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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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違反は違反

 おはようございます。

 魔法学園、特別学級二年生出席番号五番、アサヒ・タダノです。



 本日から社会科見学です。

 わたしは今、昨年先生も拘束されることになった学園都市で罪を犯した者が勾留される留置場に来ています。


 逮捕された人の能力に応じて数段階あるようで、今この部屋は一番危険な人物を置いたときの設定が為されています。物理的な外界からの遮断に加え、魔法の使用を妨害する結界を三つ重ねた強力な防護。一度入れば内部からの脱出は実質不可能。理事長のような無茶苦茶がなければ無理でしょう。


 部屋の天井、それぞれの角には監視カメラがあります。二十四時間の監視体制は対象のほんの一瞬の挙動も見逃しません。こちらの施設にお勤めの皆様は、収監者がおかしな行動をすればすぐに厳戒態勢が取られるように訓練されています。


 ベッドはともかくトイレが便座のみというのはうら若き乙女にとっては恐ろしい。この部屋にはプライバシーがありません。

 体内に隠した記録媒体を回収したり、排泄物から違法薬物の摂取を判定することもあるそうです。生活環境、食事、そして排泄物に至るまで入念にチェックされるのがこの留置場なのです。

 学園が生徒を家畜として育成しているという都市伝説が湧いた理由が分かった気がします。この厚い管理体制は畜産業向けのハンドブックに記載されているものによく似ています。


 壁は床含めて全て全て真っ白なんですが、よく見ると塗りムラがあります。こういった頑丈なものはプロの手による施工だと思うのですが、長期間手入れもなしに使い込まれていけば経年劣化で粗が見えてしまうのでしょう。


 天井のシミを数える程の時間、先生も入ったこの部屋に居ます。

 自己紹介が遅れました。

 アサヒ・タダノはこの度、前科一犯となりました。




 実家からの第四の刺客を退ける為の行為は全て学園のルールに反します。

 ソバさんから逃げる為に許可なく魔法を使用しました。先生を助けるために巨大なクッションを作り、ソバさんの生死を問わずにわたしに襲い掛かった蔓の魔法を止める為に使用した魔法も無断使用の範疇です。

 なによりも一番重いのは、ソバさんに対して杖を向けた事。

 彼女は魔法使いではありません。一般人に対して魔法を行使するのはこの社会ではご法度なのです。



 今回の規律違反、本来ならば審議不要の退学処分となり、学園の籍を失ったことで即座に追放となるはずでした。

 勾留されたのは、剥奪できぬ魔女という称号と、願った物事をそのまま形にするわたしの持つ特異性を考慮した結果でしょう。無作為に放出するには惜しい人材だからなのか、それとも野に放ってはいけない特定外来種だからなのかは判断しかねます。


 ルール違反の誹りを受けるのは覚悟していました。それに結果は上々です。

 先生を救えず失意に打ちひしがれる必要はなくなりました。そして襲撃者を死なせて後味の悪い結末にもなっていない。不意打ちで死に至る危険に瀕した先生を救い、魔法に呑まれて干乾びる運命にあったソバさんまで救ってみせた。そのうえで、掟破りの犯人が捕らえに来た警備隊に逆らわない。わたし自身が逮捕に納得できているのだから、これ以上の大団円はありません。


 学園の規律の上にある魔導師の特権は非常に強く、魔女と生徒、どの立場で裁くべきなのかの判断には時間がかかるでしょう。

 どういった処分が下されるのかは分かりません。座して天命を待つというやつです。




 孤立無援のひとりぼっち。

 寂しくないと言えば嘘になります。


 なによりも先生の様子が気がかりです。

 蔓を焼く魔法も放ち、その後の警備隊への説明にもしっかり対応してくれていた。彼らがわたしを連行しようとした際には、話した状況の説明を聞いていないのかと怒ってくれた。

 わたしは会えずに落ち込んで七日も引きこもってしまったけれど、先生はどうするんでしょう。わたしの為に奔走するのか、システムに逆らう事ができず歯がゆい思いをするのか。


 わたしの行動を裁く審議の場で、規律の不備を指摘して無罪放免に持ち込んでくれるでしょうか。それとも自らルールを破り、学園を追われる身になっても構わぬとわたしを救いに来てくれるのか。あくまで治安を守る立場に立ち、わたしに追放を言い渡す裁定者として前に立たれるのは、嫌だ。


 この部屋の中での行動が先を決める判断材料になりかねませんので、何もできません。

 何もしてはいけないというのも退屈で。魔法の使用はバレますので、魔法を使って眠ることもできない。




 取り調べは、わたしが全ての原因と決めつける人を質問責めで追い出したので、二回目がありません。

 ソバさんが既知の間柄であると説明した。実家から妙なラブコールを受けていることも証言した。幾度となく襲撃を受けたのを退けた、小作人達や潜入部隊との騒動は学園都市の警備隊も知っている話。

 それをどう曲解すれば、無詠唱魔法は実家の秘伝であり、実家からのそれは全て勘違いという認識に変化するのか。

 あの人からは早めの反抗期が起こした家庭内の問題と片付けようとする意思を感じましたので、徹底抗戦させていただきました。やり込められた職員を見て、理事長が豪快に笑っている姿が見えるようです。



 天気や時刻さえわからぬ部屋での初日はその取り調べだけ。

 パジャマなど用意してくれないので服はそのまま、照明を消してくれないので枕に顔を押し付けて眠りました。


 二日目は何も無し。

 わたしを厄介払いしたい側は、口を開けば減らず口のわたしから有利な発言を引き出すのは困難と判断するのですようか。反抗的な態度を以って糾弾するのかもしれません。

 疚しい事など無いとの意思表示をするために全裸トイレを敢行したら、そこまでしなくていいとスピーカー越しに注意されてしまいました。




 そして三日目。何もしないことを頑張るのも飽きてしまいました。

 先生だけでなく皆も心配です。この強固な監視施設を襲撃してわたしを救い出そうなどと考えていないでしょうか。そんなことをしたら全員横一列に並んで頭と心臓に銃弾を撃ち込まれたり、熱く煮られた鍋に生きたまま投入されることになる。法の下で法を破るものはどんな理由があろうと悪なのです。だからこそわたしも例外なく捕らえられている。



 どうせやることもないので、魔法を使っていると気付かれずに魔法を使う方法を考えてみましょう。

 この監視体制はわたしの思考を読み取れていません。あくまで言動のみ。

 三重の防壁は魔法の行使を阻害しますが、身振り手振りも魔法陣も呪文も必要なく、学園都市の行動履歴にも残らないわたしの魔法には意味を為しません。

 それでも魔法を使えば確実に魔力を失いますし、その魔力の増減でも使用したかどうかを判断されます。

 何かするのであれば、まずその埋め合わせが必要。


 部屋に滞留する魔力を一切変えず、それでいて魔力の増減によって魔法の使用を検知されない方法が考えつきません。

 使用する分を先に用意したのでは、急な魔力量の上昇が監視者に発見されます。使用した後に補充しても同じこと。


 一気に使ってバレるのなら、すこしずつ消費と回復を繰り返していくのはどうでしょう。

 検知には揺り幅があり、その小さな増減ならば数値の変動を拾われても誤差の範囲と判断されることに注目しました。上手い発想だと思うのですが、それを実現するための技能がわたしにはありませんでした。 


 理屈だけを語るのは簡単だけど、実際やろうとすると調整がとても難しい。そもそも魔力の増減はわたしの目では見えないのです。目隠しした上で機械を操作して裁縫針の穴に糸を通すかのような、熟練の職人並みの緻密な制御が求められます。例え体重計のように目盛りがあって測りながら行う事を許されたとしても、手先の不器用さに自信のあるわたしにそんな細かいことができるはずもないでしょう。


 そういうわけで、気付かれぬように魔法を使うのは困難と結論づけました。諦めて今日もダラダラすることにします。

 敢行して今も目を光らせる監視の人や裁判官の心証を悪くしても仕方ありません。




 重罪扱いの三重防壁でも面会の許可が下りると知ったのはそれからしばらくのことでした。

 勾留されている身には選択の自由もありません。寝ている所を叩き起こされて、寝相の悪さからの着衣の乱れを整え準備しろと言われます。


 直接の対面はできずとも、ここは魔法社会。一般社会では実現に至らぬ立体映像が存在します。

 そんな未来の技術、立体映像を利用して現れたのは先生でした。

 魔法を使うことが許されないので結局服はめちゃくちゃ。監視の人は呆れ果てていましたが、服の乱れなど気にする必要のない間柄です。何も問題はありません。


「待たせてしまってすみません。」


 青白く、半透明な先生を見ていると、まるで幽霊と会話しているような気分になります。

 危うく本当にそうなるところだった。そしてわたしがそれを未然に防いだ。一般人に魔法を向けたことにばかり注目されるので自分で自分を褒めます。よくやったアサヒ。



 先生の説明によると立体映像は色を変える事もできるとのこと。七色に光る無敵状態を作り出して、遊んでる場合ではないと叱られてしまいました。

 そうであると直接言われていませんが、これはよいことです。

 確かに現在囚われの身。裁定を待つ罪人の扱いですが、慌てふためき必死に無実や減刑を訴える先生がこうやって遊んでいるのです。外の状況が決して悪いものでは無いという証です。


 ここの環境を尋ねられたので、一生を畜舎の中で過ごす家畜の気持ちになれるとお伝えします。

 外を知っている以上窮屈に感じるけれど、このように裸で過ごしても平気な環境を作ってくれて、自分の体調管理まで全て誰かがやってくれる。ここに居れば襲撃される心配もない。なにも脅かされる事のないこの環境は留置場であることを除けば快適そのものです。こんな場所に無料で泊めてくれるなんて、学園都市は太っ腹だと言わざるを得ません。


「それでは、また明日。」


 わたしからの返事を待たず、立ち上がった姿を最後に先生の映像は消えてしまいました。


 一昨日は収監されるまで一緒に居たので、顔を合わせなかったのは昨日だけ。そして先生はこの部屋での暮らしを語るわたしを見て満足した。そして帰り際の一言。


 早ければ明日、ここから出る事ができる。

 察しの良さを至近距離で見てきた先生がわかりやすい形で示してくれました。そう思わせておいて、実は追放の算段が付いているなどと、先生に限ってそんなことは無い。もし追放だったとしても、先生が付いてきてくれる。そんな雰囲気です。



 取り調べに関わらぬ人物は収監された相手に外の情報を教えてはならないというルールがあります。

 生徒を可愛がるのと同時に自らの保身のために動くことも考慮しているのでしょう。加害者の関係者であると同時に今回の事件の被害者である先生は捜査には携わっていない。それ故に、すぐに出れると直接喋ることができなかったと考えられます。

 なにはともあれ、長いようで短い囚人生活でございました。




 翌日、出所と共に二週間の停学が言い渡されました。

 順風満帆な学歴を重ねる上ではとても重い処分ですが、一般人に杖を向けてしまったのは、本来ならば記憶と魔法を奪われ知らぬ街に放り出されてもおかしくない重罪です。先生との生活が崩れなかっただけヨシとしましょう。


 先生やソバさんをはじめ数多く出された嘆願書、そして夜明けの魔女としての功績を考慮され、毎日の学園都市外周十周と道徳を学ばされる補習の二つをを免除されました。

 理事長は一緒に走れぬ事を悲しんでおられましたが、一周することも予想できないわたしでは体力が持ちませんので免除をありがたく受け取ります。


 なお、嘆願書のの一つはマツリさんのお父様から出されていたそうです。

 娘の友人の処分は必ず真実を明らかにし寛大に行うようにと、不条理なルールへの怒りをもって書かれた文が届いたそうです。

 マツリさんの家にもいつか行ってみたいとは思っていますが、夜明けの魔女が国賓として迎え入れられそうで、行くのがちょっと怖いです。


 早くもここから出る事ができるのです。

 短い刑期でございました。


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