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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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のびるアサヒ

 学園で学べるものは魔法に限りません。

 魔法使いに関連したおおよその物事が課程に組み込まれています。

 薬品の調合、錬金術と呼ばれることもあるものも対象になります。


 ここに、身体が成長するとされる液体が入っていた入れ物があります。

 先に謝罪します。わたしは誘惑に負け、ためらいなく全量を一気飲みしてしまいました。


 背が小さくともわたしはわたしであると認めてくれる環境には感謝しかありません。しかし、一歩外に出ればそういうわけにもいきません。二年生になってからも学生と認められず実家へと強制送還されそうになる事が少なくなく、先生と共に歩けば恋人同士と見られない。兄妹どころか親子扱いは酷いと思います。ええ、確かにそれくらいの歳の差はありますけども。

 一時の夢でもいい。大きい身体を体験したい。そんな誘惑にまだまだお子様なわたしが勝てるわけがありません。


 こちらのお薬は、都市伝説を信じ切って失踪事件を引き起こしかけた皆様から、お詫びの品としてわたしに供されました。




 時間切れにより、八方塞がれ逃げ道を失った後、取り残された十五人と被験体Aはまさに一触即発。

 騙された怒りとか悲しみとか悔しさとか色んな感情の導火線に火が点いて、今まさに爆発せんとする緊張の中に理事長が割り込んできました。

 現れた理由は卒業検定の結果。察してはいましたが、やはり不合格でした。


「危機に対してのチームワークや魔法の出来そのものは立派! だが決断が遅い!」


 毎回喧嘩して、仲直りして、見つめ合いながら固い握手を交わす少年漫画さながらの課程を踏まねば先に進めなかったのは減点の対象であると指摘されました。


 減点対象であった行動を窘められた後、脱出こそ叶わなかったものの、この場所まで到達できた事を労われた脱走者達は慄きます。

 自分達は学園の秘密に気付いている。理事長はその事を知っているからこそ、卒業検定を使って自分達の力量を測ったのだ。自分達には脱出する程の技量が無いと思い知らされた。今から連れ戻されて罰を受ける事になるだろう。ぼくたち、わたしたちは朝日を拝むことはできるのだろうか。



 そんな恐怖に顔を引きつらせている十五人をよそに、理事長は、今度はわたしを指さしました。


「アサヒ、お前はもうすこし自己主張すべし。」


 資格は無くとも参加者である。自身の能力を最大限に発揮し貢献すべきと理想論を説き始めました。

 わからなくはないけれど、そんな頭ごなしのご高説を納得できるはずがありません。

 わたしは拉致されてる身です。確かに攻略に手を貸しましたけれど、それは彼らの実力を見てみたいと理事長が言ったから。少々の手助けをしてもいいと言うから手伝った。それが何故率先して自身の能力を相手に伝え、手札となって迷宮攻略への貢献をしないといけないことに向き変ったのだ。


「コイツらがお前の先生や特別学級の連中だったらどうする。手伝わないで見てるつもりか?」

「皆とこの人たちは関係ないですよね。だいたいわたし学園から逃げたいっていつ言いましたか。無償の奉仕なんて相手のこと好きじゃなきゃやりません。目的が違うのに協力なんてしません。」

「言うじゃないか! ならば問答無用! 語るならば拳で語れい!」


 殴って良いと許可が出た。理事長は最強の魔法使いだから、よほどの攻撃は通用しない。多少の怪我など心配いらないのだ。考えうる全力でぶん殴っても大丈夫。

 先生が多忙なのは元々この人が原因なのです。先生が倒れてしまっても放置。お見舞いもボーナスも昇給もありません。一度本気でぶん殴りたいと常々思っていたでちょうどいい。


 腕を組んで仁王立ちしたのを目で見てから、理事長の立つ位置の真上、天井を切り取ってそのまま落としました。同時に床を一度泥に変えて再度固めて身動きを封じます。逃げる術を失った鋼の肉体はあっさりと天井に潰されました。


 ひとつ訂正を。理事長は逃げられなくて潰されたのではありません。逃げる必要が無かった。

 現に降ってきた天井を両手で受け止めています。ここは理事長の空間なので、全ての主導権は彼にあります。自分にとって都合がいいように物理法則を書き換えるなど朝飯前。しかし今の理事長は素のままだ。自身が動きやすい空間にすることをしていない。力加減を見誤りました。もっと強烈な一撃をお見舞いしても大丈夫だ。

 なぜ大人しく殴られれば痛いのはすぐに終わるのに抵抗するのでしょう。男に二言は無いと言ったのは理事長です。


「待て! そこまでやれとは言ってない!」


 理事長を殴る試みは、検定のために用意した空間が解除されない事を疑問に感じた先生がこの場所に現れるまで続きました。

 結局、わたしの攻撃を間髪入れず受け続けていたのに理事長は無傷。魔法使いとしての力量の差を見せつけられる形になってしまいました。わたしはまだまだ力不足のようです。





 わたし宛てに身長を伸ばす薬が届けられたのは、卒業検定に落ちた日から数えて三日後のこと。

 その薬の効能と使用上の注意が数点と、数日連れ回したことへの謝罪の文が添えられていました。


 何故ためらいも無く飲んでしまったのかと詰られても返す言葉がありません。

 寝起きでぼーっとしていて、水が飲みたいと思いました。普段から使っていない郵便受けに何か届いていることに気が付いて、目に入ったのがその薬。そこで何を思ってしまったのか、ちょうどいい、喉が潤せると思って蓋を開け一気飲みしてしまったのです。服用するにあたっての注意文に気付いたのはその後の事でした。



 飲んでみた感想ですが、これが薬とは思えないほどすっきりとした味わいで、喉を通る冷たさと後味を引かぬ清らかさはどんな名水にも引けをとらないと言えるでしょう。様々な薬草や薬効のある物質を混ぜ合わせて作り上げるのが薬であり、賞味の為に違う味も加えるのでその風味はあっても雑味の激しいものとなるのが定番ですが、これは完全な無味無臭。どれだけの情熱を込めればここまで完璧なものを作り上げる事ができるのでしょうか。


 つい感動してしまいましたが、ちょっと待ってほしい。これはおかしい。味がありません。味を無い物としても舌は敏感で、騙されている事をいち早く察知してくれます。それが無いこの薬は、本当にただの水のようです。

 他に薬のような物体が落ちていないか郵便受けの中を覗きました。視覚阻害の魔法も考慮して手を入れてまさぐってみましたが、何もありません。添えられた文を信じるのなら、今飲んだのが背を伸ばす薬で間違いないようです。


 自身の失敗を曝け出すのは恐ろしく、叱られるのが嫌で迷いましたが、先生には正直に白状しました。

 どうせ怒られるのだ。ならば早い方がいい。このわたしの判断は正しかった。



 おおよそ十年後を想定して身長を伸ばす効果があるものと記されていました。そういった薬の作り方は先生もご存知で、薬が正常でなくとも、二十四時間で効果が切れると教えて頂きました。 


 飲んだ瞬間から効果が出るそうですが、わたしが飲んでしまったのは味のない失敗作。

 今日一日は先生の監視の下で経過観察することになりましたが身長は伸びません。代わりに髪が伸びました。


 肩にぶつかる程度だった髪が時間を追うごとにどんどん伸びていって、授業時間の終わりには床に着く程の毛量に。

 どんなに魔法で抑えても飛び跳ねる髪が、長くなったことでより癖のある毛に強化されました。


 髪は増量したものの、十年の重みを感じる身体が全く成長していない。薬の作用が髪にだけ行ったのが納得できません。同じ薬をさらに飲んでも新たな効果は無いそうで、ただひたすら明日の朝まで体毛の長い動物か掃除用具のような姿で過ごすしかない。自業自得ではあるのだけれど、そう考えると憂鬱です。




 長い髪は憧れていました。

 自らの重みで重力に引っ張られるということで、魔法で押さえても跳ね上がるわたしの癖毛を解消できる可能性があったからです。

 先生がよく気にしているのも憧れる理由の一つ。街に出るといつも目線がロングヘアのサラサラに向いています。本人は否定していますが、隣で見ているわたしの目はごまかせません。


 ついにねんがんのロングヘアを手にしたのですが、まことに残念ながら、その幻想のほとんどを打ち砕かれてしまいました。

 サラツヤなんて夢のまた夢。フワフワでモコモコが強化されてしまいました。

 耳の垂れた犬か猫のようだと可愛がられると同時に媚びているとバカにされる、ちょうど耳の上、頭の側面に飛び出す髪はそのまま。伸びたばかりだからなのか、肩から下に伸びた分もストレートには程遠い。手入れの重要さを肌で感じています。

 手をかけて美しく保とうにも、こんな長さは洗うのも一苦労。たった一度の洗髪でもシャンプーが足りず、左手の可動域が狭いのもあって揉み洗いも難しい。補充に現れた先生を捕まえて洗って貰って事なきを得ましたが、乾燥するのにもう一苦労。

 慣れない事をしたせいもありとても疲れました。長い髪を維持している人は毎日これを繰り返しているのですから、その努力には頭が下がります。半日ですが実感しました。わたしに長髪の取扱いは到底無理。



 翌朝、元の長さに戻った髪に触れて胸を撫でおろしました。

 身の丈に合うものを持っていればいい。そう思います。


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