猫人族の冒険者とおさかな
異世界へ来て、一週間ほど経っただろうか。
あのドラゴンの一件からは特にトラブルも無く、異世界生活を堪能していた。
しかし、変化に乏しいのも事実であった。
そろそろ拠点を少し移動しようか、そんな事を考えていたある日の事。
「あ~たまらん匂い。さて、そろそろ頃合いかな!」
俺は今、昼ごはんに秋刀魚を焼いている。
以前川サンマを食べた事で、普通の秋刀魚が食べたくなってしまったのだ。
今まさに焼き上がり、食べようとしていた時だった。
「なんだ、この匂いは…!?」
「リーダー!あっち!あっちに人がいる!」
「あぁ…!これは奇跡か…俺達は助かるのか?」
防具に身を包んだ三人組が俺の前に現れたのだ。
俺は驚いた。
冒険者であろう風貌のその三人は皆、猫のような顔をしていたからだ。
良く見れば顔だけでなく手も足も猫のようだし尻尾も生えている。
「猫…!?」
思わず口にしてしまった。
馬鹿にされたと勘違いして襲い掛かってきたらどうしよう。
しかし聞こえていないのか、三人はひたすらに秋刀魚を見つめている。
しばらくするとそのうちの一人が声をかけてきた。
「そこの旅のお方、突然すみません。もしよろしければこの美味そうな魚を少し分けていただく事は出来ないでしょうか。勿論貴重なものだとはわかっております。我々の持ち物で欲しい物があればそれらと交換していただきたい」
そう言ってきた猫の冒険者は、良く見れば今にも倒れそうな程ゲッソリとしている。
よほど腹が減っているのだろう。
他の二人は今にも秋刀魚にとびかかりそうな勢いだ。
「腹が減ってるんですか?たくさんありますからどうぞ食べてください、礼はいりませんよ」
そういうと三人は目を輝かせた。
「本当によろしいのですか!?こんなに美味そうな魚を…。では皆、ありがたくいただこう」
男が秋刀魚を一匹大事そうに手に取り、それを三人で囲む。
「ちょ、ちょっと待って!三匹焼いてあるんですから、どうぞ一人一匹ずつ食べてください。これから新しくまた焼きますから!」
「な、なんですと!三匹も下さるのですか!?」
リーダー風の男は驚いていたが、残りの二人の手には既に秋刀魚が握られていた。
「リーダー、もう我慢できないよ。早くいただこう」
「あぁ!そうだな。この方に感謝していただくとしよう」
三人が同時にパクっと秋刀魚を頬張った。
「にゃ、にゃんだこれ!美味いにゃ!!」
「本当だにゃ!脂が乗ってて最高だにゃあ!」
「あ~!たまらんにゃ!美味いにゃ!!」
俺は三人の口調に驚いたが、三人はお構いなしに食べ進め、あっという間に平らげた。
「あ~美味かったにゃ~でも全然足りないにゃ」
「そうにゃ~、こんな美味い魚なら何匹でも食べられるにゃ」
「こら!三匹も貰っておいて失礼な事を言うんじゃない!すみません!我々猫人族は魚には目が無くって…」
辛うじて口調が戻ったリーダーが謝ってくる。
「いやいや、気にしないでくださいよ。それにさっきも言ったようにまだまだ沢山ありますから、どんどん食べてください」
俺はバックパックから秋刀魚を次々と取り出した。
「すごいにゃ!!魚がいっぱい入ってるにゃ!!」
「信じられないにゃ!神様にゃ!」
「本当に信じられない…、あなたは一体何者なんですか?」
俺は大量の秋刀魚を網に乗せながら答える。
「ただの旅人ですよ。皆さんこそどうしてここに?」
「この近くの雪山で採取のクエストをこなしていたのですが、遭難してしまいまして…食料も尽き命からがらここまで来たのです」
へぇ、春の様な気候なのに近くに雪山があるのか。
「そうだったんですね、残念ながら私は町への道を知らないので力にはなれませんが、腹いっぱいになるまでどうぞ食べていってください」
「本当に感謝します、あなたは命の恩人だ。お名前を聞いても?」
「いえ、名乗る程の者ではありませんよ。そうですね、ソロキャンパーとでも呼んでください」
「ソロキャンパーさん、ありがとうにゃ!!」
「ソロキャンパーさん、感謝するにゃ!!」
「どういたしまして、そろそろ焼けますよ。食べましょう」
こうして腹いっぱいになった猫人達は、なんとかお礼をと食い下がったが、雪山の場所を教えて貰う事で手打ちとしてもらった。
別れ際、彼らは姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。また会えたらいいな。
それにしても雪山か…行ってみるとするかな。