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六人のトラワレビト  作者: よるねこ。
√A 6人のトラワレビト
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EP37--綺堂院昭徳6――新たな問題と託される願い、別れ。

2022年 11月25日 14時36分


興とちんちくりんを車の中に押し込み、いなくなった悠野姉と悠野父を探す前に。


「おいちんちくりん」


車のエンジンをかけ、窓を開けたちんちくりんに声をかける。


「……私はちんちくりんじゃないんだよ」


そんないつも通りの返答に少し安心したが、


「そんなことはどうでもいい、最後に二人にあったのはお前だよな? 」


それを顔には出さずに訊ねた。


「そうだと思うんだよ」


ちんちくり――涼香がこくりと頷きながら答える。


「その時二人は何をしていた? 何処かに移動するとか言ってなかったか? 」


「そんなことは何も……お父さんは一人で考え事をしたいって言ってたし、お姉ちゃんもお父さんの傍にいたから」


涼香の答えにそうかと返した後、今度はこの場にいるみんなの顔を順番に見た後に訊ねる。


「さっき地震が起きた後に、車までの道で悠野姉達とすれ違ったってことはないよな? 」


もちろん俺は見かけていない。誰も言葉を発さないまま数秒が過ぎた。


沈黙に耐え切れなかったのだろう興が口を開く。


「もし見かけてたら、見かけた人が悠野さんたちに、声をかけていたと思う、よ」


「……それもそうか」


興の言葉に納得して捜索の方針が固まる。


「よし椎名、ここは二手に分かれず、一緒に出口のほうを探すぞ! 」


椎名の肩を軽く押して、俺は出口側に向かって歩きはじめた。


「わっ!? わかりました! じゃあ涼香ちゃん、興さんも……すぐに二人を連れて戻ってきますからここで待っててくださいね」


椎名は俺が押したのにびっくりしたのか小さい悲鳴を上げた後、車の中の二人に声をかけて俺の後をついてきた。その後ろ姿に涼香が声をかける。


「優くんと、ついでに綺堂院さんも気を付けるんだよっ!」


俺はついでかよ。ちんちくりんめ。……まぁいい。早く悠野姉達を見つけてここに戻ることにしよう。


そう心に決め、椎名と二人で本腰を入れて出口方面へ2人を探しに向かう――。




――――――――――――――――――――――


―――――――――――――――


――――――――


出口側へと歩き、カーブを越えたあたりでふと違和感を覚える。


「……なぁ椎名。ここらへん、さっきよりも暗くないか? 」


後ろを歩く椎名を振り返りながら訊ねる。


「そうですね……っと! 」


俺の言葉に時間を確認しようとしたのだろう、スマートフォンを取り出して画面を見ようとした椎名が何かに躓く。


「いてて……何だろうこれ」


椎名と共に椎名が躓いたものを確認するとそこには天井付近に取り付けられていたであろう、このあたりを照らすためについていた照明の残骸が転がっていた。


「……これ、車に乗ってても落ちてきて車に直撃したら、ただじゃ済まなそうですね」


しゃがみこみ、ぺしぺしと照明の残骸をたたきながら小さく呟く椎名。


――確かに。このライトと同じものが確か車を止めてある場所の頭上にもあったような……。


「椎名、いったん戻ろう。車を移動させるんだ」


いつ起きるかわからないのが地震だ。俺たちが二人を探している間にまた地震が起き、興たちが乗っている車に落ちたら……。


そんなことを考えながら、椎名に声をかける。だけど椎名は返事をせず、向かっていた方向をじっと見つめている。


「おい椎名――」


再び呼びかけながら椎名が凝視している方向を見て、絶句する。あれは……


「血……か? 」


少し先にかろうじて地震の難を逃れたのだろう、未だその機能を失わずに辺りを照らしているライトがある場所。


そこの地面には真っ赤な水が流れて筋のように広がっていた。最初の地震で亡くなったであろうトラックの運転手の物だろうかと思ったのだが、すぐにそれは間違っていたことに気付かされた。


「――静香さんっ!修一さんっ! 」


いつの間にか俺よりも先にいた椎名が2人の名前を叫びながら走り出す――。


「椎名っ! 」


その後姿を追いかけようと走り出してすぐ、立ち止まってしまった。


「……なんだよこれ」


目の前に広がっていた光景。それは意識を失っているのだろう、地面に倒れ込んでいる二人の男女。


一人は離れたところからでは大きな怪我を確認できない、悠野姉で……。


「悠野さんっ! 」


もう一人の姿を見て弾かれたように走り寄りながらその名を叫ぶ。


俺よりも先に二人に気付いた椎名は涙で顔をボロボロにしながら倒れ込んでいる悠野さんの傍に座り込んでいた。


――これはマズい。


考えると同時に椎名の着ている服を乱暴に掴んで引っ張り、


「こっちは俺に任せて悠野姉のほうを頼むっ! 」


無理やり立ち上がらせながらそう叫ぶと、


「……はい」


かろうじて聞こえるような小さな声で答えながら涙をぬぐう椎名。


その椎名が悠野姉のほうに歩きはじめるのを確認してから、目の前の悠野さんに改めて向き合う。


――酷い傷だ。全身あちこちに出血の跡が確認できたが、中でも頭からの出血は凄くて、医療の知識のない俺ですらもう助からないということが分かる。


たった数時間とはいえ、一緒に協力してここから出ようと力を合わせていた人の亡骸をこんな場所に放置はできないな――そう思い、悠野さんの腕を掴んで立ち上がらせ、壁際に移動させようと肩を貸すような体勢で運んでいると、


「――君は綺堂院君、だよな? 」


耳元から聞こえる声。


「悠野さん?! 」


明らかに亡くなっていると思っていたため驚いて大きな声を上げてしまう。


「……ははっ、そんなに驚くということはやっぱり、私の怪我はひどいということ、なんだね……」


痛みと出血で息も絶え絶えといった感じで弱弱しい笑みを浮かべながら呟く悠野さん。その悠野さんを壁際にもたれ掛からせる。


「……ライトが静香に向かって落ちてきたのを見て、慌てて突き飛ばしたらこの様さ。静香に直撃することがなかったのが幸いだよ」


悠野さんがすぐそばで椎名が腕を掴んで脈を測り、安心したといった風な深いため息をついているのを見て嬉しそうに言う。


「悠野姉は、意識を失っているみたいですが、大きな怪我はしてないみたいですね」


「よかった……それで、私たちを探しに来てくれたということは、他のみんなも無事だということだよね? 」


「はい、興も椎名も、ちんち……悠野妹も無事です」


答えながら悠野さんの頭に旅行前に興に言われて持っていたハンカチを押し付けて止血を試みる。


「それが確認できて安心できた……本当にありがとう、この場に綺堂院くんが居てくれた事は幸運だった」


そうお礼を言い、目を閉じる悠野さん。


「私はもう、助からないだろう……自分の体のことだ、自分が一番わかっている」


ふらふらとした手でその行為を遮られた。


「私は椎名君にまっとうに生きて貰いたかった。何もかもを大人に奪われ、過去にトラワレ続ける椎名君に前を向いて歩いてもらいたい、そのためにここから出て、椎名君の力になってあげたかったんだ……」


行き場を失くした俺の手の中に残るハンカチを悠野さんが取り、代わりにとばかりに自分のポケットからハンカチを取り出して渡してくる。


「ここにトラワレた人はみんないい人だ。私のようなおじさん一人が死んだだけでも心に大きな傷を負わせてしまうだろう。だから君に、綺堂院君にお願いがある」


閉じていた目を薄く開き、縋るような眼差しを向けてくる悠野さんに強く頷き、先を促す。


「君たち5人が誰一人欠けることなくこのトンネルから脱出してほしい」


絞り出された言葉は死期の近づいている人とは思えない、この場にトラワレているみんなのための優しい言葉で、自然と涙があふれてくる。


「そして脱出したら、椎名君に伝えてほしい……一度だけでいい。自分の母親に会ってみてくれと……私の考えが正しければ、それで……」


不意に、悠野さんの体の力が抜ける。開いたままの目は虚ろで……。


「悠野さんの願い、必ず叶えて見せます……絶対に全員でこの場から抜け出してやりますから! 誰一人掛けることなく、5人で! 」


力の抜けた悠野さんの手を片手で強く握りながら宣言し、悠野さんから渡されたハンカチを持ったままの手で開いたままの目をそっと閉じさせた――。

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