ティアと食べたチョコはとびきり甘くて美味しかったです。
連日のように降り続く白い雪。
今年は特に寒さが厳しい。そんな冬。
私はリリンの町の商店街に新しく出来たお菓子の店の前にいた。
アリマ公爵様がまた新しく公爵領に広めた私には馴染みのある行事。
聖バレンタインデー。
今日はその行事の為に今はまだここでしか売られていないチョコレートを買いに来た。
カカオからチョコレートにするのって結構大変なものらしい。
アリマ様はまだ試行錯誤を繰り返している状態。
だからまだここでしか現物は手に入らないし、それ故高級な嗜好品扱いになっている。
板チョコ一枚一万ゴールド。高い!! 宿屋に一泊、上手くすれば二泊は出来る値段だよ。
スライム五十匹討伐して得られる価格だよ!
この分だとバレンタインデーが前世日本みたいにチョコレートを贈り合う日になるのはもう少し先かな。
今は想いを伝える為にチョコレートを贈るのは貴族様の趣味の延長上みたいな感じでしかない。
平民はチョコレートの代わりにパウンドケーキとか、手紙とかを送り合ってる。
それはそれでいいんじゃないかなって私は思うけど。
そもそもバレンタインにチョコレートって日本だけの習慣なんじゃなかったっけ?
海外では今のこの国の平民がやってるように手紙を送るのが一般的って聞いたことあるような、無いような。
でもそれはそれ! これはこれ。
かつての日本人の血がそうさせるのか。私にとってバレンタインデーと言えばチョコレート。
愛するティアに真心こもったチョコレートを贈りたい。
お金はある。この日の為用に薬を売って得たお金が。
チョコレートくらいなら余裕で買えるくらいに懐は潤ってる。
リリンの町の最近腰痛に悩まされてるらしい貴族様が湿布薬もどきを大量に買ってくれたのが良かったよね。
お金は大事。あればある程嬉しい。
私は守銭奴ではないと思うけど、けどなんだかんだ言っても何するにもお金は必要だし、あるに越したことはないと思う。
「よし!」
気合いを入れてお店を睨む。
貴族・ご令嬢の皆さんが我先にとチョコレートを求めてごった返している店内。
私は身体強化の魔法を自分に付与して人で溢れるその中に飛び込んだ。
◇
無事購入出来て家路を急ぐ。
吐く息が白い。それが意味もなく妙に楽しい。
脳裏に浮かぶのはティアの顔。
喜んでくれるだろうか。
少しでも笑顔になってくれたら嬉しい。
途中でジーネさんとすれ違った。
「あ、ルナさん!」
うっ...。すっごい笑顔。嫌な予感。
「丁度良かったです」
私はジーネさんに会ってない。私はジーネさんに会ってない。私はジーネさんに会ってない。
これは空耳。これは空耳。何も聞こえない。何も聞こえない。気のせい。気のせい。
「ルナさん、お仕事お願いしたいのですけど」
「あ~、あ~、何も聞こえない。おかしいなぁ。耳が遠くなったのかも。じゃっ!!」
「聞こえてるじゃないですか。えいっ」
「ぎゃああああっ!!」
いつかのようにスカートを捲られた。
冬場だから脚を露にはしてない。黒のタイツを穿いてる。
それでも。それでもこんなことしたらダメでしょ!!
「お願い出来ますか? ちなみにやりますって言うまでスカート捲ったままにします」
「脅迫、横暴。それでもギルドの職員ですか!! 後、この痴女ーーーーっ!!」
捲られているスカートを必死に両手で押さえる。
それでもジーネさんの魔の手から完全に逃れるなんて不可能で...。
「ほらほらほらー」
「やめて。やめてください。変態!!」
「何あれ? 町中で何やってるの」
「ルナちゃんじゃない? また捕まったのね。可哀想」
うぅ。街の人達の可哀想な子を見る視線と同情の言葉が痛い。
これ以上の恥辱には耐えられない。
「分かりました。分かりましたから。放してください」
「本当ですか! ありがとうございます」
とうとう私は心が折れた。
なんでこんな時に限って。
ティアに早く会いたいのに...。
「それじゃあですね」
「......はい」
ジーネさんから依頼書を受け取って目的の場所に向かう。
指定されていたのはここのところリリンの町から程近い森の中に住み着いたイエローリザードマンの巣だった。
◇
「というわけでですね。こちらとしてはとっても迷惑なんで住む場所を変えるか。これ以上の狼藉を行わないようにして欲しいんですよ」
「儂らが何をしたと? ただちょーっと可愛い女の子にちょっかいかけただけじゃぞ」
「それが迷惑行為だって言ってるんです」
私が今対峙しているのはイエローリザードマンの族長。
この種族、リリンの町の住人をしょっちゅうナンパ、時には悪戯して困らせているのだ。
これまではリリンの町の人々も多めに見ていたところもあったみたいだけど、ついに溜りに溜った鬱憤が爆発してギルドにイエローリザードマンをこの森から追放して欲しいとの嘆願書が提出された。
町の住人の過半数以上の署名が募られた嘆願書。
そこまで多くの署名がされた嘆願書を提出されるとギルドとしては行動しなくてはならない。
そこで私が交渉人として選ばれた。
私が選ばれた理由は多分、他の女性冒険者を行かせると危険な目に遭うかもしれないからってところかな。
その点私ならもし集団でイエローリザードマンに襲い掛かられても魔法でなんとか出来るだろうってギルドの人達は思ったのだろう。
失礼な話だよ。私だって普通の女性冒険者なのに。
「貴方達を追放して欲しいっていう嘆願書が提出されてるんです。ギルドとしてはそこまでするのもなんなのでこうして交渉に来ているわけなんですが」
「儂らが何処に住もうと自由じゃろう。それとも何か? おぬしらには儂らの住処を奪う権利があるとでもいうんか? ....ところでおぬし別嬪じゃのう。儂の嫁に来んか?」
「ええ。ですから交渉をですね。...話を逸らさないで下さい」
「うむ。嫌じゃ。ここは可愛い女の子が多いからのぉ。ふっひひひっ」
「・・・・・」
下卑た笑い。こちらを見下した目。苛々する。
こんなの相手に交渉しなくてもいいんじゃないかなぁ。
もういっそ問答無用でイエローリザードマン滅ぼしたい。
「どうしても出ていく気も、町の住人に手出しするのをやめる気もないと?」
「ないのぉ。しかしおぬし...」
イエローリザードマンが舌なめずりをした後私に飛び掛かって来る。
床に押し倒された衝撃で私のポーチからチョコレートから転がり落ちた。
「あっ...」
しかもあろうことか私はその上に手を突いてしまった。
嫌な音がチョコレートから聴こえた。
「おいっ、こら!!」
私はキレた。
瞬時に身体強化の魔法を自分に付与させ、氷の魔力をボクシングのグローブ状にして右の拳に纏わせる。
その拳で全力で族長を殴りつけると族長は藁で作ったらしいこの家の壁など簡単に突き破って森の中へ吹っ飛んでいった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぇっ」
二転、三転、身体を地面のあちこちにぶつけながら族長はゴミのように飛んで行く。
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた他のリザードマン達にもキレている私は容赦しない。
「氷雪よ。すべてを凍てつかせる氷雪よ。我が魔力を糧として我が前に立ち塞がる敵に永遠の眠りを与えよ。我が名はルナ。すべての魔法を使役する者。地を、空を、白に染め、凍てつかせ」
「ダイアモンドダスト」
大地が、空気が凍ってイエローリザードマン達は全員氷雪の中に閉じ込められる。
ギルドからの依頼はある意味これで充分だろう。やりすぎとも言う。
でもこれでも私の腹の虫は収まらない。
恋路を邪魔する奴はって諺あるでしょ。
イエローリザードマン達は私の逆鱗に触れたんだ。
「黒炎よ、すべてを焼き尽くす闇の業火よ。我が前に現れその力を示せ。我が名はルナ、すべての魔法を使役する者。地を抉き、空を切り裂き、燃え盛れ」
「エクスプロージョン」
どちらの魔法も死なない程度に手加減はしてある。
私の恐ろしさはこれでたっぷりと分かってもらえた筈。
これで交渉も楽になるよね。
はぁ...少しすっきりした。
それからの交渉はとってもスムーズでした。
私が笑顔で「出て行ってください」って言ったら皆さん、快く応じてくださいました。
笑顔って大事ですねっ。
◇
「はぁ...」
ギルドに報告を終え、ジーネさんから報酬と労いの言葉をもらい、それで仕事を終えた私はとぼとぼとリリンの町の道を行く。
せっかく買ったチョコレート。
イエローリザードマン達との交渉後にどうなってるか見てみたら真っ二つになっていた。
ハート形が真っ二つ。縁起でもない。これはもう渡せない、渡したくない。
買い換えようと思って行ってみたらすでにありとあらゆるチョコレート売り切れ。
もうどうしようもない。溶かして加工しようにも家ではティアに見つかって意味がない。
「絶望だーーーーーー!!」
叫ぶ。町を行く人々の痛い子を見る視線に居た堪れなくなって頬を紅くする。
「っ」
「ルナさん!!」
と、背後から抱き締められた。
「ティア?」
「良かったです。帰りが遅いから心配したんですよ」
そっか。探しに来てくれたんだ。嬉しいな。
「無事で良かったで...っ。きゃっ」
ティアは足を滑らせて私と一緒にこけた。
溺れる者は藁をも掴む――――。
"ドシンッ"チョコレートがまたポーチからこぼれて私はその上に手を突く。嫌な音がした。
厄日!? 今日は厄日なの? とことんついてない...。
「・・・・・」
「ルナさん、ごめんなさい」
ティアの心底申し訳なさそうな顔。
今年は雪が多いしね。滑っちゃったんだよね。仕方ないよ。
「怪我はない?」
「はい」
「良かった」
私は先に立ち上がり、それからティアに手を差し伸べて立ち上がらせ、最後にチョコレートを拾う。
それをティアに見つかった。
「ルナさん、それは?」
「あ、これは...」
どう誤魔化したものか。
間違えてもこんなものもう渡せない。
「えっ。え...っと」
上手い言い訳が口から出て来ず、しどろもどろに「あー、うー」言っているとティアが私の手からチョコレートをそっと取る。
リボンと包装紙をといて。
「あっ」
「最近流行ってるチョコレートですね。一度食べてみたかったんです」
チョコレートは見るも無残。
細かい破片を除くと四つに割れてしまっていた。
「ティア。その...ごめん。本当はちゃんとしたの渡したかったんだけど。そんな割れたの渡せないから返して」
「・・・・・」
ティアは私の言葉が聴こえなかったフリをしてチョコの欠片を口に入れる。
「あっ...」
呆けて見ている私にティアは悪戯っぽい笑みを浮かべて...。
私にキスをした。
彼女の口から私の口に少し溶けたチョコが舌と一緒に渡される。
そのチョコは前世・今世合わせて今まで食べてきたどのチョコよりもとびっきり甘くて美味しかった。
第二部にすすむその前に。
↓愛し合うルナとティア。その様子を見てみませんか?
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