プロローグ
新連載です、よろしくお願いいたします!
「……俺の事が、好きじゃなくなったんですか」
まるで人形のような顔で、ノエル様はそう呟いた。
その彫刻のように整った美しい顔に生気は無い。アメジストに似た瞳には暗い影が差している。目の下の隈が目立っていることにも、今更になって気が付いた。
「そうかもしれませんね」
今すぐにでも好きだと伝えたいのに、わたしの口からは思ってもない言葉が溢れてしまう。何故あんな制約魔法をかけてしまったのかと、二ヶ月前の自分の行動を悔やみ恨んだ。
「……本当に、酷い人だ」
そんなわたしに対してノエル様は、怒っているような、責めるような視線を向けている。
誰よりも優しい彼でも、こんな態度を取られ続けていては流石に愛想を尽かしたに違いない。たとえ何かの間違いだったとしても、こうしてノエル様に婚約を申し込んで頂いたことは、わたしにとって一生の思い出になるだろう。
そう、思っていた時だった。
「俺はこんなにも、シェリーのことを愛しているのに」
「………えっ?」
突然の思いがけない告白に、間の抜けた声が漏れた。
──ノエル様がわたしを、愛している?
もちろん信じられるはずもなく、呆然と目の前の彼を見つめ返すことしか出来ない。けれど彼がそんな嘘をつく人ではないこともわかっていた。真っ直ぐにこちらを見る彼の瞳はひどく真剣なもので、だんだんと心臓が早鐘を打っていく。
……慌てて視線を逸らして俯くと、涙が出そうなくらい嬉しいはずなのに、ティースプーンに映る間延びしたわたしの顔は、驚く程に真顔のままだった。
やがてノエル様は椅子から立ち上がり、ゆっくりとこちらへ向かってくる。そしてすぐ目の前へと来ると、彼は細く長い指でそっとわたしの頬に触れた。
その手つきがあまりにも優しくて、泣きたくなる。
「一生俺だけだという言葉を、ずっと信じていたんですよ」
「……ノエル、様?」
「俺は、シェリーの為にここまで来たのに」
彼が一体何のことを言っているのか、わたしには全くわからない。ただ、先程の「愛している」という言葉だけが、まともに機能していない頭の中でこだまし続けていた。
「今更捨てるなんて、絶対に許さない」
そして彼は今にも泣きだしそうな表情のまま、わたしの唇を噛み付くように塞いだのだった。