貴女の町のカレー屋さん。
リリンの町を散策中、面白いお店を見つけた。
蝋で出来た食品サンプルが店の前に飾られていて、どんなものが食べられるのかすぐに分かるようになっているお店。この店のマスコットらしい可愛くデフォルメされたゆるキャラ猫の人形が飾られていて店の看板など日本語で書かれている。
一瞬、この日本語が読めなかった。
字が難しくて読めなかったわけじゃなく、もうすっかりこの世界・フォーレストの言葉と文字に慣れてしまった私は日本語を何処か遠い別の国の言語として認識してしまったのだ。
まぁある意味間違えてはないけどね。
そんな自分に苦笑して、それから何気なく「キャット驚く美味しさ。カレーレストラン猫侍」という何とも言えないネーミングセンスの店名を読むと中から店長さんらしき人が出てきた。
「貴女、今日本語喋りましたよね?」
そう聞かれる。
何故か分からないけど今にも泣きそうな顔。
どうも訳ありらしい。
それは数時間前まで平地だったここにいつの間にかこの店が出来ていることも関係しているのかな?
そうだったら放ってはおけない。
多分、この人も転生者。この場合は転移者かな? だと思うから。
「もしかして日本から来ました?」
聞いてみると店長さんは頷いた。
営業中にあまりに暇で自暴自棄になって「異世界行ったら本気出す」ってフラグを立てたら本当にこの世界に来たんだって。
私の脳裏に天国と地獄の狭間で出会った女神の顔が思い浮かぶ。
もにゅもにゅしてて頬を引っ張ったら何処までも伸びそうなゆる~い顔。
その微笑みはこの世界のスライムによく似てる。
あの女神様が店長さんをこの世界に転移させたんじゃないのかな?
目的はよく分からないけど、なんとなくそういう気がする。
「ところで暇だったっていうのはどうしてなんですか?」
私が問うと店内に案内されてカレーが目の前に出される。
カレーなんて久しぶり。
前世に病院で美味しくないカレーを何回か食べたことある。
それを思い出しつつ出されたカレーを食べてみると壊滅的に不味かった。
さっき脳裏に思い浮かべた女神様が「お久しぶりです」って私に話しかけてきた。
「キーワード言っちゃったんですか~?」
「いえ、言ってないです。どうして私はここに?」
「あ~、よっぽど衝撃的な体験をされたんですね~。早く帰らないと本当にここの住人になっちゃいますよ~」
..............................。
「.......................ハッ!!」
間一髪私は目覚めた。
帰って来れて良かった。
あっちの住人になるのはもっともっと先でいいよ。
「どうでしたか?」
「女神様と再会出来ました」
「つまり死後の世界が見えたってことですよね? ここのカレーを食べると皆さん、そうおっしゃるんですよ」
店長さんはがっくりとした様子になる。
作り方を聞くと極普通の作り方だった。
一体何が悪いんだろう?
料理って基本的にレシピ通りに作れば変な物にはならない筈。
試しに実際に作っているところを見せてもらうことにして、見学していると店長さんはさっき自分が言ったこととは異なる材料を突然入れ始めた。
「今何を入れたんですか? 後、名前教えてください。呼びにくいので」
「今入れたのは塩です。名前は元村楓って言います」
「楓さん。どうして塩を大量に?」
「アレンジを加えてみようかなって思って」
「アレンジ...」
それからも楓さんはアレンジの名目でパクチーやらシナモンやらなまこやら得体のしれないキノコやら明らかに腐りかけてるよねって思う謎の魚やらをカレーに加えた。
物凄く気持ちの悪い物体が煮込まれている。
見た目も匂いも凄い。私、よくこんなの食べれたなぁって自分で自分に感心した。
カレー粉で全部誤魔化されてたからだって信じたい。
「こんなに創意工夫してるのにどうして美味しくならないんでしょう?」
自分が作ったカレーを見て楓さんは不思議そうな顔。
そんな顔をする貴女のほうが私は不思議です。
「味見してないですよね? ちょっと食べてみたらどうですか?」
至極当たり前のことを提案してみた。
これで美味しいです。って言われたらどうしようって思ってたけど、私に言われた通り味見をした楓さんは向こうの世界に一度行ってから戻ってきて「この糞不味いカレー作った奴出てこい」って叫んだ。
貴女です。
「こ...こんなにも自分の作る料理が独特だとは思いもしませんでした。これじゃあお店も閑古鳥が鳴いて当然ですね」
独特って言葉で味を濁したけどはっきり言ってこれは人の食べ物じゃないよ。
さすがに落ち込んでるから追い打ちをかけるようなことは言わないけど。
「でもどうしてアレンジをしようって思ったんですか?」
普通に作ってたら良かったのに。
調理師免許を取れるくらいだもん。
多分本当の料理下手ってわけじゃないんじゃないのかな。この人。やれば出来る人なんだと思う。
「だって料理人と言えば創意工夫じゃないですか。いろんな料理漫画でも普通の料理じゃなくてアレンジした料理で対戦相手に勝ってますよね。私はあれに憧れて」
ああ。うん。なんとなく分かった。
この人あれだよね。つまりステラタイプなんだね。
そうなら扱い方もなんとなく分かるかも。
「あのですね。一度でいいので普通のカレーを作って見てもらえます?」
「ええ。そんなのつまらないじゃないですか」
「一度でいいので」
「分かりました。一度だけですよ」
楓さんは渋々調理場に立って普通にカレーを作り始めた。
そうして出来上がったカレー。
うんうん。これこれ。普通のカレー。
「美味しいです。やっぱり普通が一番ですよ」
「しかし料理人のアイデンデティが」
「お客さんから美味しいって言ってもらうほうがいいと思いません?」
「しかし...。ぐぬぬぬっ」
「カレーってこの世界に無いですし、普通に作ったら普通に儲かると思いますよ? ただ材料が無くなったらどうするかが問題ですけど」
お店ごと転移したから材料はお店に幾らかある。
それは調理場の見学時に確認した。
でも数には限りがある。
無くなってしまった時このお店がどうするかが考えないとダメ。
唸る私に対して楓さんは事も無げに「それなら大丈夫です」なんて言い出した。
「どういうことですか?」聞いてみたらこの世界に転移した際、<<世界の歩き方>>なるマニュアル本が置いてあってそれを読んだ楓さんはスキルを習得したらしい。
そのスキルこそ日本の食材をこっちの世界に仕入れられるっていう楓さんのみが使えるユニークスキル。
羨ましい。それ欲しい。そんなのあったら日本食食べ放題...。
と思っていた時期が私にもありました。
「ただ仕入れられるのはカレーの材料だけなんだけどね」
とってもマニアックだった。
...気を取り直して。
「で話を戻しますけど普通に作れば繁盛すると思いますよ?」
「異世界に来たのに普通なんてつまらなくないですか?」
「異世界に来たら本気出すって言ったのにそんなこと言い出すってことは楓さんの本気って今以上に作ったものをこき落されることを頑張るってことですか? ドMですか?」
わざと棘がある言い方をしてみた。
正直段々面倒臭くなってきたのだ。
「でもでも異世界ですし。私だって頑張れば」
「もう面倒臭いのでハッキリ言います。漫画は漫画なんで現実を見てください」
漫画が悪いものだとは思わない。
地球にはゲームやら漫画やらが悪影響を与える! とかってどうしてもオタク文化を悪者にしたい人達もいたけどそれなら世界は何万回滅びていることやら。
結局は本人のモラルやらマナーやら性格の問題だと私は思う。
ただ、まったく影響がないかと言うとそうじゃなくて...。
良い意味でも悪い意味でも多少なりとも影響はある。
この人の場合それをこじらせすぎてるから変なことになってるんだ。
幼少時に敵がいないのに正義のヒロインに憧れる感じかな? ちょっと違う?
「せっかくプロの料理人になれるチャンスを再び与えてもらったのにそれを不意にするなんて勿体ないじゃないですか。普通の人はこんなチャンスなかなか無いんですよ?」
「っ」
私の言葉に楓さんは揺らいでいる。
よしよし。あと一押しかな。
「格好いい料理人ってライバルを蹴落とすだけの料理人でしょうか? 漫画の主人公達は自分の料理を愛していませんでしたか? 今の楓さんは自分の料理好きですか?」
う...。言っておいてなんだけど私臭いな。
こんな臭い台詞良く言えたよ。
頑張ってる。頑張ってるよね。私。
「そうですよね...。確かにそうです」
「はい。なので自分が好きだって思う料理を作ってください」
「...分かりました。私、目が覚めました。あの...」
「あ。名前言ってませんでしたっけ? ルナ・アマオカって今は名乗ってます。前世は天岳瑠奈」
「瑠奈...。ルナさん。私もカエデって名前変えます。それでこの世界で世界一の美味しいカレーを作るカレー屋さんになります」
「はい。頑張ってください。カエデさん」
「はい。そうと決まれば」
カエデさんは店内・外の日本語をすべてこちらの世界のものに書き換え始めた。
私もそれを手伝ってこの店を新しいものに改装していく。
今まで気にしなかったけど、どうもこっちの世界に転移・転生した時点で言語は習得済になるらしい。
女神様のプレゼントなのかな? こっちでの生活に私達が困らないようにって。
ゆるい方だったけど、そういうとこちゃんと考えてくれてたんだなぁ。
そう思うと私は勝手に頬が少し緩んだ。
◇
後日。
「最近新しく出来たカリーって言うんですか? あのお店のお手伝いルナさんがなさったそうですね?」
「いや。あの...そうですけど。でも...」
私は今、アルバトロステイルの店長さんことマルグレットさんに詰め寄られている。
なんでもカエデさんの影響でお店の売り上げが若干落ちたのだとか。
うん。カエデさん、頑張ってるんだなぁ。
ここのところクエストに忙しくてお店行けなかったから今度カレー食べに行こう。
何がいいかな? チキンカツカレー? それともオーソドックスにビーフカレー?
「ルナさん」
「はい!!」
頭の中にカレーの数々を思い浮かべてたら現実に引き戻された。
「これはもうルナさんに責任取ってもらうしかないですよね? うちも改装手伝ってください」
「うっ....」
ちゃんと手伝いました。
今までメイドっぽい服だけだったのを執事っぽい服も増やしてみた。
それからメニューも一部改訂。これによってアルバトロステイルは売り上げが回復した。
そしてその後カレーを食べに行ったら今度はカエデさんに忙しくて人手が足りないから手伝って欲しいと言われてこっちも手伝った。
労働はいいですね。
でもそろそろ休みください...。
アルバトロステイルと猫侍合わせて一ヶ月休みなしの連勤なんてとんだブラックだよ!!
文句言っても仕方ないから必死に一ヶ月働いた。
そして次の一ヶ月は何もしなかった。...わけではなくて家族サービスに奔走した。
そろそろ休み....。
こんな感じで私の異世界生活はこれからも続いていく。
これにて完結です。
もし続編が望まれたり、反響がそれなりにあればとりあえずはノーマル版 or ノクターン版で番外編という形でルナ達のゆる活動を書いてみようかなって思ってます。
ですがひとまずは。
これまで拝読、評価、ブックマークなどいただきありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。
↓外伝もよろしくお願いします。
転生したら最強の魔法使い。ルナと仲間達の異世界奇譚。
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