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押して駄目だったので、引いてみることにしたのですが  作者: 琴子
本編

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21/27

たったひとつだけ、望むのは

暴力表現があります、苦手な方はご注意下さい。



 この屋敷に来てから、二日が経った。朝昼晩、クリフ様が作っているらしい美味しい食事が出てくるけれど、正直食欲なんて全くなかった。それでも何かあった時に体力がなくては困ると思い、無理やり胃の中に入れている。


 食事以外の時間は、屋敷の中をわりと自由に動き回ることが出来ていた。けれどいくら見て回ったところで空っぽな部屋がいくつもあるだけで、出口や役に立ちそうなものは何ひとつ見つからない。彼もそれを分かっているからこそ、こうして自由にしてくれているのだろう。


 わたしの水魔法では壁に穴を開けたりする程の威力はない。魔法じゃなくとも、何かしら行動を起こし大きな音を立てれば、すぐにクリフ様が飛んで来るのが目に見えている。


 暇さえあれば逃げる方法を考えていたけれど、やはり持ってきた魔道具を取り返す事くらいしか思い浮かばなかった。


 クリフ様は一緒に食事をし、たまにお茶をしながら他愛のない話をするだけで、何も危害は加えてこない。それ以上のことも求められなかった。けれどマリアン様を殺そうとしたのだと思うと、彼といると常に緊張状態になり、夜もあまり寝付けなかった。


 これが長期間になれば体力も落ちて行き、逃げるのもより難しくなるだろう。今のうちに少しでも出来ることをしなければと、焦りだけが募っていく。


「あの、クリフ様。わたしが身につけていたアクセサリーは、どこに……?」


 今日も広い食堂にて、にこにこと笑顔を浮かべるクリフ様と向かい合いながら夕食をとっている。そこで恐る恐るそう尋ねてみれば、クリフ様は困ったように微笑んだ。


「君に逃げられては困るから、魔道具は全て隠してあるよ」

「魔道具でなければ、返して頂けるんですか?」

「そうだね。いいよ、可哀想な君にあのネックレスだけは返してあげる。ノエルに貰ったものなんだろう?」


 そして本当に彼は食後、わたしが使っている部屋にネックレスを届けに来てくれた。美しいアメジストはノエル様の瞳によく似ていて、見つめているだけで涙が溢れてくる。


 ……ノエル様に、会いたい。彼も今、わたしのことを考えてくれているだろうか。


 ぎゅっとネックレスを胸元で抱きしめ、ベッドの中で瞳を閉じる。その日は不思議と、穏やかに眠れたのだった。




◇◇◇




 翌日の昼。わたしは相も変わらずクリフ様と向かい合い、彼の作ったサンドイッチを食べていたけれど。ふと今日が制約魔法が解ける日だということに気が付いた。こんな事にならなければ今頃ノエル様に好きだと言えたのにと、泣きたくなってしまう。


 とにかく今は、少しでも情報が欲しい。ノエル様から頂いたネックレスを返してくれたくらいだ、色々と聞いてみても今なら答えてくれるかもしれない。そう思ったわたしは、一番気になっていたことを尋ねてみることにした。


「あの、ここはどこなんですか」

「ここは国境の近くの森の中だよ」


 つまりここは、ノーツ大森林だ。魔獣がうじゃうじゃいる危険な場所ではないか。確かにこんな所にいるなんて、誰も想像しないだろう。だからこそ助けに来る確率も、逃げ出せる確率もかなり低いだろうと絶望感でいっぱいになる。


 そもそもここで生活していて大丈夫なのかと不安に思っていると、そんなわたしを見透かしたように彼は微笑んだ。


「この家の周りには魔獣避けの魔道具が設置してあるから、屋敷の中にいれば襲われることはないよ」

「そう、ですか」

「ノエルはすぐに国境の警備を厳しくするだろうし、それが落ち着くまでは、ここの暮らしで我慢してね」

「……他国に行くつもりなんですか?」

「ああ、そうだよ。そこで一生君と暮らそうと思って」


 …ひどい目眩がしてきた。もしもこのまま誰も助けに来なければ、わたしは他国まで連れて行かれ、一生クリフ様とこうして暮らすことになるらしい。そんなもの、死んでいるのとなんら変わらない。


 そして何より、このままノエル様に会えないかもしれないと思うと、視界が少しずつぼやけていく。


「そういや、今日は君の制約魔法が解ける日だね」

「……え?」


 不意にそんなことを言われ、心臓が大きく跳ねた。何故彼が、それを知っているのだろうか。


「ようやくノエルに好きだって言えるようになったのに、こんな所に俺と居て可哀想に」

「なん、で……」

「俺はいつでも君を見てるって言っただろ? シェリーちゃんの事なら何でも知ってるよ。…あーあ、あのまま仲違いしてくれればよかったのに、ノエルも全くめげないから驚いた。何も知らずに必死に君に縋り付いてさ、哀れだよな」


 ぎゅっとスカートを握りしめ、込み上げてくる怒りに耐える。ずっと見られていた気持ち悪さよりも、ノエル様を嘲笑うようなその言い方が、何よりも許せなくて。


 気がつけばわたしは、口を開いていた。


「……ノエル様のことを、そんな風に言わないでください。悪いのはわたしですから」


 そう言った途端、笑顔を浮かべていたクリフ様の纏う雰囲気が、一瞬で変わったのが分かった。


「こんな時でも、ノエルを庇うんだね。君はどうしたら俺を見てくれる? ノエルを殺せばいい?」

「一生、貴方を見ることなどありません。ノエル様に何かあれば、わたしも後を追います」


 もう、限界だった。先程聞いた話によって絶望感を感じていたこともあり、永遠にこんなところに閉じ込められ、その上クリフ様の機嫌を伺い続けるなんて、耐えきれなかった。



「……そう。じゃあ君を先に殺しても、同じだね」



 次の瞬間には、背後にあった照明や椅子を巻き込み、わたしは壁に思い切り叩きつけられていた。どこが痛いのかすらもうわからないくらい、全身に激痛が走る。


 視界の端で、はらはらとまばらな長さの桃色の髪の毛が舞っているのが見えた。身体にもあちこち切り傷が出来ているようで、刺すような痛みが広がっていく。


「……っう、あ、……げほっ、」

「シェリーちゃん、痛い? でも俺の心はもっと痛いよ」


 そう言うとクリフ様はわたしの髪の毛を掴み、そのまま頭を持ち上げた。ブチブチと髪が抜け、千切れる音がする。あまりの痛みに、瞳からはぽろぽろと涙が零れていく。


 痛みに呻きながらクリフ様を見上げれば、彼の周りをおかしな動きをしながら飛び回る、鳥型の使い魔が見えた。どうやら、彼は魔力暴走を起こしかけているらしい。


 魔法使いは感情が高ぶるとコントロールが効かなくなり、魔力が暴走することがある。このまま殺されるくらいなら煽りに煽って屋敷を壊すくらいに暴走させ、少しでも逃げるチャンスが出来ないだろうかと、痛みでおかしくなりそうな頭の隅で考える。


 こんな目にあっても尚、わたしは自分が逃げる方法を探していることにひどく驚いていた。そしてそれはきっと、ノエル様に会いたい、ただその一心からだった。


「っわたしは、一生ノエル様が好きです! 彼以外を愛することなんてあり得ません! 貴方なんて嫌い! 大嫌い!」


 もうどうにでもなれと叫べば、思い切り顔を殴られ、わたしは床に倒れ込んだ。それと同時に、予想通り暴走した使い魔が、物凄い勢いで向かってくるのが見えた。わたしを殺したいという、クリフ様の感情を共有しているからだろう。


 その直前、わたしはありったけの魔力を放出し、自分の周りに水を纏う。先程は不意打ちだったから防げなかったけれど、これなら多少なりとも防げるはず、だった。


 けれど結局、圧倒的な魔力の差によって大して防ぎきれなかったわたしは、屋敷の壁ごと吹き飛ばされ、そのまま意識を失ったのだった。




◇◇◇




 あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。


 森の中で転がっていたわたしは意識を取り戻した後、あてもなく出口を求め彷徨い続けていた。今の今まで魔獣に出くわさなかっただけ幸運だったけれど、いつの間にか空はもう真っ暗で。夜になれば魔獣の活動も盛んになることを思うと、余計に絶望感は増していく。


「……も、……だめだ………」


 鉛のように重たい足を引きずり、いくら歩いても変わらない景色に、わたしは心身共にもう限界だった。


 壁に叩き付けられた衝撃で、肋骨辺りが折れている気がした。倍近くの太さになっている左腕も、多分折れているだろう。どこもかしこも痛くて痛くて痛くて、いっそ気を失ってしまいたいくらいだった。


 クリフ様に見つかれば、わたしは確実に殺されるだろう。けれどこれ以上、遠くに逃げられる気もしなかった。


 むしろ、ここまで逃げた自分を褒めてあげたい。ノエル様に会いたい、ただそれだけだった。そうでなければ、最初に意識を取り戻した場所で、諦めてしまっていたに違いない。



──最後に、ノエル様に会いたかったな。傷付けてごめんなさい、大好きですって、伝えたかった。



 もう座っていることさえ辛くて、わたしはそのまま地面に倒れ込んだ。少しずつ瞼が重く、眠たくなってくる。


 そうして意識がぼんやりとしてきた瞬間、不意に浮遊感とどこか懐かしいような温かさを感じて。


 それと同時に聞こえてきたのは、聞き間違えるはずもない、大好きな彼の声だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] クリフやべぇな! 病んでもいいけどDVはいかん!(笑) 傷は付けないでキレイなまま保存しなきゃね(ΦωΦ)
[良い点] サブにいて輝くヤンデレ、メインにするとシェリーが受け入れられてしまうというかんじだから仕方ないけど [気になる点] 髪になんの恨みがあるってくらい悲惨な… これは実は作者がハg…
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