猛吹雪と遭難者【後】
行きは五分程かかった距離だったが、俺は人間二人を担ぎながら一分ちょっとでテントへ戻ってきた。
こんなに本気で走ったのは小学校の運動会以来かも知れない。
すぐに二人分の横になれるスペースを作る。
服が濡れていると体温が下がるので、俺は着替えを取り出し服を脱がす事にした。
先に意識が無かった方の着替えを済まそうと、さっき着せたダウンを脱がせたところで胸部に違和感を覚えた。
「お、女!?」
予想外の出来事に手が止まってしまう。
もう一人は男性だ、きっと覆い被さっていたのはこの女性を守る為だったのだろう。
「どうしよう……って迷ってる場合じゃないか」
一瞬ためらったが、女性だからどうこうなんて言ってられない。
俺はなるべく気を使いながら、なんとか着替えを終わらせた。
「よし、次は彼か」
男性の方も、俺に助けを求めてから意識を失った様だった。
同じ様に着替えを済ませていく。
こちらは男性という事もありスムーズに終えることが出来た。
薪をくべ、お湯を多めに沸かして徐々に湿度を上げていく。
手や足の先が冷たくなっていたので、ひたすらマッサージをしながら回復を待った。
どれくらい経っただろうか、しばらくすると男性の方が意識を取り戻した。
「うぅ……こ、ここは……」
「良かった!意識ははっきりしてますか?雪山で倒れてたんですよ!女性も一緒です、安心してください」
「俺は……そうか。貴方が助けてくれたんですね、ありがとうございます……」
男性は上半身を起こし、丁寧に礼をしてきた。
「起き上がって大丈夫ですか?無理はしないでくださいね」
「いえ、平気です。それよりも妹は!?ウッ……妹は大丈夫なんですよね……?」
急に興奮したせいか男性は一瞬よろけた後、隣にいる妹さんを見る。
「妹さんだったんですか、意識はまだ戻ってません……でも大丈夫だと思います。私が到着した時あなたはまだ意識がある状態でした。恐らく倒れてからそんなに時間は経ってなかったはずです」
「そうですか……俺のせいで……クソッ」
男性は悔しさに満ちた声を上げる。
俺は立ち上がりボトルを手に取って、男性へカップを差し出した。
「はちみつレモンティーです。これを飲んで体を温めてください、落ち着きますよ」
ボトルからカップへ注ぐと、湯気と共にレモンのいい香りが広がった。
男性がゆっくりとカップに口を付ける。
「あぁ、美味い……温まります」
「それは良かったです、おかわりもありますからたくさん飲んで下さいね」
「うぅ~ん……いい匂い。あれ……お兄?」
男性がレモンティーを飲んでいると、隣から可愛らしい女性の声が聞こえてきた。
男性がたまらず抱きしめる。
「あぁ……!良かった……!ごめんな!俺が雪山に行こうなんて言ったばっかりに!!」
「お兄、苦しいよ。そっか、あたし達吹雪の中で倒れちゃって……」
「そうだ、この方が俺達を運んで助けてくれたんだ!」
抱きつくのをやめたお兄さんが俺の方へと向き直る。
それを聞いて妹さんもこちらを見つめてくるのだが、着替えの件があるのでつい目を逸らしてしまった。
「た、たまたま通りがかっただけなので気にしないで下さい。それより妹さんも体が冷えてるでしょ、はちみつレモンティー飲みますか?」
「飲みます!飲みます!いい匂いがすると思って目が覚めたんですよ~、お兄だけ先に飲んでるなんてズルいよ!」
妹さんはさっきまで気を失ってたとは思えない程ニコニコと笑顔で答えた。
どうやら心配性のお兄さんとは反対の性格のようだ。
俺がカップを手渡すと、その笑顔は更に輝きを増した。
「ん~~!いい匂い……いただきます」
やけどをしない様にフーッフーッと息をかけ、ゆっくりとカップを傾ける。
「甘くっておいしい……こんなの飲んだ事無いです」
そう言ってしばらく美味しそうに飲んでいた妹さんだったが、飲み進めるにつれてだんだんと表情が曇っていく。
やがて、さっきまでの笑顔が嘘のように泣き出してしまった。
ホッとして緊張が解けたのだろうか、お兄さんがそっと背中をさする。
「もう大丈夫……俺達は助かった……家に帰れるんだ」
「うん。あたしもう死んじゃうかと思った……怖かったよぉ……」
二人が抱き合いながら泣いている姿を見て、俺まで泣きそうになってしまう。
この歳になると涙腺が緩くなってしょうがない。
俺が二人を見守っていると、お兄さんが再びこちらに向き直った。
「貴方は俺達兄妹の命の恩人です。本当にありがとうございました、この御恩は何があっても必ず返させてもらいます」
「さっきは急に取り乱しちゃってごめんなさい!それにお礼も言ってませんでした……。助けてくれて本当にありがとうございました!この御恩は絶対絶対忘れません!!」
二人は正座をし、深々と頭を下げてきた。
「本当にたまたま通りがかっただけですから、そんなにかしこまらないで下さい。とにかく助かって良かったです」
気にするなと言おうと思ったが、実際俺が通りがからなかったら二人は間違いなく命を落としていただろう。
二人の気持ちを俺は素直に受け取る事にした。
「なにか俺達に出来る事はありませんか?どんな事でも協力しますよ!」
「あたしもです!なんでも言ってください!」
「それじゃあ二人の町まで付いていってもいいですか?町に用があるんですけど道がわからなくて……」
「そんな事ならお安い御用ですよ!町へ戻ったら改めてお礼をさせて下さい!」
町への行き方さえ分かれば十分なのだが、また倒れられたら大変なので一緒に付いていく事にした。
「ありがとうございます。それじゃあ吹雪がおさまるまでは、ここでゆっくりしていって下さい。食べ物も沢山ありますから」
「こんな場所に住んでいて食べ物も豊富にあるなんて。それにこの設備も……あなたは一体……」
「しがないソロキャンパーですよ、私の事はどうぞそう呼んで下さい」
「ソロキャンパー?」
「探検家みたいなものです、各地を転々としながら生活しているんですよ。町へ行きたいのは物資の補給の為です」
正確には異世界の食文化に興味があるからなのだが、まぁこの説明でいいだろう。
「そうだったんですね、そんなすごい人と出会えるなんて俺達は幸運です。女神様の思し召しかも知れません」
女神様の思し召しか。あながち間違ってないかもな。
「そうだ、お腹は空きませんか?まだ早いですが晩ごはんにしましょう」
それから俺は二人の事、町の事を色々教えてもらった。
夜には二人の顔にも笑みが戻り、昼間の出来事からは一転して楽しい夜はあっという間に更けていったのだった。
予定より投稿が遅れてしまった……ごめん。
次回ソロキャンパー町へ行く!?
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