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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

松重夫婦の行く末は

作者: せいや


自分が同性愛者かもしれないと最初に思ったのは、中学を卒業する直前だった。


クラスメイトの男の子のことを好きになってしまった。

いや、つまり、自分の「好き」が友情ではなく恋愛としての「好き」だったことに気づいたのだ。

卒業する手前になり、別々の進路を目の前にして、ようやく好きだったことを自覚したのだ。

卒業とともに離れて行く寂しさと、男同士恋人になれない虚しさ。

告白するなんていう勇気はなくて、ただ恋に憧れた。

初恋は実らないものだというけど、もしも自分が同性愛者なら、今後一切実ることはないかもしれない。

そう思った。



それから家から三駅ほど離れた男子校に進学し、入学してから間もなくクラスメイトを好きになって、絶望。

格好良くて、頭が良くて、みんなに優しい彼は、学園一といってもいいくらいの人気者だった。

試験があれば常にクラスで一番を競い、スポーツをすれば、その部活に入っている生徒と張り合うほどで、なんでも器用にこなしてしまう頭の良い人だ。

そしてそれを鼻にかけない気安さと優しさが、さらに人を惹きつけた。

ちゃんと話をしたこともないのに、どんどん惹かれていく。

俺はなんてミーハーで単純なんだ。

なぜまた男を好きになってしまったのかと悲しくなったし、よりにもよってそんな人気者を好きになってしまうなんて。

見惚れて目で追っては自己嫌悪に陥る毎日だった。

バレやしないかと怖がって、彼を避けて、なるべく目が合わないようにして息を潜めてた。

そしてひっそりと高校生活を送り続けて、2年生になった。

皮肉なことに彼とは二年連続、同じクラスだった。


確か、その日は数学の先生が風邪で休んで、自習の時間だったと思う。

その頃、ちょうど生徒会メンバーの選出があって、校内では誰が生徒会になるのかという話で盛り上がっていた。

自習とは名ばかりの自由時間。

彼がいつも一緒にいるクラスメイトから、生徒会長に推薦するからな!なんて言われてるのを俺はこっそり盗み聞きしていた。

それまでも彼はずっと生徒会長になるのを渋ってたけど、でも推薦されればきっと、いや必ず、生徒会長になるだろうし、上手にこなすだろう。

うんうん、楽しみだなぁ。

俺は配布された課題をやりながら、そんなことを考えていた気がする。

すると、彼がこう言った。


「あまり気がすすまないけど、でも篠山が副会長になるなら、俺も生徒会長やろうかな」


へー、篠山が副会長かぁ。

篠山ね…


辺りがシン…として、視線が一斉に俺に集まった。


なに、俺の名前? 篠山だけど………え?


わっと俺の机の周りに人が集まってきた。

一度にたくさんの人が集まったから誰から何を言われたか分からなかったけど、よく一度か二度話したくらいのクラスメイトにそんな普通に話しかけられるなぁと感心してしまった。

自慢じゃないが、俺は本当に人付き合いというものが苦手で、同性愛者だと自覚してからそれはさらに加速する一方だったのだ。

妹もいるし、女の子には普通に接することができるけど、男の子に対しては緊張してしまって話をするので精いっぱいだった。

だからあまり友達も作らず、静かに生活していたのに。

まあとにかく、その時知らないクラスメイトに副会長になる気があるのかと問われて、よく考えもせずに答えた俺の言葉がこれだ。


「松重が会長なら、いいよ」


かくして八百長とも言うる生徒会選挙は謎の大盛り上がりを見せ、新たな生徒会が発足された。

そののちに、俺、生徒会副会長の篠山透は、その人気者の生徒会長である松重良弥の妻と呼ばれるようになったわけで。


俺が同性愛者だということを置いておいても、これはなんだかできすぎなのではないかと思った。

人間関係において何事もうまくいったことのない俺は、こんな風に自分が選ばれることに慣れていない。

何かの間違いではないか、そう思いつつ、真相を知るために松重になぜ自分だったのかを聞いた。

傷つくことはわかっていたけど、期待はしたくなかった。

松重は誰でもいいと思ったに違いなかったし、それを本人の口から確認したかった。

すると松重はこう言ったのだ。


「お前、俺のこと好きだろ、いいなと思って」


自意識過なのでは……って、まあ確かにその通りなんだけど、っていやいやそうじゃなくて。

いつからバレてたんだろう?

衝撃に打ちひしがれている間に、なんと松重は俺の腕を引いてキスをぶちかました。

触れた唇は柔らかくて、驚いて彼の腕を掴むけど、それは抵抗のうちにも入らないのだろう。

止むことはなく、俺の唇は松重に奪われたままだった。

というより、突然とはいえ、好きな人からキスされて本気で抵抗できる人なんているのだろうか。

俺は無理だ。


「ん、んん?んむ、ふ……っ」


そしてモテる男は経験豊富だった。

啄ばむようなキスから、下唇を舐め、歯をなぞって、遊ばれる。

俺が彷徨わせた手を自分の方に引き寄せて、背中に回させる。

お互い抱き合うようにキスをした。

高校生にもなってキスすらしたことがない俺がおかしいのかもしれないけど、そのはじめての状況に、目が回るようだった。


「篠山、力抜いて」


肩や首をそっと撫でられて、危うく松重の唇を噛みそうになる。

止めていた呼吸を慌てて再開した。

身体に入っていた力が抜け、そこに松重の舌が潜り込んできた。

柔らかくて温かいその感触。

味はないんだなぁなんて頭のどこかで思った。

ちゅる、くちゅ、と自分たちが立てている水音が恥ずかしくて、ドキドキしてしまう。

そのまま逆上せて倒れそうになった時、松重はゆっくりと解放してくれた。

はぁはぁ、肩で息をするくらい酸欠になっていた俺を見て、松重は笑った。


「かわいいなぁ」


初めて見る極上の笑顔だった。

かわいい、だって。

俺が松重のことを好きなのはバレていたわけだけど、俺は松重が何を考えているのか分からなかった。

ただ、ファーストキスが松重であったことはとても嬉しかった。





で、そんなことが二年生の初夏の出来事。

キスはその一度だけ。

俺たちは三年生となっていた。

周囲には夫婦と呼ばれ茶化されながらも健全な生徒会仲間として接する毎日。

臆病で対人スキルのない俺が、自分から何かイベントを起こすなんてできなくて、何度か二人きりになって気まずい空気になったりもした。

もちろん進展はない。

どうにかして何かをしたいんだけど、何をしていいかすら分からなかった。

そして最近の松重を見る限り、たぶん俺に構うのは飽きてしまったのだろうと思う。

それでも生徒会メンバーとしては普通に接してくれるものだから、俺はそこにしがみついて今も頑張っている。

ああ、春の日差しが今日も心地よいな。



……なんて、過去を振り返りながら空を見上げていたら、目の前に男がいることも忘れていた。

あのさ、なんて声をかけられてやっと我に帰る。


「俺、篠山のこと好きなんだ。お前はその、当然松重と付き合っているんだろうけど…」


ドキッとした。

そうだった、なぜかあまり話したことのないクラスメイトに話があると呼び出されて、こっそり話したいことかな?って聞いたら頷かれて、裏庭までやってきたのだ。

俺にとって幸いにして、この学園には同性愛者が多い。

そして俺はこうして告白されることがある。

生徒会副会長というのは壇上に上がることが多いし、認知度も高いので、魅力的に見えるのかもしれない。

向こうは真剣だし俺も真剣に返事しようと思うのだが、憧れの含まれた視線とともに、いつもこうやって『松重の妻』という立場を話題に出される。

そして「ごめん、聞いて欲しかっただけなんだ」なんて言われて、聞いてくれてありがとうなんてお礼まで言われて、そして終わる。

生徒会というものはそこまで敷居の高いものなのだろうか。

いや、それよりもきっと、松重のネームバリューがすごくて、彼らをそうさせるのだろう。


今日もそうなるだろうか。

相手をじっと見つめていると、そいつは顔を真っ赤にしたまま、俺を見た。


「……松重と、付き合ってるんだよな?」


すごい。

初めて面と向かって聞かれた。

……とか感動してる場合じゃなかった。

今日こそ誤魔化せないのではないか。

俺としては松重と付き合いたいというのが本音だし、いっそのこと付き合っていることにしてしまいたい。

でもきっと今ここで、はいそうです、なんて言おうものなら一日経たないうちに学校中が知ることになるだろう。

そうしたら、松重は何を思うのだろう。

あくまで周りが俺たちのことを『夫婦』だなんてふざけて呼んでいるだけなのだ。

付き合ってねえだろ、自惚れんなよとか言われるだろうか。

気持ち悪いとか、やっぱりホモだったのか、とか言われるだろうか。

そんなこと松重に言われたら、もう立ち直れないし学校に来る勇気すらなくなる。

だからこそ、ここは慎重に。


「え、あの…ええと…付き合っているわけではない、こともない、というか…」


歯切れの悪い俺の返答に訝しげな視線を向けられた。

しばらく沈黙が降りて、そして無言の圧力に負けた。


「あの、えーと、端的にいうと付き合ってない、です」


そう言った時のクラスメイトのやっぱり!という嬉しそうな顔。

うーん……よく見ればバレてしまうのかなぁ。

ただ、副会長になってからというもの、松重の一番近くにいられるような気はしていたから、その特権を否定されたようで、寂しい。


「なら、俺と付き合ってくれ!」

「あの、でも俺、君のことよく知らないから付き合えない…かな…」

「じゃあ、よく知ったら付き合える?」

「いや、それはその時にならないと」

「じゃあまずは友達から始めさせてくれないか。メアド交換から」

「あ、ハイ…」


気づけば俺は押し切られてしまった。

よく名前も知らないのに。

そんなやりとりで、相手はるんるん、俺はなんとなく情けなさを胸に帰宅して。


そして次の日は、朝からとんでもない騒ぎだった。

登校早々、革靴から上履きに履き替えている間にも、新聞部の子がバシャバシャと写真を撮りながら俺にコメントを求めてきて。

何かあったのか分からないけど、まぁ何か聞きたいことがあるとこの辺でインタビューを求められるのが常だ。

人数が増えた理由は松重に聞いたら分かるだろう。

いつも通り、新聞部の子にごめんねと謝って廊下を歩くと、そこら中の生徒がひそひそと俺のことを噂しているようだった。

首を傾げながら教室に入ろうとしたところで、強く腕を引かれる。


「あ、松重、おはよう…って、わぁ!」


グイグイと、未だかつてないほどに強く。

何しに集まったのか野次馬が囲む中を、一切無視して俺は生徒会室に連行された。

室内に入り、鍵をかけ、そしてドアの前で仁王立ち。


「……で? 俺に言うことがあるだろ?」



朝の生徒会室はカーテンも窓も閉まっていて、放課後の雰囲気とはまた違っている。

春の麗らかな日差しがカーテン越しに室内を照らし、じんわりと熱が篭る。

そんな中、松重が腕を組み怒ってるのが異様な光景だった。

松重はいつもにこやかで、あまり怒りを表面に出さない大人びた性格だというのに。


あれ?俺何かしたっけ?

いや、言うことは何も…ああ、そういえば。


「今朝なんか松重のこと聞きたいって新聞部が…」

「それで?」


それで?

いや、それでも何も。

それくらいしか俺から言うことなどないのだが。

俺が松重の怒りを感じ取って少し怯えたのが分かったのか、松重がはーーーーーっと長いため息を吐いた。


「俺って、お前のなんなんだ……」


え?

なにそれ?

ワケがわからない、そんな思いが顔に出ていたのだろう。

松重はますます項垂れた。


「落ち込む……」


えええ?


「松重、大丈夫?ごめ、ごめんな…」


項垂れるその姿に思わず声をかけると、松重は肩に触れていた俺の腕を強く掴んだ。


「お前さあ、石井と付き合うんだって?」


石井と、付き合う?

付き合う?

石井って誰だろう。


たっぷり考え込んでいたのか、やや混乱していたのかは自分でも分からない。

俺が答えたくないように見えたのかも。

松重は俺のことを引き寄せた。

いや、これはもう、抱き締められた、に近い。


「なんとか言ってくれ……」


耳元で懇願するようにそう言われ、俺は硬直した。

密着しすぎだ。

どうしよう。

俺の心臓の音が松重に聞こえてしまわないだろうか。

肩口に松重の吐息が当たって、松重のいい香りに包まれてる。

半年前を思い出して顔が赤くなっていく気がした。

いい匂い……。

なんて、呑気に嗅いでいる場合じゃない!

働かない頭の中から石井という名前を検索する。


「……えっと、石井って、クラスメイトの石井のこと?」

「そう、昨日お前が告白されて、俺と付き合ってないから付き合ってもいいって言ったやつのこと」


間髪入れずに畳み掛けられて、その言葉を理解するのに1分、なぜ告白されたことを松重が知っているのかとか、別に付き合ってもいいなんて言ってないよなぁなんて思ったとか、その他諸々の処理に1分。

沈黙を破るように、チャイムが鳴り響いた。


「あ、授ぎょ…」

「いま大事な話だから駄目」


思考停止からの現実逃避へと向かうべく身動いだ俺を松重がさらに強く抱き締めて阻止した。

そしてまたため息。


「……まあ、よく分かったよ。つまり俺は、少しもお前に意識されてなかったってことだよな」


落ち込んだような声色のまま、松重がやや子供っぽい口調で呟きはじめる。


「少しでもいいから視界に入れたらいいなと思ってたけど、石井と付き合うんなら話は別だよな。さすがに俺に脈はないってわかった」


思わず耳を疑う言葉ばかりだ。

松重の顔を見たくなって身動ぐけど、さらに腕に力を込められ拒否される。

唐突すぎて、なんて声をかけたらいいのか。

でもこれ以上彼を混乱させたままにするのも申し訳なくて、なんとか言葉を捻り出す。


「あの、えっと、俺、石井と付き合うって言ってないよ」

「え?」

「あの、俺が好きなのは松重なんだけど……」


「…………は?」


バリッと勢いよく剥がされて、お互いに見つめ合う。

なんだかこんな近くで向かい合うのはキスをした日以来かもしれない。

やっぱり好きだなぁ。

そんなことをぼんやり思っていたら、松重が両手で俺の頬を包んだ。


「まじで?篠山、俺のこと好きなの?」


その言葉にこくりと頷く。

顔どころか耳まで赤くなっているかも。


「……松重こそ、俺に飽きたんじゃないの?」

「飽きた……?」

「いや、だって、あの、前にキスしてから、何もしてないし……」


何かしてくれって言ってるわけじゃないんだからな?なんて、もじもじと少し情けない感じで打ち明けると、松重からの反応はなく。

疑問に思って見上げると、松重はすごーーーーーーく険しい顔をしていた。


「つまり、俺の必死なアピールは何一つ伝わっていなかったってわけか」

「ええっと……?」

「完全に独り相撲だったのか……」


再びはーーーーーーーーーっと盛大なため息。

今度は全身で抱き込まれてしまった。

ぎゅうっと目一杯力を込められて、俺は悲鳴をあげた。


「ん、痛い」

「これは俺の痛みだ、この超鈍感鉄仮面め」

「えええっ」


ゆっくりと体を離して、松重は俺を見下ろした。

松重の顔も少し赤いかなぁなんて思っていると。


「でも、俺も肝心なこと言ってなかったからごめん。俺、お前が好きだ」


真っ直ぐに見つめられて、なんと告白された。

やっぱり夢かもしれない。


「お前は?」


なんて、髪を撫でられながら甘い笑顔を向けられたら、俺なんてイチコロだ。


「俺も……松重のこと大好きだ」


自然と口角が上がってしまう。

鉄仮面って今言われた通り、たぶん俺は感情が表情に出にくいのだと思う。

ちゃんと自分でも分かるくらいの笑顔が久しぶりで、すこし気恥ずかしい。


「その顔は禁止……」


がーん。

そんなに酷い顔だったのか。

流石に泣きたい。

松重は少し慌てた様子で付け加えた。


「違うから。笑顔が反則的にかわいくてちょっと目の毒っていうか。いや、もっと笑って欲しいんだけど、俺の前だけにして欲しいっていうか」


なんだそれ。

真っ赤になった俺と松重。

今まで知らなかった松重がとても可愛く見えて、ちょっと笑ってしまった。


「あのね、松重、好き。これからはちゃんと言うよ」


そう告白し直したら、松重はまた真っ赤。

耳まで赤くて、それがかわいいなぁと見つめていると、軽く咳払いをして、態とらしく言った。


「俺たち夫婦だからな、うん」


うんうんって笑い合って、そして半年ぶりにキスをした。

こうして、本人も公認、俺は松重の妻になりましたとさ。

石井にはその日のうちに、松重と付き合っているのでごめんなさい、とお断りした。

そして次の日の校内新聞の見出しはこうだ。


『離婚の危機を乗り越えた松重夫婦、さらにラブラブに!』








同性カップルが結婚したら「夫婦」なのか。

そんな疑問から生まれた小話です。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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