自分が美少女すぎて辛い。
「赤ちゃんからじゃないんだ」
草原で目を覚ました私は開口一番にそう言った。
記憶は全部残ってる。
前世のことも「天国」と「地獄」の狭間らしき場所のことも。
そこでの死神さんことディアーナさんとの会話も全部。
「本当に生まれ変わったんだ...」
草原の大木に背中を預けるようにして座っていた身体を起こして具合を確かめてみる。
手、足、首、腰。全部私の思い通り動く。痛みもない。呼吸も全然苦しくない。
ただ何故か身に付けているのが入院着なのが気になるけど今はそんなこと二の次。
以前の身体と違って自分の思い通りに動くことが嬉しい。
立ち上がって屈伸する。走り出す。数十メートル走ったところで足がもつれて地面に転がる。
「はぁはぁ...。苦しい。痛い。あはははははっ」
肩で息を整えながら地面に大の字になる。
流れていく雲。見ていると自然と涙が頬を伝って零れ落ちる。
前世一度も外に出たことなんてなかった。
病室だけが私の世界の全てだった。
窓から見える外の世界にどれだけ恋い焦がれたことか。憧れたことか。
たまに調子が良くても思うように動いてくれなかった身体。
私のものなのにって何度癇癪を起したか分からない。
思えば看護師さん達には迷惑をかけてしまった。
両親はこの件に関しては一年に一回くらいしかお見舞いに来てくれなかったからそうでもないけど。
風がざわざわと草を揺らす。
その風に乗って私の鼻に届く花々と草の匂い。
入院着の袖で目を擦って涙を止めて、半身を起こして改めてこの世界の最初の景色を見てみる。
広々とした草原。左手に色とりどりの花々が咲き誇っていて昆虫達がその花の上で踊っている。
頭上には天高い青の空。その青の空を浮かんで流れる白い船・雲。
「・・・・・」
呆けている間に地面に着けていた右手にひやりとした感触。
驚き、手を引っ込めて慌てて何があったのか確認するとそこにはゲームで見たことがある生物・スライムの姿。
ここは剣と魔法の世界だってディアーナさんは言ってた。
だからこういう魔物も当然いるんだ。
立ち上がってスライムと見つめ合う。
よく見ると可愛い。動きがぷにょぷにょしててそれが可愛さに拍車をかけている。
この子害なんてないんじゃないかな。
放っておいてもよさそう。
なんてことを考えていたら...。
スライムは仲間を呼んだ。
一匹、二匹、三匹...十匹。結合して一匹の巨大なスライムになる。
こうなると可愛くない。
後、巨大スライムが這った跡の草が体内に吸収されて分解されてる。地面は無事。
これってつまり、もし私が取り込まれた場合は服だけ溶かされちゃうよーってやつじゃないかな。
冗談じゃない!! 転生早々露出狂みたいになってたまるか。
「三十六計逃げるが勝ち」
巨大スライムに背を向けて逃走を図る。
幾らか走って後ろを振り向くと飛び跳ねながら私を追いかけてきている巨大スライムの姿。
スライムのくせに案外早い。
このままだと追い付かれるのは時間の問題――――。
脳裏にスライムまみれで裸にされた自分の姿が思い浮かぶ。
恥ずかしい。それだけは絶対に嫌。
「でもどうしよう。どうしたら。こんな時ってゲームのキャラ達ってどうするんだっけ?」
走る。走る。必死に走る。走りながら考えて思いつく。
「魔法! そうだ、魔法だよ。私って天才魔法使いなんだよね? だったら...」
前世に読んだライトノベルで魔法を使う時は体内の魔力を感じることからって見たことある。
体内の魔力ってようするに血液みたいなものだよね?
イメージすると案外簡単にその尾っぽみたいなものを掴むことが出来た。
次に射出する魔法のイメージ。
これはロールプレイングゲームでよく見るそのままのものでいいと思う。
「よし!」
決意を込めて足を止める。
巨大スライムに向き直り、両手を前に突き出して再度イメージする。
「フレイムボルト」
私の両手のほんの少し前に最初は球状の何かが現れる。
おそらく魔力の塊? 徐々に渦を巻き、炎を纏い、それは巨大スライムに襲い掛かる。
スライムの成分は実に99%が水らしい。これもライトノベルで知識を得た。
巨大スライムを舐めるように焼く魔法の炎。
不思議と熱さを感じないのは私が術者だからかな?
炎の中の巨大スライムが少しずつ溶けていく。蒸発していく?
数秒程で巨大スライムは何か石のようなものを残して跡形もなく消え去った。
「お~.....」
自分の力に唖然としながらも石を拾って入院着のポケットに入れる。
その時手に当たるもう一つの硬い何か。
取り出してみると虹色に輝く小判状の平べったい鉱石?
よく分からないからすぐに再びポケットに収めたけど、この時私はこの鉱石がとんでもない値段のするとてつもない貴重なものだなんて知りもしなかった。
それからも魔法の実験も兼ねてポンポンスライムを倒して回った。
そんなことをしているうちにだんだん面白くなってきて魔法を使わず拾った木の棒で殴って倒したりもした。
百匹を数えたくらいのところで疲れてきて一休み。
草原内の森に分け入り、暫く行ったところで湖を見つけ、しゃがみ込んでなんとなく覗き込んでみる。
水面に映る黒の丸いくりっとした瞳、あどけなくも麗しくも見える顔立ち、濡れた烏羽のような黒い艶やかな髪は右側から全部垂れていて手の肘よりも少し先の位置にある。
「誰。この美少女」
そんな感想が口を突いて出た。
本当に美少女だよ。実際ミスコン出たら優勝出来るって思う。
これって今の私だよね? 自分が美少女すぎて辛い。
「・・・・・」
私は長い時間そこで金縛りにあったみたいに動けなくなった。
森に鳥の鳴き声が木霊して、それで漸く我に返ってのろのろと両手を湖につける。
ひんやりとして気持ちいい。試しに掬ってみると手の平から零れ落ちるさらさらとした水質の水。
「これなら飲めそう」
再度手を水につけて掬って全部零れて無くなる前に口をつける。
美味しい。生き返る。自分で思ってたより喉が渇いてたみたい。
私は四回水を掬っては飲みを繰り返した。
◇
森から出たら黄昏時。
私は途方に暮れていた。
町とか村とか何処にあるの?
このままだと野宿することになっちゃうんですけど!!
右見ても、左見ても草原。背後は勿論森。何処にも人の影なんてない。
これまではハイテンションになってたからそれに助けられてたけど、冷静に戻った今はとっても心細い。
スライムが私の前を横切っていく。
反射的にフレイムボルトを叩き込む。
燃え盛る炎。
森のほうから人の気配。
「とてつもない魔力を感じたから駆けつけてみましたが、貴女は一体何者ですか?」
人だ。人。天の助けだよ!!
「あの」
「はい?」
「この近くに町とか村ってありませんか?」
それから私はその人にここから一番近い町まで案内してもらった。
親切な人と出会えて良かったよ。