押すなよ、押すなよ! フラグ回収しました。
飲まなきゃやってられない時もある。
◇
港から船で四時間。
次から次へと襲い来る魔族達の迷惑で愉快な接待に一喜一憂。
漸く陸地に到着して下船した頃にはそれはもう私達はくたくたに疲れていた。
「皆さま、船中のもてなしは気に入ってくれたみたいだね。ナナカ様に良い報告が出来るよ」
勇者クララの眩しい笑顔。
気に入ったか気に入らないかは置いておいて、飽きなかったのは事実かな。疲れたけど。
「じゃあ魔王ナナカ様のところに案内するからまた着いてきて」
そう言って私達を先導する勇者クララに私達は従う。
魔族の国グリモア。確か船の中で聴いた話だと首都はソロモンって言ってたかな?
出発前にプラムに魔族の町の概要を聞いていても何処か信じられないところがあったけど、全部本当のことだった。
私の前世の知識にある暗くて怖いイメージなんて何処にもない。
むしろおしゃれで、賑やかで、ここに生きる魔族達は活き活きしてて表情がとても明るい。
「ここは観光案内所だよ。魔族の神社を巡ってスタンプラリーを集めよう! っていうイベント開催してるから良かったらやってみてよ」
勇者クララの案内で一旦立ち止まる。
そこには彼女の言う通り観光案内所と軒に書かれた堅牢な建物。
魔族の神社。神社...。魔と神って対立する関係なのではないの?
魔族系の神様が祀られてたりするのかな。
「神社にはミネルヴァーナ様にディアーナ様、ウェヌーナ様。この世界を創造した三柱の女神様とエルフェリーナ様とドワーナ様、ソーロモン様がそれぞれ祀られてるよ」
主に人間が信仰してる三柱の女神とエルフが信仰してる女神、ドワーフが信仰してる女神に魔族が信仰してる女神。
ほんとに国際色豊かだなぁ。魔族!!
私を転生させてくれたディアーナさんが実はこの世界の三柱の女神の一人だったってのは学園に通い出してから知った。
死神は副業で本業はこっちなんだとか。
神様の世界にも副業ってあるんだね。
ところでこの状況にはティアが複雑な表情を浮かべていた。
神官だしね。自分達が信仰する神様が魔族にも信仰されてるのは若干の抵抗があるよね。
「次の場所に行くね」
それから勇者クララは商店街や憩いの広場、魔族の学園、温泉地、テーマパーク、最後に何故か墓地などを案内してくれた。
既視感がある。この町ってリリンの町と以前仲間で行ったローズ村を合わせたような感じだ。
「クララさん」
「うん?」
「この町は女性魔族しかいないようだけど。男性魔族と女性魔族は違うところに住んでるの?」
これがリリンの町を思わせる。
今まで見てきたところ全部女性魔族しかいなかった。
墓地も女性アンデットが楽しそうに宴会してたし。
あのお酒とお摘みはお供えのもの...かな。
「男性魔族はナナカ様が魔王になられた時に無人島に追い出したから今はいないよ」
追い出した? 追い出したって...。ちょっと同情するなぁ。強く生きて。
「だから向こうが今は何してるのか知らないけど時々他種族に迷惑を掛けてるらしいじゃないか。ナナカ様が迷惑してるんだ。こっちが何もしてなくても向こうが何かしたら魔族っていう一括りで他種族から嫌悪の目を向けられたりするからね」
そう言えばオークもイエローリザードマンもイエロードラゴンも全部男性系魔族だったなぁ。
思えば私も少なからず偏見の目で見てたところあったかもしれない。反省。
....追い出されたからなんじゃって気もするけど気にしたらダメかな。
「ごめんなさい。私もそういうところあったかも」
「すみません、私もです...」
「あたしもそう思ってた。ごめんなさい」
「自分も多少なりともそういう所があった。すまない」
「プラムは遺憾の意を表明する」
「ごめんね、プラム」
私の娘ルティナを除く他四人が全員沈痛な面持ち。
勇者クララは苦笑いをして。
「分かってくれたらいいんだよ。次から少しでいいから気を付けて見てみて」
そう言うと立派なお城の前で立ち止まる。
何処かで見たことがあるような建築デザイン。
それより多分ここに魔王がいるのだろう。
うう..。今頃になって緊張してきた。
「魔王ナナカ様に会いに行くよ」
勇者クララは私の背丈の三倍はあると思われる門を手で叩く。
すると門は地鳴りのような音を立てて地面に沈んだ。
いや、そこは開くところじゃない? 何故沈むかなぁ。
これにより開かれて枠だけとなった空間に勇者クララは躊躇なく歩いていく。
私達も後に続くとお城の入口扉が開いて中から上半身は人間の女性、下半身は蛸の足のメイド服を着た女性魔族が出てきた。
「ここからは魔王ナナカ様の三番目のハーレムメンバー。ウルレレがご案内致します。クララさん、ここまでの案内ご苦労様でした」
「ありがと。後は任せたよ。僕は街の警備に行ってくるね」
「ええ。警備という名の買い食いですね。行ってらっしゃい」
「だっておもてなしってお腹空くんだもん」
「お客様の前で失礼ですよ。黒炎の魔導士様方、クララが失礼しました」
惚れ惚れするような丁寧なお辞儀。斜め45度。深い敬愛の時に使われるもの。
それはいいけどここでも黒炎の魔導士。
やめ......。もういいや。諦めよう。
「では黒炎の魔導士様方、こちらへどうぞ」
ウルレレさんに導かれてお城の中へ。
中はやっぱりとても広くて綺麗。
壁にかけられている高そうな絵画、立派な台座に設置されている黄金の壺、敷かれている艶やかな赤の絨毯、白の大理石で作られている三つ又の階段。
根っからの庶民の私には正直辛いです。震えます。冷や汗が出ます。
一つ一つの調度品。一体幾らくらいするんだろう。
もし万が一壊してしまったら私達はどうなるんだろう。
弁償ですむ? それとも毒杯とか飲まないとダメ?
怖い。ここに長居したくない。
「もし調度品などを傷つけてしまった場合は身体で支払ってもらうことになるので気を付けてくださいね」
「「「「「ひっ、はいぃぃ」」」」」
ウルレレさんの冷たい声に私達全員の声が重なる。
ここに住んでいたらしいプラムだけはなんのこともないといった態度。
羨ましい。その余裕ぶりを少し私達に分けて欲しい。
恐怖でガチガチになりながら私達はウルレレさんに大人しくついていく。
「ステラ。調度品には触るなよ。絶対に触るなよ。触るんじゃないぞ!」
クレタ。その押すなよ押すなよ! みたいな言い方やめて。フラグになりそうで怖い。
「分かってるわよ!」
階段を上り終えて長い廊下。
クレタの言葉で注意散漫になった。と言うわけではないだろうけどステラが何もないところで足を縺れさせる。
「「「「「「「あっ!」」」」」」」
スローモーションの世界は実在した。
私は転んだステラがまず壺の台座を傾かせ、それに伴って壺が宙に飛んで行き、二メートル程向こう側にあった騎士の鎧にぶつかってそれを倒し、鎧が持っていた剣が宙を舞って反対側の壁に飾られていた絵画を切り裂く。そんな一部始終をゆっくり動く世界の中、どうすることも出来ずただ見つめていた。




