ホーンベアと女探検家
朝ごはんを平らげた俺は周囲の探索をする事にした。
ベースにしている場所は、野球が出来そうな大きさの平坦な銀世界だが、その向こうには森が見える。
「森に入ってみるか、食材が見つかればラッキーだな」
モンスターと遭遇する事を考えると少し怖いが、探索欲には勝てない。
俺は森へと向かう事にした。
森へ到着した俺は辺りを軽く見渡す。
生えているのは、もみの木の様な尖った木で、葉で覆われていない分森の中は明るかった。
少しずつ森の奥に入っていくと、雪に覆われた地面から何かが飛び出しているのに気付いた。
「ん?なんだろうあれ、何か生えてるな」
ぴょこっと飛び出したそれが気になり、周りの雪を掻き分ける。
「おお!たけのこ!?」
姿を見せたのは、たけのこだった。
雪山なのにたけのこ?そもそも竹が生えてないのに?
少し疑問に思ったが、異世界だからと自分を納得させる。
そもそもこの雪山だって、大して高所にあるわけでもないのに突如切り替わる様に現れたのだ。
ゲームで言うエリアの様なもので区切られているのだろう。
たけのこは小ぶりで、いかにも美味そうだ。
「これは、そうだな。冬タケノコってところかな」
よく見れば他にも沢山埋まっている。
俺は大量の冬タケノコを手に入れた。
もう少し奥まで行ってみようかと考えてると、突然悲鳴の様なものが聞こえた。
何事かと思い慌てて声の方へと走っていく。
「イヤ……!来ないでっ……!!」
そこには一人の女性と、巨大な熊がいた。
女性は腰を抜かしたのかへたり込んでいて、巨大な熊が襲い掛かろうとしている。
熊にはよく見れば大きな角が生えている、モンスターだ。
一方で、女性の方は防具も無ければ武器も持っておらず、冒険者というよりは探検家といった感じの服装だった。
どうしよう……怖い……
心臓がバクバクと高鳴った、普通の熊でも手に負えないのに相手は凶暴そうなモンスターだ。
だが、ここで逃げ出してしまえばあの女性はきっと……。
「や、やめろ!その人から離れろ!!」
気付けば反射的に大声を出していた。やってしまった……。
モンスターは声に反応し、こちらへ向き直る。
突然の俺の登場に女性も驚いている様だった。
グルルゥオ゛オ゛アア!!!!
モンスターは地鳴りの様な声を上げると、猛スピードでこちらへ突進してきた。
やばい!殺される!
俺は恐怖で一歩も動くことが出来なかった。
思わず目を閉じてしまう。
直後に、大きな衝撃音が響き渡った。
……ッ!!!!
ゆっくりと目を開けると、遠くの木にもたれ掛かっているモンスターがいた。
吹っ飛んで激突したのだろうか、木はへし折れモンスターは気絶している。
「す、すごい……」
女性は俺の方を見たまま固まっている。
どうやらあれを倒したのは俺の様だ。
俺は一瞬戸惑ったが、これと同じ様な現象に覚えがあった。
「ドラゴンの……テント。まさか……」
絶対に壊れないキャンプ道具として鉄壁の要塞と化したテント。
どんな環境でも対応できる屈強な肉体を授かった俺は、そのテントと同じ様な力を手にしてしまったらしい。
こんな能力をお願いしたつもりは無かったのに……そりゃ女神様も騙されたと怒るはずだ。
でも、この力が無かったら今頃俺は死んでいた。
女神様には感謝しないとな。
「あの、大丈夫ですか?」
俺は女性の方へ歩いていく。
「はい、大丈夫です!でも……すみません、安心したら力が抜けちゃって」
どうやら立ち上がれなくなってしまったようだ。
俺は女性に手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます」
女性は俺の手を取り、立ち上がった。
「一体なにがあったんですか?」
「この辺りの生態系を調査していたのですが、ホーンベアの巣に近づいてしまった様で……助けていただき本当にありがとうございました」
女性は深々と頭を下げた、真面目な人の様だ。
「いえ、お礼を言われるような事はしてません、気にしないで下さい」
何もしていないのは本当だし、お礼なら女神様に言うべきだ。
「そんな!そういう訳には行きません、なにかお礼をさせてください!」
参ったな……。
今の生活に満足してるし、してほしい事なんて無いんだよなぁ。
女性は引き下がる様子は無さそうだ。
「わかりました。じゃあ食事に付き合ってください、一人で食べるのも気楽なんですけど少し寂しくて……」
「食事!?デ、デートって事ですか……?」
女性は顔を赤らめている。
言い方がまずかったか……誤解させてしまった様だ。
「あ、いえ!そういう意味じゃないんです!すぐ近くで野営をしてるんで、良かったら一緒にどうかなと」
「え?や、やだ……すみません私ったら!変な勘違いしちゃって……!そんな事で良ければ是非ご一緒させてください」
なんとか話はまとまったか。
ところで、あのモンスターはホーンベアって言うのか、食べられるのかな。
「すみません、あのホーンベアって食べられるんですか?」
「え!?ホーンベアを食べるんですか!?そんな人聞いた事無いですよ!?」
どうやら食用では無いらしい。
でも未知の味には興味がある。
「それに、殺してしまうのはちょっと……もともと悪いのは私ですから」
「どういう事ですか?」
「ホーンベアは本来大人しいんです。襲ってきたのは巣に近づいてきた外敵から、幼い子供を守る為なんです」
「子供がいるのか、それじゃあ諦めるしかありませんね」
「はい、そうして貰えると嬉しいです。ち、ちなみに私にはいませんよ……?」
女性が上目遣いで見つめてくる。
これは……そういう事なのか!?
「そ、それじゃ!そろそろ行きましょうか!」
ごまかす様に声を張り上げる。
こうして俺達は、ベースへと向かったのだった。




