真実1
「……シェリーが、攫われた?」
ルーファス様を無事送り届け、騎士団本部へと戻ってきた途端知らされたその事実に、一瞬で頭の中が真っ白になる。
「彼女につけていた護衛はどうした」
「全滅、だってよ」
その言葉に、俺は頭を抱えた。全て、俺のせいだ。魔法使いの護衛を常に三人も付けていたとは言え、もっと厳重に彼女を守っておくべきだったのだ。相手を舐めていた。
先日贈ったネックレスにかけてある追跡魔法を使っても、全く反応はない。どうやら外からの魔力が遮断されている場所にいるようだった。相手もどこまでも本気なのが窺える。
シェリーは今、無事なのだろうか。痛い思いをしていないだろうか。一人で泣いていないだろうか。彼女のことを想うだけで、胸が張り裂けそうになる。
こんな事になるのなら、仕事も辞めさせればよかった。家から一歩も出さず、俺自身の手で守り続けるべきだったのだ。今更そんなことを考えたところで遅いとは分かっていても、後悔は止まらない。
「相手は、かなりの強さの風魔法使いらしい」
「……風魔法使い?」
「ああ、鳥型の使い魔もいたってさ」
俺が任務についている間、意識の戻った護衛達から、チェスターが代わりにその時の話を聞いてくれていた。
三人全員が一瞬にして全ての手足を折られており、ひどい有様だったという。シェリーの父親がつけていた護衛に関しては、腹に穴が空き、命を落としかけたらしい。全員が治癒魔法によって治療され、何とか命を取り留めたらしいが、そんな残虐さを持つ人間と彼女が今一緒にいるのだと思うと、不安で頭がおかしくなりそうだった。
彼女を預かっておきながら攫われてしまったことの謝罪と、犯人からの過去の手紙についてなどの情報を聞くため、グラフトン家に向かおうと思ったが、明日の朝伯爵が詳しい話をする為にこちらへ来ることになっているらしい。
居ても立っても居られなくなった俺は、椅子から立ち上がると上着を羽織り、剣を取った。
「ノエル? どこ行くんだよ」
「……シェリーを探しに行く」
「やめとけ、もう夜になるんだぞ。それに何の手がかりも無いのに、手当り次第探したって見つかるはずないだろう」
「そんな事は分かってる! けれど何もせずにいたら、気が狂いそうになるんだ」
「お前の気持ちもわかるけど、明日の朝になれば魔犬を借りて来られるだろうし、今日は身体を休めとけよ。かなりの実力者が相手かもしれないんだろ。な?」
チェスターは宥めるように、俺の両肩に手を置いた。
……彼の言っていることは、全て正しい。訓練された魔犬でシェリーの魔力の流れを辿れば、彼女が攫われた場所から、ある程度の場所までは追跡できるだろう。
それに相手がかなりの力を持っているのなら、少しでも体力や魔力を温存しておくべきだということも、頭では分かっている。それでも、今彼女が無事かも分からないというのに、家で大人しくなどしていられるはずがなかった。
行き場のない苛立ちを拳に乗せて、壁にぶつける。血が出ていたけれど、痛みは感じなかった。
「おいおい、敵さんと戦う前に怪我すんなよ。頭冷やせ」
「……俺は、」
「分かってる。俺も明日からの捜索、一緒に行けるよう上に頼んでおくからさ」
とりあえず今日はもう帰って寝ろ、とチェスターは俺の腕を引き、本部の外まで見送ってくれた。すまない、と小さな声で呟けば、「シェリーちゃんが帰ってきたら、三人で飲みに行こうぜ。そん時に奢ってくれよ」と笑っていた。チェスターに止められなければ、俺は一晩中あてもなく探し回っていたに違いない。彼には感謝してもしきれなかった。
それでもまっすぐに屋敷に帰る気にはなれず、ふらふらと街中へと歩いて行く。昼間、ここで彼女を見かけた時にはあんなにも元気そうだったのに。後悔で、吐き気すらした。
そうして彼女のことばかり考えているうちに、俺はふと昼間ルーファス様に聞いた話を思い出していた。
『この国であのレベルの制約魔法を掛けられるのは、ジェイルズという老人だけでしょうね』
確かその老人が居るという店は、この辺りだったはずだ。少しでも何かの手がかりになればと思い、俺はジェイルズという魔法使いを訪ねてみることにしたのだった。
◇◇◇
「…………は?」
「ですから、ノエル・アンダーソン様、ああ、貴方ですね。貴方に対して、好きだと言わない、笑わない、素っ気ない態度をとる、という内容で承っております」
ジェイルズが居るという店に着き、受付にて先日知人が頼んだ内容を教えて欲しいと言えば、個人情報なので教えられませんときっぱり断られてしまった。
それでも粘りに粘り、婚約者である俺が全ての責任をとるというサインをし、シェリーが支払った金の倍額を払ったことで、ようやく知った事実が、それだった。
「……なぜ、そんなことを?」
「えー、事前に書いて頂いた理由の欄には『引くため』と書いてありますね」
「引く……?」
「その事については存じ上げませんが、効果期間は三ヶ月なので、三日後に切れるようですよ」
ジェイルズ本人には忙しいという理由で会えず、代わりに対応してくれている女性は、淡々と俺の質問に答えていく。
……意味が、分からなかった。
引くとは一体何の事なのか。どうして彼女が高額な金を払い、そんな内容の制約魔法をかけたのか、見当もつかない。
けれど二ヶ月前、突然彼女の態度が変わったことにようやく納得がいった。確かにおかしいとは思ったのだ。いくら恋愛感情が失われたとしても、彼女は他人に対して、あそこまで素っ気ない態度をとるような性格ではなかった。
けれど彼女に突き放されたことによるショックと、元々抱えていた罪悪感により、俺はまともな思考が出来ていなかったのかもしれないと、今更になって思う。
時計へと視線を向ければ、針は午後6時50分を差していた。ここから十分もかからない場所に、彼女の友人であるクラリス・ピアソンの職場である魔法省がある。
彼女が攫われた件についても、この事についても。少しでも話を聞きたいと思い、俺は魔法省へと向かったのだった。