初めての〇〇。
異世界生活三ヶ月。
食卓に私とティアとステラの三人。
これまではティアは私は対面で座る形だったけど、彼女の定位置だったその席はステラのものとなってティアは私の隣に座るようになった。
朝食。パンとミルク、野菜サラダにガルーダのゆで卵と言った定番ものの他に今日はベヒモスのシチューも並んでいる。
それを平然と食べているステラ。
だいぶ慣れてきたけど、今でも時々奇妙に映る。
「エルフって肉とか乳製品とかダメじゃなかったけ?」
初めてステラが肉を齧っているのを見た時は仰天してそう聞いた。
「あたし、ハーフエルフだから」
と言うのが彼女の答えだったけど、人間の血が混ざるだけでそこまで変わるんだ!! 知らなかった。
今日は静かな食卓。
全員で好きなだけ食べれるよう竹で編んだ籠に盛り付けられているパンを取ろうしたティアの手と私の手が触れ合う。
「あ、ごめん!」
「いえ」
そう言いながら物凄い勢いで手を引っ込めるティア。
なんか傷つく。そんなに触られたくなかったのかな。
ちょっと悲しくなりつつティアの横顔を盗み見ると頬が紅い。
俯いて片手で自分の顔を仰いでいるその仕草が妙に可愛い。
気にしすぎだったみたい。
安心してパンを取る。
そんな私達の様子をステラが半眼で見ていることなんて私は全然気が付いていなかった。
◇
今日はギルドに行かない休息日。
出来立ての薬を持って雑貨屋さんの元へ訪れる。
「こんにちはー」
「ルナちゃんじゃないかい、こんにちは。お薬の卸しかい?」
「はい。こちらが傷薬でこちらが湿布、それからこらちが...」
「ふむふむ。はい、確かに賜ったよ」
最近薬草学もレベルが上がってきて、そのおかげでこうやって薬の売買が出来るようになったのだ。
やれば出来る子。頑張ってるよ、私。
「それでは私はこれで」
用も済み、去ろうとしたら止められる。
「ルナちゃん、ちょっと待って!」
「はい?」
何か含みのある笑みを残し、店の奥へ入っていく雑貨屋さんことハンナさん。
言われた通り店内の商品をウィンドショッピングしながら待っていると十分程してハンナさんが戻って来る。
その手にはアルバム。
嫌な予感がする。面倒事に巻き込まれそうな匂いが物凄くする。
「ルナちゃんって一人身だろう。どうだい、お見合いしてみないかい」
開かれるアルバム。ずらりと並ぶ男性達の写真。
私は苦笑いしながら頭の片隅でこんなことを考える。
この世界。時代としては中世でありながら至る所に現代の要素がある。
電化製品ならぬ魔力製品とか。この写真にしたってそう。
私の家のトイレとかお風呂とかも現代の技術が取り入れられてるし、かと思えば忠実に中世なところもある。何処となくちぐはぐした世界。それが私が転生して生きているこの世界。
「この人なんかどうだい? 有名な商会の会長さんなんだけどね」
「いえ、私はまだ結婚するつもりないので」
「もしかして男性は嫌いかい? じゃあ女性の写真も持ってきてやるよ」
「そうじゃなくてですね...。あっ」
ハンナさんは再び店の奥へ行ってしまう。
しかし普通に女性と女性の恋愛・結婚も当たり前なんだなぁって改めて実感。
子供も生まれて育てることが出来るくらいだし、そういうところは進んでるよね。この世界。
「待たせたね」
「あ、いえ」
「それで。ルナちゃんの好みの子ってどんな子なんだい? 言ってくれたらこの中から選んでやるよ」
「あ~...。そうですね...」
ティアの顔が脳裏に浮かぶ。
顔が熱くなり、周りの気温が一気に二・三度上がったように感じられる。
「その顔は...。ああ、そうかいそうかい。ルナちゃんにはティアちゃんがいたね。忘れてたよ。あたしとしたことが、もう相手がいる子にお見合いを押し付けようとして。悪かったね。ごめんよ」
「いえ、ティアはそんな...」
「違うのかい?」
「.....分かりません」
「そうかい。でも顔に書いてあるけどね」
「っ」
ハンナさんがふくよかなお腹を揺らしながら笑う。
居た堪れない。なんだろう、この気持ち。
「まぁ、なんだ。引き止めて悪かったよ。ティアちゃんが家で待ってるんだろ。早く帰ってやんな」
「.....はい」
反論とかする気にならない。そもそも多分出来ない。
私は羞恥と共に一目散に雑貨屋さんを後にした。
◇
家のリビング。
ソファに座ってティアが淹れてくれた紅茶とステラが作ってくれたお菓子を摘まむ。
クッキーのようなビスケットのようなお菓子。
外は軽く作っとした触感。中はしっとりとしていてハチミツが入っている。
"トロリ"と舌に零れ落ちて来るそれがなかなか美味しい。
しかしこれ前世日本でも似たようなの食べたことがある気がする。
なんだったかな? カントリー......。
「........!!!」
そのお菓子を思い浮かべながら食べていた時、いきなりの衝撃。
口に広がるとてつない辛さ。
ステラは私を見て腹を抱えて笑っている。
「あはははははっ。引っかかった。引っかかった」
何か仕込んだな。うぐっ...死ぬ程かっらい。
「水水水水水ーーーーーーー!!」
紅茶をがぶ飲みしただけでは間に合わない。
水魔法を使って得た氷をボリボリ齧る。
うへぇぇぇっ。全然辛さが引かない。なんだこれーーー。
座ってるのも辛くて思わず立ち上がる。
「一枚だけハチミツの代わりにヘルソースっていう激辛ソース入れてみたんだけど相当なのね」
呑気なこと言ってんじゃなーーーーーい。
これ絶対明日も残るぞ。苦しむことになるの確実じゃん。
スーテーラー。何してくれてんだーー。
「ルナさん、大丈夫ですか」
ティアがおろおろしながらタオルを持ってきてくれる。
それを有難く受け取って顔の汗を拭き、ちょっとだけ回復したところで何もないのに足を縺れさせてしまう私。
「あっ!」
「ルナさん」
"ドターン"私を支えようとしてくれたティアをあろうことか押し倒してしまった。
それだけじゃなく今私の唇が触れているのはティアの唇――――。
「・・・・・」
「・・・・・」
柔らかい。温かい。凄く心臓の鼓動が早い。
ティアの顔。茹蛸みたい。可愛い...。
状況を忘れて私はティアと唇を重ね続ける。
「こほんっ」
ステラの咳払いで我に返って。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ごめんごめんごめんごめんなさい」
「~~~~」
ティアの身体の上から素早く飛びのく。
身体を起こすティア。その顔は未だ真っ赤なまま。
「ティア...あの」
私がもう一度ティアに謝罪をしようとした時、家のドアを激しく叩く音が聴こえてきた。
"ドンドンドンドンドンッ"