男心と冬の山
あれから二日が経った。
その間もキャンプ生活をしてきたのだが、あまり記憶に残ってない。
二日前の、探検家の女性との出来事ばかりが頭の中でぐるぐると繰り返されていた。
「はぁ~。なんで俺はあんな事を言っちゃったんだろう……」
プロポーズどころか女性から告白された事すら人生で一度も無かった。
そんな俺なんかと一緒に居たいと言ってくれたんだ。
しかも相手は年下の美人だ、普通に考えて断る理由なんて一つも無い。
なのにその告白を俺は断ってしまった。
結局彼女の住む町さえ聞く事は出来なかった。
ずっと欲しかった彼女が出来るチャンスだったのに、俺はなんてバカなんだろう。
想ってる人がいる……か。
「だあああ!!遭難必至の雪山で俺は何をうじうじやってんだ!」
ふと我に返った。
快適な道具のおかげで不自由無く生活できてるけど、本当ならこんなこと悩んでる状況じゃない。
それに俺は楽しく毎日を過ごす為にソロキャンプを始めたんじゃないか。
「よーしっ!今日は飲むぞ!!!!」
忘れたい事がある時は酒を飲むに限る。
俺はカバンからあらゆる種類の酒を取り出した。
つまみは乾物で済ます事にする。
料理をするのもなんだか面倒だし、ストーブで暖かくなったテントの中にいるのでこれで十分だと思った。
こうして、寂しい独身男性のソロ宴会が幕を開けたのだった。
「まずはやっぱこれだな!」
酢イカをしゃぶりながら缶ビールに手を伸ばす。
初手にビールというのは慣習めいたものもあるが、個人的にはなかなか理に適っていると思ってる。
アルコール度数の低いところから慣らすという意味合いも勿論あるし、ビールを飲むと喉が開く。
受け入れ態勢が整うとでも言うのだろうか。
さぁこれから飲むぞ、わかったな! と脳みそに指示を出している様な感覚になる。
350ml缶を胃に流し込むと、狙い通り体は酒の受け入れ準備を整えた様だった。
すかさず次の酒を手に取る。
手に取ったのは瓶に入ったカップ酒だ。
相撲取りを連想させる名称が、生易しくない酒だという事をよく表している。
俺はその酒も一気に流し込む。
「かぁ~!!効くぅ!!」
最近流行りの、飲みやすさに重きを置いたブランド物の日本酒とは違う。
日本酒にパラメータが存在するとしたら、こいつは攻撃特化のアタッカーだろう。
キレのある辛口と、飲んだ後に喉が熱くなる感覚がたまらない。
俺はおしゃれな地酒よりも、このカップ酒が断然好みだ。
だが、この酒とやり合うにはつまみが心許無くなってくる。
料理はしたくないが、美味い肴は食べたい。
俺は鍋に水を入れ、火にかけた。
取り出したのはレトルト食品、どて煮とおでんだ。
温めるだけで出来立てさながらの料理が味わえるなんて、今更ながら便利な物だと思う。
異世界でレトルトカレーでも売り出せば一財産築けるんじゃないだろうか。
グツグツと、湯が沸く音が心地良い。
「そろそろかな……」
出来上がった料理を器へと移し、口へと運ぶ。
もちろん二本目のカップ酒も忘れない。
「はぁ、美味い……こりゃ明日は記憶ないかもなぁ」
濃いめの味付けのどて煮に、酒を飲む手が止まらない。
これもあっという間に飲み干して、禁断のウイスキーへと手をつけた。
今回取り出したウイスキーは、コンビニ等でも手に入る王様のマークの大衆品だ。
それをコーラで濃いめに割る。
何十万円もする様な高価な酒も取り出し放題なのだが、この場にはそぐわないし、酔っぱらっていてそこまで気も回らない。
高価な酒の飲み比べは後日ゆっくりと行う事にしよう。
その後も飲んで、飲んで、飲みまくった。
間に何度かレトルト食品を挟んだはずだが、既に記憶にない。
「くそぉ!女神様が悪いんだ!!普段バカなのに急にあんな顔……忘れられるわけないらろうがあ!!!」
幸いここには誰もいない。
俺は恥を捨てて叫びまくった。
そして飲み続けて許容量を超えた所で、寝袋にも入らずにそのまま横になったのだった。
「う゛ぅ……気持ち悪い……飲み過ぎた……」
次の日、案の定最悪なコンディションで目が覚める。
「ストーブ付け直さなきゃ……あれ、暖かい。なんで……」
昨日はそのまま横になったはず……。
起き上がると、かけた覚えのないブランケットがハラリと地面に落ちる。
ストーブの火は消える事無く、つい先程まで誰かが薪をくべていたかの様に燃え盛っていた。