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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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アサヒ、花を散らす

 我らが学園のトラブルの多さには定評があります。

 いえ、無いのならないほうがいいのです。個人間の問題で収まる生徒と教師の年の差恋愛が騒がれる程度でいいのです。全世界の存亡を揺るがす戦いや、どちらを選んでも不幸にしかならない究極の選択なんてしたくもありません。



 全ての始まりは、感謝を伝える日に先生が貰ってしまった大量のチョコの返礼品として、先生が用意した事になっている栞でした。この度の事件の原因はわたしということになってしまいます。


 わたしの想定通り、学園では読書の流行が沸き起こりました。

 それだけなら良かったのですが、この学園は際限というものを知らぬ高貴な身分の方が多数おられます。学園の図書室で一度に借りられる数が決まっていない事もあり、一度に何十冊と持って行く生徒が続出し、その結果、本棚が空くようになってしまいました。


 その程度で読書の欲求が収まることはなく、何でもいいから文字が読みたいという願いから、誰にも見向きされなかった本まで引っ張り出される事になります。

 その中に、拙い魔法使いが触れてはいけない呪文が掲載された本が紛れ込んでいました。学園の外では身分の低い、比較的成績のよろしくない生徒が危険な呪文に触れる事になってしまったのです。


 わたしの提案が、巡り巡ってこの結果。栞の配布が悪い事だったとは思いたくありません。現に、図書室に紛れ込んだ危険な本を発見できたのです。

 呪文が唱えられ、効果を発してしまった。

 それはもう変えようのない事実であり、これをどう収めるかが大事なのです。





 唱えられてしまったのは、願いを叶える魔法。

 この魔法、願いの大きさによって消費する魔力の量も変わるというその性質までわたしの魔法によく似ています。

 違う所があるとすれば、呪文を唱える必要があることと、物を動かしたり火を起こしたり等、形のあるものを創り出す事しかできない。眠らせたり魔法を弾き飛ばしたりはできないようです。これはおそらく術者の知識不足でしょう。

 わたしの魔法と紛らわしいので、こっちは創造の魔法と呼ぶ事にします。


「天気になれ。」


 丁度その日は雨模様。傘の準備をせず濡れ鼠となった彼女は布団に包まり本を読みながら、洗濯物のよく乾く晴天を願います。イメージしたのは雲一つない青空と、温かい太陽の光。

 創造の魔法はそれをそのまま出力してしまいました。今現在、学園都市の上空には太陽が二つあります。


 学園都市の誰もが、創造の魔法を使ってしまった生徒を責めることはできません。

 呪文も準備も必要としない原初の魔法に近い試作呪文が、まさか学園の図書室にあるなんて誰も知らなかった。それが創造の魔法を放つ引鉄だと誰も知らなかった。知っていたら誰かが止められたかもしれない。そんな「たられば」を今議論しても解決には至りません。


 太陽が消滅するのを待つか、誰かが何とかするかの二択。

 自然消滅を待つ選択肢は職員会議の場では選ばれませんでした。気温が留まることなく上がり続けていて、予測では数時間のうちに人間が生きていけぬ程の気温になってしまうそうです。以前の大雪に耐えられなかったように、学園都市の環境維持能力は早くも危険な領域に入ったそうです。


 女子生徒から回収した本に記載されていた創造の魔法を再度使用することはできなかったそうです。

 話によると、確かに願った物を作り出す魔法だったけど、呪文は一度限りの願いの成就という、非常に都合のいい内容だったとか。




 半年置かずして訪れた学園都市の危機に際し、かつて学園都市の危機を救った魔女が理事長室に召喚されました。

 何とかしてくれ。その一言だけで、身体も魔力も小さいごく普通の女の子が全てを背負わされてしまいました。


 わたしは天才ではありません。

 偶然良い環境に恵まれていて、ちょっとだけ発想がぶっ飛んでる程度で、先生が大好きな普通の子供。ほんの少しだけ不可能を可能にできるけど、限度がある。


 自身の限界は承知しているのだけど、できないとは言えませんでした。

 学園の存亡は先生との生活にも直結しています。他に解決ができる人が居るのなら手柄をお譲りしますが、これは誰にもできない。ならばわたしがやるしかない。



 どうにかすると決めた以上、なんとかしないといけない。大雪の時と同じだ。時間が無い。


 別の空間に閉じ込めようとしても火力が強過ぎて空間の魔法が先に壊れてしまい、その空間で圧縮されていた空気が一気に膨張することになる。それは人間が耐えれぬ熱さの熱風が学園都市を襲うことを意味している。つまりダメだ。

 冷やすにしても、一気に冷やせばやはり大爆発を起こす可能性がある。被害は学園都市だけでは済まないだろう。


 理事長とわたし、そして先生と特別学級の皆も呼び、七人でアイデアを出し合います。

 わたし一人で考えたところで何もいい案は浮かばないでしょう。こんな時は皆の協力が必要です。快く集まってくれたことに感謝します。




 あれこれ話し合っているうちに、火の玉に太陽としての光と熱を発する権能が与えられていることから、それを別の何かに変換できないかという提案が出されました。

 発せられる物を無害な何かに変えてしまえばなんとかなるかもしれないというのです。

 わたしの魔法ならば、光に別の性質を持たせる事もできます。火の玉が発しているものを別の何かに変えてしまえばいい。部屋の照明に防音機能を付ける事ができたのだ。火の玉そのものを消すことはできないけれど、それくらいはできる、多分。


 その後も色々案は出ましたが、この火の玉の光と熱を別の何かに変える案を実行する事になりました。

 具体的に、火の玉が発する物を何に変換するか、願いを形にする魔法を使うわたしに一任されることになります。


 太陽の光の代わりに何を降らせるのか。難しい問題です。

 雨として降らせたのではおそらく雨量が多すぎる。排水が間に合わず、それほど大きくない用水路が溢れて洪水が起きてしまうでしょう。雪は論外。霧はずっと上がっていた温度と湿度が噛み合って不快感が増してしまう。水分に変換するのは総じてダメ。

 飴玉やお菓子にするのも面白そうですが、地面に落ちてしまうので食品の衛生上よろしくない。それに食料自給のできない学園都市で食べ物を粗末にしたらバッシングを受ける事にもなる。これもダメ。


 色々考えたのち、いいものを思いつきました。

 花びらです。春に咲く、淡いピンク色の小さな花を葉っぱのように咲かせる木があります。

 実家の庭にも、田畑へ向かう途中の野山にも、どこにでもある花です。

 枯れ木の山が化粧をしたかのように咲き乱れる光景は数少ない楽しみでした。


 学園都市にもその花の木がありました。

 ようやく芽が綻び出したというところでこの暑さなので、まともに咲くとは思えません。お花見の提案もできずに終わってしまうのが非常に残念でなりません。

 ですので、火の玉が放つ光と熱を舞い散る花吹雪にしてやりましょう。本物なら片付けが大変だろうけど、元々ただの光だ。太陽が消滅すれば自ずと消えるようにしておきましょう。

 皆に驚いて貰おうと、何に変換するかを敢えて伝えずに、わたしはそれを願いました。




 わたしの魔法によって、太陽を模した火の玉は、花吹雪をまき散らす何かになりました。

 強い光と熱が一面のピンク色になったのは壮観でした。窓の外を見る皆の反応も思った通り。

 魔力の消費が思ったよりも大きくて、疲れから今すぐ立ち上がる事ができなくなってしまいました。それでも当初の目的は達成できましたし、喜んでくれたので満足です。


 なお、此度の魔法は花びらの絨毯に留まりません。

 間を置かずして上空の火の玉が消滅するのと同時に、舞い降りた花びらが全て光の粒となって音もなく消滅しました。

 学園都市中からのどよめきと歓声が理事長室にも聞こえてきます。

 事情を知らぬ多くの人は、去年の春、突然打ち上がった一輪の花火と同様のサプライズに感じたでしょう。


 先生にも見て欲しいのだけど、彼は彼の愛する人物、わたしの介抱に努めてくれました。

 少し目を離すくらいは大丈夫。わたしはどこにも行きません。死ぬほど疲れたけれど、疲れただけ。本当に死んでしまう程ではありません。弱ったわたしを心配するも、美しい光景を少しでも御覧になって癒されて欲しかったです。




 こうして、返礼品の栞から始まった騒動によって、夜明けの魔女の偉業がまたひとつ増えることになりました。

 自分の失敗を自分で片付け評価を得るこの行為、マッチポンプと言うのでしょうか。評価されるのは悪い気はしないのですが、どうも釈然としません。


 トラブルの種は尽きません。毎日のように何かが起きます。

 平穏を願うわたしと先生に、穏やかな日々が訪れるのはいつになるのやら。


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