愛を叫ぶ
「今日もノエル様は朝から素敵ね。あっ、今髪を耳にかけたわ! なんという色気! も、もう直視出来ない……」
「朝から絶好調ね」
「わたし、そろそろ恋の病で死ぬと思うの」
「一度死んでみたら? 多分ノエル様もそう思ってるわよ」
「えっ、ノエル様がわたしのことを考えて…!?」
「……本当、付き合いきれないわ」
クラリスもまた同じクラスであり、二年以上経っても変わらずノエル様命のわたしに対し、彼女はいよいよ嫌気が差しているようだった。あんなにも応援してくれていた入学当初の彼女は一体、どこへ行ってしまったのだろうか。
やがてため息をついて自席へと戻って行ってしまったクラリスは無視し、わたしは再び斜め前の席に座るノエル様を見つめた。今日も彼の事が大好きだと、しみじみ思う。
そうして見蕩れているうちに、今日はまだノエル様に挨拶をしていなかったことに気が付いた。なんたる不覚。今や毎朝彼に対して「おはようございます」という挨拶と、「今日も好きです」と告白をするのが日課になっていた。
その度に彼は「今日もご苦労様」だとか、「君は悩みがなさそうで羨ましいです」といった声をかけてくれるのだ。こんなにも幸せなことは無い。
さてノエル様に声をかけようと思った瞬間、教室の後ろの扉からわたしの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「シェリー、早くこっち来いよ」
「何よ、その上から目線は」
「1時間目の数学の教科書忘れたんだよ、お前の貸してくれない?俺たちの仲じゃん」
「はあ。その代わり、後でプリン買ってよね」
「はいはい」
仕方なく廊下に出てロッカーから数学の教科書を出し、1・2年の時に同じクラスだったウォルトに渡す。真っ赤な髪色が目立つ彼は、裕福な子爵家の息子だ。ノエル様以外の男性には手厳しくあろうと思っているのに、いつも彼のペースに巻き込まれてしまう。
結局流行りの本の話を振られたことで、しばらく話し込んでしまい、そのまま授業時間になってしまったのだった。
◇◇◇
「……本当に、疲れた」
今日は一体なんだと言うのだ。休み時間は全て誰かに呼ばれたり先生に呼び出されたりで忙しく、まともに自席に座っていられたのは授業中だけだった。授業中はずっとノエル様の横顔を見つめていられたから、幸せではあったけれど。
結局、ノエル様とは一言も会話をしていないままで。思い返せば同じクラスになってからというもの、彼と話をしなかったのは初めてだった。
やがて本日最後の授業が終わり、鞄を持ったノエル様が立ち上がる。ああ、ノエル様が帰ってしまわれる!せめて「また明日」くらい言おうと立ち上がった瞬間、再び名前を呼ばれた。振り返れば今朝と同じ場所に、ウォルトが教科書を持って立っている。なんてタイミングの悪い男なんだろうか。
「教科書ありがとうな。すぐに返そうと思ったけど、お前いつ来ても居ねえんだもん」
「うん、じゃ!」
「なあ、今プリン買いに行こうぜ。欲しいんだろ」
「今はそれどころじゃないのよ!」
確かにプリンも食べたいけれど、そんなことよりも今はノエル様に声を掛けたいのだ。けれど全く空気の読めないウォルトは、ぐいぐいとわたしの腕を引いて歩いていく。
……今日はもう仕方ない、明日また彼と話すことを楽しみに生きよう。そう、諦めた時だった。
「シェリー」
突然、ウォルトに掴まれていない方の手を掴まれて。同時に聞こえてきた声に、思わず足を止める。この声を、わたしが聞き間違えるはずがない。ウォルトもわたしが呼ばれていることに気づいたらしく、すぐに足を止める。
そして振り返るとそこにはやはり、ノエル様がいた。
「ノ、ノエル様……?」
「シェリー、先生が呼んでいましたよ」
「そうでしたか、ありがとうございます! ……ってことだからウォルト、また今度にして頂戴」
「それは仕方ないな、また来るよ」
あっさりと手を離し手を振って歩いていくウォルトには目もくれず、わたしはすぐにノエル様に向き直る。
未だに掴まれている左手が、熱い。
「ノエル様、本当にありがとうございます!」
「いえ、」
「それでは先生のところへ行ってきますね」
もう少しノエル様と話していたいけれど、先生に呼ばれている以上は仕方ない。こうして会話をした上に腕まで掴んで頂いたのだ、もう思い残すことはない。
けれど、いつまで経ってもノエル様はわたしの腕を掴んだまま、動こうとしない。こちらとしては有難いものの、もしや具合でも悪いのだろうかと、心配になり始めた時だった。
「行かなくていいですよ」
「えっ?」
「先生に呼ばれていたと言うのは嘘です。今日は一度もシェリーと話をしていなかったので、君は具合でも悪くなるかと思って声をかけました」
「……え、ええと」
「それでは僕は帰りますね。また明日」
それだけ言ってさっさと歩いて行くノエル様の背中を見つめながら、わたしは呆然とその場に立ち尽くしていた。
……今のは一体、何だったのだろう。わたしと話すためだけに彼は教室から、わざわざ追いかけてきてくれたと言うのか。先生に呼ばれているなんて、嘘までついて。
ぼんっと音が出そうなくらいに、顔に熱が集まっていくのを感じる。あまりに嬉しくて、どうにかなってしまいそうだった。本当に彼のことが好きで、大好きで仕方ない。
そんな彼の背中に向かって「大好きです!」と叫べば、表情は見えないけれど、笑っているような気がした。




