夢を追う人
――今度、最後の試合があるんだよ。見に来ないか?
俺が誘ったとき、あいつはどんな顔をしていただろうか。
「くそ、何であんな小っ恥ずかしいことを」
頭がどうにかしていたとしか思えない。
これが全国大会の決勝とかだったら格好がつく。漫画の主人公みたいだ。
でも、用意されたのは学校の小さなグラウンド。相手は卒業生に花を持たせようと思っている後輩達。
そして、俺は中学三年間でベンチ入りすらできなかった補欠と来た。
(それで、途中大雨で中断されてそのまま、だったよな)
中学最後の、唯一の打席はボテボテのサードゴロ。意地でヘッドスライディングしてやったが、手に入れたのは泥だけだった。
あの日を境に、野球は止めた。
それなりに楽しくやっている。それでも、もやもやは消えてくれない。そのもやに名前をつけるとしたら、『未練』という名が相応しい。
結局、俺はあの夏をずっと引きずっているんだなと自覚する。
だから、だろうか。普段読まない新聞に載っていた、あいつの名前にすぐに気づいたのは。
(コンクール、大賞だってさ。やっぱ、凄かったんだな、あいつ)
その『未練』の中には、あいつのことも多分に含まれている。
「結局、あいつ来なかったからな」
格好悪いところを見られなくて良かった、と思うことにしている。
あの頃の俺は、何とかあいつに話しかけたくて機会を窺う気持ち悪い奴だった。
あいつの絵が飾られている場所に向かっている最中、もし会えたらどうしようか、などと考えている俺は、どうやら今も同じ気持ちでいるらしい。
厄介なことだ、と溜め息をつく。
「着いちゃった、な」
気がつけば目的地。急に緊張してきた。
「いや、ここで引き返したら何のために来たんだよ」
誰に言うわけでもない呟きを残して、俺は会場に足を踏み入れたる。
(そういや、あいつはどんな絵を描いていたんだっけ?)
全く思い出せないのは、絵に興味が無かったからだろう。こんな状態で、当時の俺はあいつと何を話そうとしたのか。謎だ。
こんな状態ではお目当ての絵を見つけるのは難しいだろうな。そう思って、飾ってある絵よりも作者の名前を見ていく。
でも、そんなことをする必要は無かった。名前なんて見なくても、あいつの絵はすぐに分かった。
迫力のある大胆な構図。黒が多いのに鮮やかな色。あいつが己の才能をこれでもかと見せつけてくる絵。
「これ……」
でも、俺の目を引いたのはそこではなかった。
そこに描かれていたのは、ユニフォーム姿の少年。雨の中、泥のついた頬を拭っている。その目に光るのは雨なのか、それとも涙なのか。
涙だとしたら、どんな感情から出たものだろう。
(悔しかったんだよな)
答えはすぐに出た。何せ、そこに描かれていたのは。
「あいつ、見に来てたのか」
もちろん、美化されている気はしたが……これは中学の時の俺だ。
(そうだよ、悔しかったんだ)
それなりに一生懸命にやってきたのに、何も残せなかった自分が。
それなりじゃ、ダメだ。せめて、悔いを残さないくらい燃え尽きないと。中学の部活はこれで終わりだ。でも、高校ではきっと。
そんなことを色々と考えながら、誰もいなくなったグラウンドでバットを振った。無我夢中に。その頃の俺が、絵の中にいた。
『高校では燃え尽きてやる』、それが新しい夢になった。
忘れてしまったのは、なぜだろうか。周囲の哀れみ、嘲笑、善意からくる勧告。いつしか俺はその夢を格好悪いと思うようになった。
「……なんだよ、かっこいいじゃん」
絵の中の俺は、少なくとも今よりは輝いていた。あの頃の、あいつみたいに。
ちらりと、絵の題名を見る。書かれていたのは『夢を追う人』。その文字を見て、胸が熱くなってくる。
この先、どうなるか分からない。それでも、燃え尽きるまでやってみようと思った。
だって、どんなに泥だらけでも夢を追っている姿はかっこいいんだから。
夢をテーマに、だったと思う。
思いついたまま書いたにしては、良い出来かなと自画自賛しています。