屋形船のウンディーネ。
おいでよ! 秘境デモンズ温泉。by.魔族観光組合
水着で入れる温泉。子供も楽しめるスライムの滑り台もあるよ。
そんな内容の広告がポストに入っていることを発見したのはその日の授業を終えて学園から家に帰宅したばかりの時。
よくある感じの客引き広告だったからその場で魔法で焼却処分しようとしたらプラムに止められた。
「ルナ姉さん。それは魔王様からの招待状だと推測する。まずはじっくり内容を見てみて欲しい」
「えっ!」
言われてもう一度広告に目を通す。
何処からどう見てもやっぱりただの広告。
..と思ったら下の方に物凄く小さな字で「黒炎の魔導士ルナ様ご一行ご招待のお知らせ」と書いてあった。
いやいやいや。なんでそんなに小さいの!!
それになんで広告で送って来るの!!
せめて手紙とかハガキで送ってきてよ。
プラムに言われなかったら今頃灰にしてるところだったよ。
後、黒炎の魔導士は黒歴史だからやめてって。
ついに魔族の町にまで広がったのかっ。
..........。
この世界に来てから私、妙に突っ込みが多くなってきた気がする。
私の周りに集まる人達、癖がある人達が多すぎなんだよね。
とするとこの招待主も。
「辞退してもいいかなぁ」
面倒臭いことから逃げたくなるのは人間の本能だと思う。
苦労は買ってでもしろ! とか適当なことを言う老害さんは自分が若い頃に苦労したから今の若い人達にも苦労させたいだけだよね。あれってさ。
そんな無価値な言葉聞く必要なし。
従って目の前の厄介ごとから逃げることは悪いことじゃない。筈。
「ということでプラム断ってき――――」
「ルナお母様。魔族さん達の町行ってみたいです」
「よし! 行こう。今度の週末に皆で行こうね」
「はい!」
「ルナ姉さんは親バカが進行しすぎているとプラムは思う」
その台詞皆から言われてるなぁ。
自覚はあるよ? けど直さない。娘が可愛いんだからって私は開き直るよ!
「ところで魔族の町なのに温泉とか観光地とか書いてあるけど、これどういうこと?」
強烈な違和感を覚えたのでプラムに尋ねてみると意外な言葉が返ってきた。
「ルナ姉さん。魔族の町は観光地になっている。だからルナ姉さんの質問はおかしい」
「えっ。だって魔族の町っておどろおどろしい、幽霊町みたいなのじゃないの?」
「ルナ姉さんの知識は古い。それは数十年前に終わりを告げている」
そ、そうなんだ。
一体何がどうしてそうなったのか。
この世界に来てから十年程度しか経っていない私には詳しいことは分からない。
ただ一つ、思ってるより楽しめそうな予感がするのは確かかな。
何はともあれ行ってみたら分かるか。
私達の可愛い娘・ルティナと目線を合わせて彼女の頭を優しく撫でる。
羨ましそうにその様子を見ていたプラムも手招きしてこちらに来させて両手で。
「今夜から準備しようね」
「はい! ルナお母様」
「当日はプラムが皆を乗せていく。道中は安心して欲しい」
「それもいいけど、ゴーレム馬車で景色を楽しみながらっていうのもいいかなって」
「途中まではプラムもそれを肯定する。ただ魔族の町は海を渡らないと行くことが出来ない。船かプラムかどちらかを選択になる」
「それなら港からはプラムお願い」
「任された」
「楽しみです」
「だね」
こうしてパーティメンバー全員で魔族の町に遊びに行くことが決まった。
◇
ゴーレム馬車を何度か乗り継いで景色と旅にはしゃぐ娘の笑顔をティアと見守りながら走り続けること数時間。
港に辿り着いて、ここからはプラムの背中に乗って移動となる。
しかしプラムが真の姿になろうとした時、私達から少し離れた場所から声がかかった。
「黒炎の魔導士様ご一行ですか?」
それやめて。私のライフは半分よ。
「....アークウィザードのルナです」
「良かった。間に合ったみたいだね。黒炎の魔導士様方こちらに来てくれますか?」
ぐっ...。悪気が無いのは分かってるよ?
分かってるだけに余計に胸が痛い。
「あの...黒炎の魔導士って呼び方。出来ればやめてもらっていいですか?」
「え? どうしてです? 素敵な称号だと思うけど」
「黒歴史で得た称号なんです。それ。それより貴女は?」
「ああ。あ、名乗ってなくてごめんなさい。僕は魔王ナナカ様の五番目のハーレムメンバーで勇者のクララ・トレーシー。ナナカ様から皆さまをもてなすよう言われるから着いてきて」
待って。ハーレムって何? 勇者って言った? どうして魔王の付き人やってるの?
私は何から突っ込めばいい――――?
天を仰いだら空が青かったから全部飲み込んで突っ込むのをやめた。
あの空の雄大さに比べたら私が抱えたモヤモヤなんてちっぽけなものだよ!
「こっちだよ」
勇者クララの案内で私達は港に停泊している専用の船に乗り込む。
船っていうか、これ生物だけどね。
魔物の上に屋形船の屋形部分太いベルトで縛り付けて乗っけただけだけどね。
バハムートだっけ。巨大魚の魔物。前世日本では何故かドラゴンの姿で描かれることが多かったけど、こちらが正しいんだよね。
「では出発するね」
勇者クララが舵を切ってバハムート船が海を走り始める。
暫くすると屋形船に控えていた魔族達から料理が運ばれてきてそれに舌鼓を打ちながら船の旅。
新鮮な魚介類。お刺身がとても美味しい。
皆でわいわい楽しくいただいていると、今度は青く透き通った女性魔族が壇上に上がってマイクを握る。
「セイレーン歌います。曲は沈没の歌」
待て待て待て待て! それダメでしょ!!
「あ! 妹も海の中から上がってきたのでデュエットします」
海の中から――――!?
私達は全身全霊で必死に止めた。
セイレーンは残念そうな顔してたけど、近くに漁船いたからね。
あのまま歌われると大惨事になってたよ。
「魔族のもてなし、怖い」
「ルナさん、別の方が壇上に上がられるみたいです」
今度は誰?
どうか疲れる相手ではありませんように。
「こんにちは。ウンディーネです。何か芸をやれってセイレーンに無茶ぶりされたのでとりあえず水の舞いやります」
ウンディーネはそう言うと日本の国旗が描かれた扇子を両手に持って踊り始めた。
時々扇子から水が小さく噴き出される。
ザ・宴会芸って感じかな。
地味だけど安心して見てられる。
「楽しくなってきたので歌います」
「では我々も」
「セイレーンはやめて。ほんっとにやめて」
「残念です」
しょんぼりされた顔されてもさ...。
「曲は十八番の弥作です」
なんだそれ。
曲が流れるとまごう事なき演歌だった。
何故演歌――――!!!
もう嫌だ。この魔族達。
疲れる。
「やさく~やさく~♪」
「聴いたことないメロディですね」
「ティアお母様、これはなんていう音楽のジャンルなんですか?」
「さあ、分かりません。ルナさん知っていますか?」
「...なんだろうね」
「ルナお母様も知らないんですか?」
「...うん。ごめんね」
「お母様達が知らないことを知っているんですね。魔族の方達って凄いですね」
「...プラム、あのさ」
「?」
「魔王様ってどんな魔族?」
「魔王様は偉大な魔族。プラムより何倍も強く、又知力にも優れている」
「ウンディーネにあの歌教えたのはその魔王様?」
「間違いない」
そっか。日本からの転生者だね。
「ほほほんほんほ~♪」
「この曲あたしの故郷の大叔母さん達が好きそうな気がするわ」
「自分も皇太后様が好きそうだなと思っていたところだ」
あ~、なんとなく分かる。
演歌ってそういう年代の人達に好まれるよねぇ。
「どんぶらこ~ん~♪」
屋形船に流れるド演歌。
私はそれを右から左に聞き流してコップのお茶を一気に飲み干した。
お茶で言うのもおかしいけど。
飲まなきゃやってられない時もある。




