又一人、甘えられる人が増えました。
グリモア帝国首都ソロモン。その宿アンモナイトロール。
あれから魔王様にお城への滞在を勧められたけど丁重に断った。
だって落ち着かないし、また何かあったら嫌だし、それにどうも肌に合わない。
私ってとことん庶民なんだなぁって苦笑いする。
せめてもと夕食は一緒にいただいたけど雰囲気のせいかあまり楽しめなかった。
それよりもお城を出てから城下の商店街で買ったガルーダの焼き鳥のほうが美味しかった。
「はぁ...」
今は一人でゆったり温泉・天然岩の露天風呂。
他の皆。ティアとルティナとプラムは旅の疲れから寝ちゃったし、ステラとクレタは別々の部屋を取ったから今頃何してるのか分からない。昼頃聞いたステラの爆弾発言のことを考えるとあの二人は私が考えているよりも実はもっと先に進んでるのかも、ね。
「・・・・・」
近くの岩に頭を乗せて夜空に瞬く星々を眺める。
この世界の星は視界を妨げるものが少ない為によく見える。
地球で見ることが出来る星座と似たようなものもある。
私の名前の由来「月」もよく似ている。
なのに地球を思い出して感慨深くならないのは私にとってこっちの世界こそが自分の居場所って感じがするからだろうか。
あっちの世界ではあまりいいことがなかった。
それに比べてこっちの世界では幸せなことばかり。
大切な仲間が出来て、好きな人が出来て、その好きな人との間に子供が出来た。
他にもこれまで出会った人達との思い出は全部楽しいもの。
涙が零れる。勿論嬉し涙。頭をもたげで湯を顔に掛けてみてもまるで止まらない。
「私、この世界に来れて良かった」
それは独り言の筈だった。
けれど思わぬところから返事が来た。
「奇遇だね。わたしもだよ」
いつの間にそこにいたのか。私の真横。
びっくりして涙も引っ込んでしまった。
「ま、魔王様!? どうしてここに?」
「ここは泊まらなくても入れるから。たまに湯治に来るの」
そうなんだ。わざわざここまで来なくてもお城にはここより大きいお風呂ありそうだけどなぁ。
「それより黒炎の魔導士。..ルナって呼んでいい?」
「はい。そっちのほうがいいです。黒炎の魔導士って実はあまり好きではないので」
「ふ~ん。そんなに気に病むことないと思うけどね。ルナは少なくとも迎撃部隊の女性達を救ったんだから。貴女がそれを否定すると彼女達の気持ちも否定することになると思うけどなぁ」
「どうしてそれを!?」
可能性としたら前にコーネリアさんが言ってた吟遊詩人..かな?
「数年前に王都から吟遊詩人が...」
「あ、はい。もういいです。やっぱりそうなんですね」
どんだけ広めてるのよ。その吟遊詩人。もしかしてもう世界中に広まってたりするんじゃ。
「ルナは立派だよね」
「えっ?」
突然そんなことを言われてびっくりしてしまった。
「だってよく頑張ってると思うよ。他人には見せてないけど魔力の抑え方とか勉強してるんでしょ?」
「魔王様」
「ナナカでいいよ」
「ナナカ様」
「様はいらない」
「ナナカさん。さすが魔王ですね。私の全部を見透かされてるみたいで少し怖いです」
「簡単な推理だよ。前にオーク戦では力の下限に失敗して王都に大混乱を齎したのにリッチ戦では力を完璧に制御してた。それは一朝一夕で身に着くものじゃない。だとしたら導き出される答えは魔導書を読み込んで制御の仕方を覚えたってなるじゃない? 当たってる?」
「...正解です」
「どうして他の人にはそれを知られたくないの?」
「簡単ですよ。格好つけたいからです。特にティアとルティナの前では本当の自分よりも優れた自分でいたいっていうか...」
「でもそれって疲れない?」
「っ。それは...」
たまにはそう思う時もある。
それでも私は好きな人と子供には尊敬される自分でありたい。
実は見栄っぱりなんだ。私って。
「それでも好きな人にもっと好きになってもらいたいから」
「そっか。その気持ちは分かるよ。でも弱い自分を曝け出せる存在もいたほうがいいと思わない?」
「それならティアが...」
矛盾してるけど私にとってティアは強い私を見せたい対象であり、弱い私を見せれる対象でもある。
彼女がいてくれるから私は今の私でいられる。
「う~ん。あのね、ルナ。わたしをお姉ちゃんって呼んでみない?」
「はい?」
「ルナって仲間と恋人、子供...妹はいても姉と母親はいないでしょう? だからわたしをお姉ちゃんにしてみない?」
いきなり何を言い出すんだろう。
確かに私にはお姉ちゃんも母親もいない。
だからって何故ナナカさんを? 意味分からない。
「ルナとは出会ったばかりだけど同じ転生者だし。力になってあげられると思うよ?」
「けど...」
「わたしは二十二歳で大人だからいいけど、ルナはまだ十六歳なんだから。甘えられる人が必要なんだよ」
「私、不老不死だから歳取らないだけで実際はもっと年上ですよ?」
「それならわたしも不老不死だよ? ルナと比べたらおばさんだよ?」
「その顔で言われても。全然そんな感じしませんよ」
「でしょ? ルナも子供だよ?」
うっ。なんだかうまく丸め込まれていっているような気もする。
「わたし可愛い妹欲しかったの」
満面の笑みのナナカさんに私は不意に抱き締められた。
いい匂いがする。どうしてか安心する。
「お姉ちゃんって呼ぶのが嫌なら単純にわたしを利用するだけでもいいよ? 疲れたときにここにおいで?」
利用って。さすがにそれはナナカさんに失礼だろう。
「ルナ。前世辛かったね。よく頑張ったね。この世界に来れて良かったね。幸せになれて良かったね」
「.....っ」
ずるい。そんなこと言われたら。優しい声で言われたら。温かい目を向けられたら。
私は――――――――。
「ナナカ...お姉ちゃん...」
止まっていた涙がまた零れる。
「良い子。ルナ」
私は完全に陥落して長い長い間、ナナカお姉ちゃんの胸の中で小さな子供のように泣きじゃくった。
◆
「また一人女の子を墜とした」
「?」
「なんでもないよ。ルナ」
◆
この世界でお姉ちゃんも出来ました。
◇
翌日この宿の名前の由来らしいアンモナイトのパンとコーンスープ、野菜サラダを朝食にいただいて、それから私達を迎えに来たウルレレさんに連れられてこの旅の目的・魔王ナナカお姉ちゃんとの邂逅は終わったからもう一つの目的地へ。
水着で入れる銭湯。スライムの滑り台。
行ってみるとそこはスーパー銭湯だった。
前世の東京ドームみたいな建物の中にいろんなお風呂と遊び場。
スライムの滑り台は屋根まで届く巨大さでちょっと怖かった。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
魔族の町で三泊四日過ごしてリリンの町への帰郷の時がやって来る。
「「「「「「お世話になりました」」」」」」
私達は見送りに来てくれたナナカお姉ちゃん達に頭を下げる。
少ししてから頭を上げるとナナカお姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。
「ルナ。またおいで」
「うん、ありがとう」
「しばしのお別れが終わりましたら皆さま、こちらへどうぞ」
帰りの船の操舵はウルレレさんが担当。
セイレーンやウンディーネも当たり前に乗り込んでくる。
「帰りは歌ってもいいですよね?」
「近くに他の船がいなければね」
「リヴァイアサンも呼びますね。シーサーペントも」
「なんで?」
「あの子達も一緒に遊びたいって言ってたので」
あ、これって帰りのほうが大変なことになるパターンだ。
荒れるぞ。これは荒れるぞーーーー。
アリマ公爵領の港に着いた時。私達は仲良く船酔いしていた。
◇
その違和感には懐かしい我が家の敷居を跨いでから気付いた。
私はいつナナカお姉ちゃんに年齢を教えた?
私はいつナナカお姉ちゃんに前世の話をした?
どちらもしてない。
あの魔王様。やっぱりそうだ。食えない。
私は苦笑いを浮かべた。




