女神様と麦わら帽子【後】
準備と言ってもやることはそんなに無い。
チラッと目線をやると、女神様は喋り疲れたようでぐったりしている。
女神様をエクレアとフルーツジュースで黙らせている間にちゃちゃっと終わらせるとしよう。
まずは焚き火をサクっと作る。
次に食材を全部出す!今日は海鮮バーベキューとアヒージョにするつもりだ。簡単だしね。
足りなければシメに焼きそばでも作ってあげよう。
俺はカバンから川サンマ、イカ、エビ、ホタテ、牡蠣、サザエ、にんにく、茄子、玉ねぎを取り出した。
川サンマは例のごとく絞めておく。
イカは肝と骨を抜く、肝は使うので捨てない様に脇にどける。
エビは殻剥き、牡蠣も殻から外して塩もみでぬめりを取っておく。
サザエとホタテもしっかり洗い、ホタテはウロだけ外す。
にんにくは皮剥いて丸ごと使う、茄子は一口サイズにカットし薄く切れ込みを入れる、玉ねぎは分厚い輪切りで準備完了だ。
「さて、これで準備よし!」
声をかけようと女神様を見ると椅子にもたれて昼寝していた。
ただのだらしない姿のはずなのに、なんて絵になるんだろう。
透明感のある素肌に美しくなびく髪…動いてるときは小動物を愛でる感覚だったけど、黙ってれば絶世の美女なんだよなぁ。
そう考えるとなんだか緊張してきた。
よくよく考えると女性と二人きりじゃないか……しかも、あんなに美人で扇情的な人と……。
今までの人生では考えられないシチュエーションだ、どうすればいいのかわからない。
さっきまでどうやって喋ってたっけ……。
俺がそわそわしていると、女神様が目を覚ました。
俺に気付いた女神様が近づいてきて顔を覗き込んでくる、か……可愛い。
「なにを気色悪い顔をしておる?ボーっとして間抜け面じゃのう。男ならピシッとせんか!準備が出来たならさっさと作るのじゃ!」
ハッと我に返る。そうだ、相手はあの女神様だった。危うく見かけに騙されるところだ。
「わかりましたよ!すぐ焼きますから!」
気を取り直して調理開始だ。
まずは小さめの鍋にオリーブオイルをたっぷり入れてにんにくを投入、香り付けの意味もあるので最初に。ホクホクになるまでじっくりと火を通していく。
同時進行で川サンマ、イカ、ホタテ、サザエ、玉ねぎも網の上で焼いていく。
イカの肝はアルミホイルで作った器に入れてこちらも網の上へ。
「お~壮観じゃの、どれも美味そうじゃな!」
「女神様、お酒は飲めますか?」
「飲めん事はないが苦いのは苦手じゃの」
甘めのがいいのかな?それなら杏露酒のソーダ割でも出してみるか。
大きめのグラスに氷をたっぷりと、杏露酒をグラスに三割程注いだら炭酸水を投入する。
炭酸水を注ぐ時は氷に当たらない様、コップに沿わせるのを忘れない。炭酸が抜けちゃうからね。
同じ理由で混ぜる時もゆっくりと。飲み口に切ったライムを添えて完成だ。
我ながら美味そうに出来たが、俺はもちろんビールだ。
「ほ~!綺麗なのじゃ。上手いもんじゃの~」
「無駄に凝り性なんですよ。ささ、氷が解けないうちに乾杯しましょうよ」
女神様は頷くと、グラスを掲げた。俺も缶を持ち上げる。
「それじゃ、まずは乾杯!!」
「なのじゃ!!」
缶とグラスを突き合わせ、二人同時に口へ運ぶ。
「「ぷはー!!」なのじゃ!!」
「この酒は美味いのう!!これなら何杯でも飲めそうじゃ!!」
そう言いながらぐびぐびと飲んでいく。
良かった、杏露酒は気に入ってくれたみたいだな。
女神様の満面の笑みを見てると、誘って良かったと思う。また今度誘ってやろう。
それにしても女神様とキャンプした事ある人間なんて、俺くらいだろうな。そう考えると面白い。
そんな事を考えていると、ホタテから垂れた汁がジュゥゥウっと音を立てる。
おっと、そろそろ火が通って来たな。
アヒージョはにんにくを取り出してエビ、牡蠣、茄子を投入。
イカは切ったら肝と混ぜ合わせる、味付けは醤油バターで。
サザエは醤油、ホタテは塩バターで味付けをしていく。
川サンマはこないだ美味しかったスイートチリにしよう。
次々と焼けていく料理を女神様へと取り分ける。
「さぁ、どんどん焼きあがりますから沢山食べてくださいね!」
「んほ~!どれもいい匂いじゃ~!いただきますなのじゃ~!」
女神様は出来立ての魚介を、はふっはふっと熱がりながらも物凄い勢いで食べていく。
「はぁ、幸せなのじゃ~。特にこのホタテというのが美味しすぎるぅ~」
ほう、女神様はホタテ派か。
俺は断然こっちのイカのワタ焼きだな!ビールに最高に合うんだよな~。
にんにくもここなら匂いなんて気にする必要ないからな!どんどん食べるぞ!
ジュウウウウ……
食べるのより早くどんどん次が焼けてくる。
「女神様が釣った魚も焼けましたよ!このソースによく合うんですよこれが!」
「どれどれ……んんん~~!!これも美味いぞ!自分で釣った魚は格別じゃな!!」
さすが女神様、よくわかってらっしゃる。
俺はお次はサザエだな!キンキンに冷えた冷酒でいただくとしよう。
「おーい!酒のおかわりじゃ!さっきと同じのをもっと濃いめで頼むぞ!」
女神様もノッてきたみたいだ。
「それじゃあ作ってる間に、次はこのアヒージョを食べてみてください。これもまた美味いんですよ」
「おぉ~!それも美味そうじゃ!じゃんじゃん持ってくるのじゃ~!!!」
「ん……ん~、あれ??イテテ……」
辺りが暗い、どうやら寝てしまったようだ。
時計は19時半を指していた。
え~っと、確か海鮮バーベキューをして、女神様と酒を飲みすぎて……!?そうだ、女神様!
慌ててテントから飛び出した。
寝ぼけ眼に月明かりが眩しい。
「ようやく目を覚ました様じゃの」
椅子にもたれ月を眺めていた女神様が、振り向いていたずらに微笑む。
「女神様、すみません。俺、楽しくて……つい飲みすぎちゃって」
「ふふ、あれしきで酔い潰れるとはやはり軟弱者じゃな」
女神様が、そっと呟く。
その声と表情に、吸い込まれそうになった。
いつもと同じ様な言葉であるはずなのに、その声には温かさしか無くて。
いつもの様に無邪気に笑っているはずなのに、月明かりに照らされるその姿が優しすぎて。
俺は目を逸らす事が出来なかった。
「ふふ、おぬしも中々詩人じゃな」
「……ふぇ!!!?」
一気に顔が紅潮していく。
なななななんで!?心の中が!?
「我を誰だと思っておるのじゃ?おぬしの考えてる事など全てお見通しじゃ」
ちょっと待ってくれよおおお!
じゃああの時のあれも!あれも!?全部!!?
ああああああああ終わったあああああ!!
「ククク、本当に面白い奴じゃのう。別に気にせんでも良い、我はそんなに心が狭い女神に見えるか?」
これ以上心を読まれる訳にはいかないので、俺は思考停止する事にした。
「そんな事より、今日は楽しかったのじゃ……本当に楽しかった。ありがとうの」
それを聞いた瞬間、考える前に言葉が出た。
「また必ず誘いますから!!今度また一緒にキャンプしましょう!!絶対に!!」
俺の真剣な眼差しを見て、女神様はまたケタケタと笑ってみせた。
「ソロキャンプは一人でやるものなんじゃろ?」
「う……!それは……」
俺は言葉に詰まってしまった。
それを見た女神様はいたずらな笑みを浮かべ、俺を見つめる。
「冗談じゃよ」
月明かりに照らされる俺を笑う様に、麦わら帽子が風に揺れた。