嵐は目前
-王令195年-
『その者』は呆然と立ち尽くしていた。戦いの真っ最中だというのに座り込み、俯き、気力を失っている。沈みかけた夕焼けの光が「意気消沈」といった言葉を体言化した『その者』の姿を引き立たせている。
そんな『その者』を心配する声はどこにもない。それもその筈、付近には人っ子一人いない。代わりに魔法による攻撃で、木という木が悲鳴をあげるかのように燃え盛っている。
それとは反対に『あの者』は掌に光を失い禍々しく変貌した「光球だったもの」を浮かべている。顔にはそれに負けないくらい狡猾な笑みを浮かべている。
『あの者』が己の勝利を確信し、『その者』へ何かを告げるも、『その者』は一切の反応を示さない。
その様子を確認した『あの者』が掌に浮かべる「光球だったもの」を『その者』へと放とうと動いた瞬間
『その者』は何かを宿したかのように気力を取り戻し、動き出した────
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-王令201年-
太陽が意気揚々と登り始めた頃、『エル』も太陽みたく意気揚々と起床した。日課の鍛練をこなし、風呂に入り運動でかいた爽やかな汗を流す。
水を浴びている最中脳裏にあの惨状がふと浮かぶ。
「考えもせず......僕は思いのままに......」
時たま浮かぶこの惨状を『エル』は今でも心の底から悔やんでいる。もう何十年も経つというのに......
外行き用の服を着て、ローブを羽織り、相棒の聖剣の手入れも済ませた。
『エル』は玄関で靴を履き終えると深く、深く深呼吸をした。そしてこう呟いたあと扉を開ける。
「でも今日くらいは僕も楽しんでいいよね......!」
言葉でそうは言うものの、目はどこか自信無さげだった。
エルは王都の中央広場へ向かうため、人目の少ない西通りにいた。
普段の西通りは閑静な住宅街なのだが今日は違う。冒険者ギルドのような喧騒に包まれておりそのせいか普段は閑静な落ち着きのある住宅も賑やかさを帯びている気がする。
その喧騒の正体はまだ早朝だというのに通りに出ている多くの屋台が客を集めようと必死にしている呼び掛けだった。
しかし、なぜ今日は屋台が出たりと賑やかなのか......それはこの王都が救世主により救われた日だからである。人々は「救世記念日」と言う。
こんな賑やかな中エルは、こう自分に言い聞かせた。
「いいことした日なんだからちょっとはいいよね......!」
その直後エルの嗅覚がタレの香ばしい匂いをキャッチした。エルは腹ペコの魚のように匂いに釣られ歩を進める。
「おじさん!その串五本!」
「はいよ。」
エルは早く食べたいがために興奮気味だった。それはまるで、なにも教わっていない欲望に素直で無知な少年のようだった。
串屋の店主は寡黙な性格らしく何も言って来なかった。
串を食べ終えたエルはまたコソコソと中央広場へ向かう───