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3年3組のカノン  作者: 梅田ヨシ
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序章

―序章―


 突然こんな手紙を出してごめんなさい。

 うまく書けないかもしれないけれど、私の気持ちを伝えたくて書いています。

来月からは中学3年生、最後の中学校生活の1年間を控え、どうしても伝えたいことがあって書きました。

  

 私はこの中学校に入学してから、あなたの一挙一動をいつも見てきました。

 余計な一言をよく言うあなたのことだから、あなたが口を開くたび、私はいつもどきどきハラハラしていました。

 その一言で相手が傷ついたり、クラスの空気が冬空のようにどこか白々しく寒々しくなることが多いことを知っているからです。

 

 でも、そんな風に周囲を凍てつかせる一言をあえて言っているのを、私なりに勝手に解釈しています。


 80%が空気を読まないマイペース、

 10%が人間ぎらいで5%がやさぐれ成分、

 そして4%が照れ屋さん。


 そして、残りの1%は、

 相手のことを誰よりもよく観察して見抜いている洞察力のよさと、本当は人間が好きっていう愛情の裏返しなんだって思っています。


 私はその1%がたまらなく好きです。


 つまり、間堂覚のことが大好きなんです。


 もしよければ、最後の1年間は





 そこまでノートに記して、私は顔を上げた。


 誰もいない自分の――2年3組の教室。

 卒業式も終わり、先輩たちを各々が盛大にかつ厳粛に、一部無関心に送り出し、とうに下校時間を過ぎたからなのか、喧騒の余韻に比例して教室内は通常よりも静けさの値が増しているように思えた。


 窓側から3列目の、後ろから3番目の席。席替えがあって半年ほど座っていたこの席からの景色も、いよいよ見納め……と思うと同時にある一つの席を見つめる。


 間堂覚まどう・さとしの席。


 その当たりをじっと見据えて、記憶の中からその席に座っている彼の姿を思い出す。

 ずっと見続けてきただけあって、上手に思い描くことができる。

 短髪で刈り上げた首筋、耳の形、若干右肩下がりの後ろ姿。


 目線だけで彼の虚像を空気に描けるような気がした。

 もしそうなってしまったら消し方がわからないから困っちゃう……

 そんな妄想から我に返り、あたりを見渡した。

 誰もいないと知っているはずなのに、思わずその事実確認をする。


 外に出れば体が冷えるものの、今この教室にいれば、風にも誰の視線もにさらされずに穏やかにいられる。


 そう言い聞かせても


 “もし先生が、同級生が、誰かが教室にやってきたら……”


 という不安もあいまって、誰もいない、誰にも見られていないことを自己肯定するために窓の外に目を向けた。


 ベランダ付きの第一校舎2階。

 春の訪れを感ずる陽射しがゆるやかに教室の奥まで照らしている。

 教室の窓から見える空も、ビニールシートみたいな青さだった。


 来年は、私たちも同じように卒業し、それぞれの道を歩むことになる。


 先輩たちの卒業してゆく姿を見て痛切に思った。

 時間は有限だということ。

 ちょうど1年後の私はきっと彼とは違うどことも分からぬ道を歩いていくのだろう。


 別れるべき時を知っているのに未だに何もしていない自分。

 これで、このままで1年を過ごしていいのだろうか。

 自問自答する。


 答えは「嫌だ」。


 伝えるべき時なのかもしれない。

 だから、いてもたってもいられなくなった。


 直接会って伝えれば良かったのかもしれない。

 でもホームルームが終わった後、彼はすぐに教室を出て行ってしまって機会を逃してしまった。

 ……いいえ、それは私の言い訳だ。

 本気だったら彼を追って呼び止めれば済むこと。

 本当は、ちょっと怖かった。

 彼がきちんと正面から私の声を受け止めてくれる自信がなかった。


 でも、この胸の奥がうずくような感情は止められない。


 だから、想いを紙に書き綴って、彼に渡そう。


 書き終えたら、彼に電話するなり自宅に行って、渡してしまえばいい。

 もし渡せなくても、この心のもやもやを手紙とともに封筒に押し込んでしまってしまえばいい。

 そしていつでも彼に渡せるようにしておけば……。


 そんな、衝動からセンチメンタルかつ若干逃避的な想いに移行しつつ、ここまで思いを書いてきた。

 書きながら、色んなことを考えもし、想像したりした。


 もし、本当にこの教室に彼と2人きりだったら?

 私はこの気持ちをはっきり伝えることができるだろうか。

 意外にも彼が私の事を好きでいてくれたら、どんなに素敵だろう。

 そして、意外にも彼がこの教室にやってきて、〝実はお前のことが……〟といい始めたら。


 どうしよう。

 うれしいけれども、率直にどうしよう、と思ってしまう。


 でも、彼が私に恋人としての好意があるなんて、そんなことはない。

 でも、本心を聞いたことなどない。


 文章が終わりに近づくたびに、心拍数がどんどん上がってくる。


 書き終わったら、渡す――その行為に胸をどきまきさせ、最後の一文で締めくくろうとしたその時。



 突然、ガラガラッとドアの開く音がした。



 びっくりして、思わず体がピクッとする。

 体が3ミリ地球から浮遊したような気がした。

 音のした方を見ると、教室の後ろにあるドアの隙間からひょっこりと


 覚が、顔を出した。



 ……嘘、でしょ?



 眉がすっかり隠れる前髪、どこまでも考えの読み取れない瞳がこちらを見てる。自分のしていたことを悟られないよう、覚から目を離すことなく、さりげなく机の上に開いたノートを閉じる。


 目を合わせてたのは一瞬だったのか1秒だったのか1分なのか。

 ああ私の顔は覚から見て今どんな状態なんだろう。

 少し赤めの強張った顔をしているんだろうか。



 「まだ残ってたのか?――そんなに遅くまでいたらさ、オレ、心配になるよ」



 心配になる?

 私のことを?

 いや、まさか、そんな。

 女子が教室に1人だから?

 ということは

 私を女の子として、見ててくれてる?


 どきっとした。


 ドキドキが尋常じゃない。

 振り絞るように、喉の奥から、胸の鼓動じゃなくて声を出そうとしたその時。



 覚が、一つ、ため息をついた。

 

 ため息の次に放った言葉。



 「居残りしてれば、男子の誰かが告りに来るとでも思ってたりしたらどうしようってさ…そんな妄想癖が友達だったらどうしようって、心配になる」




 前言撤回、もとい、前文撤回。


 覚の一言は100%の無神経からできている。

 その後のこと、私は覚に何を言ってどう行動したのか、覚が何をどう解釈して廊下に消えていったのかは、頭に血が昇りきってしまってほとんど覚えていない。


 覚えていることといったら、途中まで書きしたしたためたラブレターをノートから引きはがし、びりびりと破き、心の中で「バカバカバカバカ」とひたすら連呼しながら、恥ずかしくてこの場から消えてしまいたいと強く願ったことくらい。


 あんな想いは声にして、青空に吸いとってもらってなかったことにすれば良かった。


 そんな気持ちを抱いて私は3年生を迎える。

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