういえば、街に小人が現れるという噂が立っています。


 学園都市には人間としての種族は人間しか居ません。

 剣と魔法のファンタジーな世界であれば二足歩行や人語を話す獣、容姿端麗で耳の尖ったエルフなどが居てもおかしいとは思いません。身の回りの世話をする小さい妖精さんが居てもいい。メイドな妖精さんが居たら煩わしい家事など全て任せておけるのにと思わない日はありません。


 魔法使いと聞くと、しもべとしてカラスや黒猫やフクロウを連れている老婆をイメージします。魔女っ子や魔法少女となれば生き物かどうかも分からない浮遊する物体が常に傍に控えている姿も想像できます。

 魔法学園ではそういった補助を担当する何かを与えられたりもしませんでした。やはり空想は空想。現実とはなんとも非情なものです。


 そんな中での小人騒ぎ。日中に出没したという話でしたので、ちょうど買い出しの時間にぶつかります。

 会う事ができれば僥倖。せめて姿を拝見したいと思いました。



 聞くところによると、小人は商店が立ち並ぶ商店街や市場に出没するとのこと。

 偶然にも外出時の目的地と一致します。先生の探査の魔法はわたしには扱いこなせぬ大物ですが、それを模して効果範囲を自分の周辺に、対象を二足歩行する生物にそれぞれ限定すれば過負荷で倒れる事も無いでしょう。たぶん。


 小人捜しの決行はいつでもできます。

 わたしはほぼ毎日のように何かしら買い物の為に外出していました。以前先生のお買い物にご一緒した時は行く順番まで綿密にスケジュールを組んで抜けの無い行動を心掛けていたと思っていたのですが、ふたを開ければこの通り。小さなミスが山ほど転がっていたのです。

 先生はわたしのできないことをたくさんできますが、完璧超人ではありませんし、その程度で幻滅などいたしません。その穴を埋める充填剤にわたしはなりたい。


 それでは満を持して本邦初公開、探査の魔法・簡易版。

 停学関係無しに魔法の使用は禁じられていますが、これは願いを形にする魔法のうち、使用が許されている生活に必要な部分です。そういうことにしておきます。その言い訳の為に使用するのは一日一回まで。捜索チャンスは外出一回につき一度きり。



 初めての試みの結果は失敗でした。

 情報を削りすぎました。人が居るとか物が落ちてるとか、とても大雑把な情報しか得られません。今日の魔法では暗視映像のようなものしか見えませんでした。

 得られたのは、植木の根元に誰かの財布が落ちている程度。そのお財布には膨れる程にカードが詰まっています。せっかくなので拾って警備隊に届けましょう。

 届けに行った派出所では大騒ぎするお財布の持ち主が居て、今更返しに来たところで許すものかと物凄い形相で怒鳴りつけられたのは覚えています。



 次の日、落とした財布を拾って届けてくれる小人の噂が流れてきました。


 それほど裕福ではないある人が、自分の全てを一つに収めていた財布を落としてしまった。警備隊に駆け込んですぐに探してもらおうとしたがどうも動きが鈍い。あれは自分が自分であるなによりの証拠であり、それが無いと不法滞在者として学園都市を追われてしまう。とにかく急いで探してくれと泣きついている所に、自分の財布を手にした小人が現れた。

 小人はその財布を拾ったという。だが彼は不安と恐怖が拭えぬままでいたせいで、その小人を盗人だと罵倒してしまった。悲しそうな顔で小人は財布だけ置いて去っていったという。

 中身は小銭一枚減ることなく、全て無事だった。安心した事で冷静になり、本当にただ拾ったものを届けに来たのだと悟った。自身の行いを反省したスリが返しに来たと思ってしまったことを後悔した。


 なんて優しい小人なんでしょう。それに落し物を警備隊に届ける等学園都市のルールも熟知していて賢い。これはぜひともお会いしたい。そのためにわざと落とすのはリスクが大きいので実行はできませんが、わたしも財布を落としたら会えるでしょうか。


 この日の探査の魔法は頭をぶつけたような痛みに襲われて上手くいきませんでした。

 得られる情報がわたしの処理能力を超えた。解像度が今度は高すぎた。精細さを要求されるのは理解していたけどその匙加減が本当に難しい。軒下の植木鉢に繁った花の中に指輪らしきものがあるのは見つけました。誰のものかわからないので、そのお店の人に届けておきます。



 次の日、三年見失ってもう諦めていた結婚指輪を届けてくれた小人の噂が流れてきました。

 大恋愛で結ばれて、その後にちょっとしたことでの大喧嘩。うっかり投げ捨ててしまった指輪を大雨の中で泣きながら探したけど見つからなかった。その後悔を引きずって生きていた日々にピリオドを打ってくれたと言います。


 なんと良い話でしょう。奇跡の手助けなんて素敵です。先生とは喧嘩したくないけども、そういう雨降って地固まった後に失ったものが返ってくるエピソードは大好きです。敢えて主役にならない慎ましさも良いと思います。


 この日は引ったくりが発生しました。

 女性の叫び声の後、厚手のパーカー、ニット帽とサングラス、そしてマスクというまさに不審者の外見をした男性がわたしに向かってきます。女性ものの明るいベージュ色のバッグを持っていて、自分が犯人だと言わんばかりの出で立ちです。

 道行くを群衆を押し退けて逃げる犯人を見ながら考えます。これは緊急事態。例外の事態。現行犯逮捕が必要。力の差で危害が及ぶ可能性以外の理由で、子供だから犯人を取り押さえてはいけないというルールはない。魔法を使っても許される。使っても怒られない。ヨシ。

 使おうとしていた探査の魔法をキャンセルし、ちょうど舗装されていない部分、水道管の工事中で露出していた土を隆起させて転ばせました。倒れたところで蔓を生やして両手足を拘束して一丁上がり。

 学園で教師を長年勤めた魔導師相手に一歩も退かぬ魔法勝負を繰り広げた事もあるわたしには造作もない。そう粋がるつもりはありませんが、それでなくてもあっけない。



 翌日、ひったくりを捕まえて警備隊に突き出した小人の噂が流れてきました。

 昨日の指輪を見つけた小人の話を聞いて予感はしていたんです。でも認めたくはなかった。小人が居て欲しかった。妖精さんにメイド服を着せ、家事を任せて小さい身体で頑張るのを眺めてみたかった。


 全く同じ場所、同じ時間で事件が同時多発するはずがありません。同じ現場に居ながらもう一件あったことを知らぬわけがないでしょう。

 噂に聞くその小人とは、まさかのまさか、わたしのことでした。


 やはり空想は空想。現実とはなんとも非情なものです。

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