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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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船頭多くして船山に登る

 学園都市から逃れる為の脱出は夜の十時に決行となりました。

 真面目に授業を受けてい昼型生活を送る者が多く、娯楽も少ないので半数近くは寝てしまっている。宿舎の窓から漏れる明かりも多くありません。半数近くはもう寝てしまっているのではないでしょうか。


 女子会参加がキャンセルになってしまったのがとても辛い。今日のデザートは会心の出来。夜遅くにおいしいものを食べると言う背徳感に襲われながらも三人で舌鼓を打つ予定だったのです。

 ああ、早くリタイアして欲しい。時間切れなんて待ってられない。他人の不幸を祈るのは良くないことですが、食べ物の恨みはそう簡単には拭えないのです。



 助けた被験体Aが偶然知っていた地下の連絡通路を抜けて学園都市の外に出る。

 この通路は理事長の魔法であり、連絡用通路なんてもともと存在しません。なので逃げることなどできないのですが、そういう事にしておきましょう。


 今回卒業検定に臨む事になったのは総勢十五名。

 大人数がゾロゾロ歩くのではまずいというリーダー格の先輩の判断で、五人毎の三班に分かれるようです。

 三つの班の役割は先行と本隊と殿軍。


 この団体行動に際してわたしが提案できることはありません。未経験者は黙って見てるほうがいいのです。

 決して人数配分として多すぎるとか、保護対象であるわたしの護衛が少ないとか思ってはいけません。あくまで守られる為だけにわたしはここに居る。なにもしなくていい。ただ見てるだけでいいんだ。





 お手並み拝見と行きたかったんですが、早速躓きました。

 開けた場所の、出口の手前に水路がありました。その激しい水流に行く先を阻まれた事から先行部隊の進行が止まってしまい、水流の音で声がかき消される中、今にも掴み合いが起こりそうな大喧嘩が始まってしまいました。


 事あるごとに集会を開くのはいいのだけど、何の進展もなく自分達の意思を確認し合うだけ。昨日も今日も、誰にも相手にされなかった。真実に気付いたのは自分達だけだと結束は固くしていたようですが、やはりそれだけのようです。


 思ったよりも早く帰れるかと思ったのですが、そう上手い話はありません。

 誰かが魔法で何とかできると言い出したのが切っ掛けとなって集団が再度結束し、試行錯誤が始まります。



 彼らの魔法を見て、評価されない原因を理解して、納得してしまいました。

 呪文を噛みます。間違えます。魔法陣の文字が一つどころか全部ズレています。必要のない身振りやアレンジを加えています。

 自分だけのオリジナル要素を加えるのが悪いとは思わないけれど、それはあくまで基礎を固めているからこそできる芸当。どういった経緯からこんな酷い状態になったのか存じ上げませんが、彼らには基本的な部分ができていませんでした。


 先生は、わたしを初めて見た時にまだ文字の読み書きもできぬ幼児が現れたと思い、どこから教えたらいいのかと悩んだと言います。基本が無ければ教える事もままならないと感じてしまった。

 まだ二年生のなりたてで身分不相応ですが、先生と同じことを思いました。


 手を貸す事は、理事長の承認済み。

 わたしは参加の意思を示しておらず、検定の受験資格も無いのですが、卒業検定の参加者としてカウントされてしまっています。

 こんなに不出来ながらも脱出を決意し実行にまで移した彼らの意思は尊重しますが、わたしが先生だったなら、これをどう導いたらいいのでしょう。


「ちょっと失礼。」


 凍らせようと四苦八苦する先行部隊を押しのけて、水際に立って考えます。危ないとか下がってろとかいう声は思考の邪魔なので、いつもの魔法で遮りました。


 通路が浸水によって進行不能ならばどうするか。強行突破か迂回のどちらかでしょう。

 これから先どんな仕掛けがあるか分かりませんし、迂回路がこの場所よりも安全だという保障も無い。さらに言うなら無駄に口喧嘩したせいで無駄な時間をとってしまった。

 水の圧力はよくわかりません。とにかく激しい流れです。例え通路だけ凍らせても、上流からの水圧で氷が押し流されてしまうでしょう。石でダムを作っても恐らくは同じ。むしろ落盤など余計な事故が起きる可能性がある。水流を遮るのは多分ハズレ。


 それならば、できることは限られてきます。それをどう解決するかはこちらの発想次第。

 水流をどうにかする必要は無い。橋を架ければいいだけです。両側の岸が弱くて架けられない? ならば部屋を丸ごと横断する大きなものを作ればいい。なんで難しい方向に考えてしまったんでしょう。

 たった十六人が今だけ通れればいい。百年単位で持たせるための設計などいらないのです。


 彼らにわたしの万能さを見せ力を誇示する必要もありません。願いを形にする魔法ではなく、呪文で橋を架けて、驚く脱出者たちを尻目に、先に対岸に渡らせて貰いました。


「橋を作った!?」

「人が乗っても壊れないなんてすごい!」


 わたしよりも上の学年の先輩達がそんなに驚かなくてもいいでしょう。




 それから先も彼らは様々な障害にぶつかりました。

 行き詰り、喧嘩して、全部吐き出した後に皆で解決しようと試みる。そして万策尽きてわたしの解決策に頼る。

 毎回このプロセスを繰り返すのでなかなか先に進みません。彼らは気付いてないようですが、制限時間は刻一刻と迫っています。永遠にも近い時間を探索するならこれでもいいのですが、自分達の立場を忘れないで欲しい。


 疲労困憊な今が丁度いい頃合いだと判断し、好きなタイミングで使って良いという言葉と共に、理事長に教えて貰った魔法を使いました。

 試験の残り時間をアナウンスするだけの魔法です。


『通路内作業員に通達します。あと十分で閉門し、消毒作業を開始します。繰り返します。あと十分で閉門し、消毒作業を開始します。直ちに作業を中断し、所定の場所に退避してください。繰り返します。』


 わたしを含め、疲れ果て、一息つこうと腰掛けていた全員が驚きました。時間が押しているのは理解していましたが、思っていた以上に時間がありませんでした。


 急がせるつもりだったのですが却って逆効果。またしても言い争いが始まってしまいました。

 出口が閉じられてしまう。消毒作業ってなんだ俺達死んでしまうのか。消毒ってのは暗喩でこれは脱走者の捜索だ。もう逃げられない助けてママ。いいや慌てるなこじ開ける手立てがあるはずだ。他にも色々語り合い始めてしまいました。



 ここですべきは議論じゃない。立ち上がったのなら足を動かすべきだ。移動しながらでも喧嘩できるだろう。

 そうは思ったのですが、彼らの口喧嘩が始まるとしばらく収まりません。誰かがまとめなければこのまま時間切れまで口論を続けるでしょう。その誰かになりうる人物が口論をしているのだからもう手の付けようがない。


「ちくしょう! 時間が、時間が欲しい!」


 拳を握りしめ、悔しさに打ちひしがれるリーダー格の女子生徒がわたしを見つめています。見つめられるだけでは何を言いたいのか分かりかねます。わたしは心を読む魔法など常時展開するだけの力を持っていないのです。

 わたしの願いを形にする魔法を使い、今ある時間を思い切り引き延ばして実際よりも早い動きをしたり、今までの体験の記憶を持ったまま過去に戻ったりしたいのでしょうか。

 伝えてはいませんが、わたしには過去や未来への跳躍は経験があります。しかしそれは理事長が作ったものをそのまま利用したに過ぎない。わたし自身が作り上げた時間転移の魔法は存在していません。




 攻略失敗、不合格が見えてきましたので白状しましょう。

 彼らの迷宮攻略が為され、受験資格こそ無いものの、同行していたわたしも卒業検定に合格できるのではないかと期待していました。だから最初の水路横断をはじめ、待ち受けていた課題の突破に尽力させて貰いました。全ては先生の教えに箔をつけたいが為。試験突破が絶望的になった今、それは学園都市からの脱出という彼らの目的と共に沈没する儚い夢でした。





 まもなく時間切れのタイミングで、リーダーではない女子生徒がわたしを指差しました。十五人居る脱走者の顔と名前は興味が無かったので誰が誰だかわかりません。

 そして発言します。被験体Aが迂回するはずのルートを強引に突破したから正規ルートから外れ、移動に時間がかかったのではないかと。


 まさかのまさか、この期に及んで責任転嫁ときた。今回の行軍失敗はルート選定とは別の問題です。あなた方の問題解決や意思決定をはじめ魔法使いとして学園で学んだ事で得られる能力が全く足りていない。二年生になったばかりのわたしよりも酷い成績だったという単純明快な話です。


 それは降り始めた雨のようにぽつぽつと。悪いのはコイツだ。コイツが行き詰まるように仕組んだんだとわたしを責め始めます。抑えるよう宥めていたリーダーも、過半数を超えると何も言わなくなってしまいます。

 彼らは自分達の準備不足や不甲斐なさを反省するよりも、仲間たちとの結束を守ることを選択しました。あくまで信じられるのは絆を深めた隣人であるという結論は、物語を傍観する側であれば拍手を送りたい。ああ、友情は美しい。



 裏切者か、敵のスパイか。

 彼らが鹵獲したのは危険な爆弾だった。長い長いダンジョンの道中で中ボスとして立ちはだかる案内役NPC、それが彼らにとってのわたしという存在になってしまいました。


 攻略しているつもりが罠にハメられていたという衝撃の事実(?)の発覚でまたしても忘れているようですが、敵の身内であるわたしには外部との繋がりがあります。仮に迷宮突破ができなくても、仲間たちとの結束や目的達成への意欲、そして捕虜に対しての対応次第では評価が得られ合格するのもありうる話。ここでわたしに非難の目を向けるのは大きな減点ではないでしょうか。


「お前は何者だ!」

『ただいまを持ちまして試験終了です。会場内の受験生はその場を動かないでください。』


 長丁場に重なるトラウマとしてお助けマスコットの正体が明らかになる名シーンは、場内アナウンスとその直後に広場の出入り口が閉鎖されたことで台無しにされてしまいました。

 閉じ込められたことと、今の放送で十五人はパニック状態。今居る場所が何のための空間だったのかを正しく理解できているかはわかりません。

 なんであれ、時既に遅しというやつです。

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