異世界と鉄板焼きハンバーグ
「おお!ここが異世界か!」
緑豊かな草原、辺りには草花が咲いていて温かい日差しを感じる。
少し先には小川が流れ、川のせせらぎが心地良い。
川の反対には森があり、立派な木々が立ち並んでいるが微妙に元の世界とは違う品種の様だ。
俺は女神様へ要望を伝え、この異世界でキャンプをするのに適している場所に送ってもらっていた。
「空気も澄んでて美味いなぁ、異世界がこんなにいい所だったなんて」
正直不安はあった。
瘴気が蔓延していて魔物が闊歩する様な場所だったらどうしようかと。
しかし、どうやら杞憂であった様だ。俺はこれからの生活にワクワクが止まらなかった。
早速俺は良さそうな場所を見繕い、設営を開始した。
俺は大きなバックパックを背中から下ろし、中身をチェックする。
ちなみにカバンの種類は持ち運びやすいポーチ等でも良かったのだが、やはりキャンプをするのだからと敢えて大きなバックパックにしてもらった。雰囲気は楽しく生活していく上で重要なファクターだ。
「うわ、なんだこれ……すごいな」
中は宇宙空間の様になっており、底が見えない。
俺は恐る恐る手を突っ込んでみる。
手のひらは何に触れる事も無く沈んでいき、気付けば肩まですっぽりと入っていた。
この中に落ちたらどうなるんだろう……。
ちょっとした興味を持ったが勿論試すような真似はしない。
一日に二度も死ぬなんていう世界初の偉業は御免だからな。
気を取り直して頭の中で欲しい物を思い浮かべてみる。
すると、手のひらに確かな感触を得た。
そのまま引っ張り出してみると、俺の手には折り畳みのチェアが握られていた。
「これは面白い!なら次は……」
次々と設営に必要な道具を取り出していく。
「よし、こんなもんかな」
目の前にはずらりと様々な道具が並んでいる。
その全てが最高級品で、元の生活では手に入らなかった物ばかりだ。
早速設営に取り掛かる。
『ペグ』というテントを固定する為の杭を打ち込んでいく。
しゃがみながらの作業なのだが疲労を全く感じない。
今回テントはオーソドックスなドーム型の物にした。
よくあるタイプのテントで、キャンプをやらない人が連想するのもこのタイプだろう。
元の世界でも使用していたタイプなので、なじみ深い。
しかし、これは今まで使っていた安物とはわけが違うのだ。
あっという間に設営が終わったテントをわざわざ離れ、遠目でまじまじと見つめる。
「か、かっこいい……!」
百点満点だ。
新品でピンっと張ったテントは遠目で見ても素材から違うというのが良くわかる。
サイズも一回り大きな物にした、なんという贅沢だ。
値段で言えば今までの物より十倍は高いだろう。
様々な角度から堪能した後、満足したので残りの設営に取り掛かった。
「よし!完成!!」
初めての道具ばかりで規模も今までよりも大きい物だったが、一時間もかからずに完成することが出来た。
どれだけ動いても疲れないのがありがたい。
女神様感謝します。
日差し除けのタープの下へと移動して、チェアへ腰を掛ける。
「おぉ、これは……良い」
使っているのは、大型で背もたれ付きのチェアだ。
今までは荷物にならない様に小さな物を使っていた。
運動会でお父さんが持ってくる様なやつだ。
おしゃれなテーブルに乗っている置時計に目をやると、時刻は正午を回っていた。
「昼ごはんにするか」
俺は胃袋と相談して、食材をバックパックから取り出す。
今日は色々とあって疲れた、がっつりといこう。
『コッヘル』に無洗米を入れ、ミネラルウォーターを注ぐ。このまま時間を置く事で仕上がりが良くなるのだ。
コッヘルとは一言で言ってしまえば鍋である。
炊飯からスープに煮物まで、底の浅い物ならフライパン代わりにもなる優れものだ。
米を浸けている間に火の準備だ。
薪を拾いに行こうとしたが、もしやと思い試してみると、バックパックから大小さまざまな薪が取り出せた。便利だ。
あっという間に焚き火を作り、スタンド付きの網を設置。これで良し。
次に食材を切っていく、使うのは玉ねぎ、牛肉、エリンギこれだけだ。
牛肉はせっかくなのでA5ランクの和牛にした、ステーキにしたらたまらなく美味いだろう。
しかし、そんな贅沢な和牛を俺はナイフで叩き切っていく、ミンチにするのだ。
どこかから怒られそうな使い方だが、好きな様にやれるのがソロキャンプの醍醐味だ。
「こんなもんかな」
ミンチはミンチでも、超粗挽きだ。
続いて玉ねぎは細かくみじん切りにし、エリンギは薄切りにしておく。
ボウルにミンチと玉ねぎを投入し、塩を振って良くこねていく。
ここでしっかりと練るのがポイントだ、ここをサボると肉が崩れやすくなるからだ。
玉ねぎは飴色になるまで炒めたいところだがやめておいた。手を抜くところは抜く、これが俺のモットーだ。
しっかりとこねたら、黒胡椒とおろしニンニク、ナツメグを加え混ぜ合わせる。
今日のメニューはハンバーグだ。
本当は合い挽きの方が好みなのだが、焚き火調理なので牛100%にしておいた、生焼けは怖いからね。
準備が出来たので米を炊き始める。
米が間に合わないと思うかもしれないが、問題は無い。米の代わりがあるからだ。
携帯用の鉄板にバターを敷き、エリンギを焼いていく。
火が通った所で軽く胡椒をまぶし、醤油を垂らす。
醤油が焦げる音が心地良い、バターの香りと相まって食欲を刺激してくる。
「はぁ~、もう我慢できない!」
たまらず箸を掴み、エリンギを頬張った。
「ん~美味い、香ばしさとシャクシャクした触感がたまらない!」
俺はバックパックへ手を伸ばす。
取り出したのはキンキンに冷えた缶ビールだ。
プシュッッ!
勢いよく缶を開け、そのまま一気に喉へと流し込む。
「っぷはぁ!美味すぎるっ!」
そこからはもう止まらなかった。
エリンギとビールを交互に堪能し、鉄板の空いたところに肉を置く。
ジュジュウゥゥゥゥ!!!
良い音だ、音だけで美味いというのがわかる。
俺は焼き加減に気を付けながら時々肉を動かし、気付けばもう三本目のビールへ手を伸ばしていた。
「よし、丁度いい頃合いだろ!」
ハンバーグに箸を入れると、中からとんでもない量の肉汁があふれ出る。
中は美しい色のレアに仕上がっている、完璧だ。
俺は一口サイズに切っておもむろに口へと運んだ。
「あふっ!!はふっっ!!……!?美味い!!」
たまらず一気にビールを流し込む。
今までの人生で高級な肉をハンバーグにした事なんて無かった、こんなに美味かったのか……。
ハンバーグとビールを堪能していた所で、米が炊き上がった。
最後のシメはどんぶりだ。
丼に米をよそってハンバーグを乗せる。
上から焼き肉のたれを回しかけ、コチュジャンと混ぜ合わせた。
最後に丼の真ん中に卵黄を落として完成だ。
こんなの絶対美味いに決まってる。
ゴクリッ。思わず生唾を飲んでしまった。
いただきます!
俺は一気にかきこんだ。美味い!美味すぎる!
あまりの美味さにあっという間に完食してしまった。
「っぷはぁ!!あぁ、美味かった~!ごちそうさまでした」
大満足の俺は、立ち上がり空を見上げた。
青空が広がっている、いい天気だ。
耳には小鳥のさえずりと川のせせらぎが聞こえてくる。
「やっぱりキャンプっていいよな」
異世界で冒険者にならずにキャンプをして過ごす。
俺は、そんな自分の選択が間違っていなかったと確信したのだった。