EP30--白埼興1――歓談と変化
2022年 11月25日 10時24分
『一人で行ってきますんであとで決まったこと、教えてください』
――あれ? その一言を聞いて一瞬パニックになる。一緒に行かないの? そう聞きたかった。だがその言葉を発する前に昭徳は背を向け、自分の車のある方へと歩きだしてしまった。
待ってと言おうかと逡巡している間にも歩みは止まらず、そのままカーブを曲がって見えなくなってしまった。
――置いて行かれた。そう思い、落ち込んでいると、
「白崎さん、大丈夫? 顔、真っ青なんだよ……? 」
私と昭徳を眺めていた涼香ちゃんが話しかけてくる。その顔はたぶん、私以上に不安そうで、
「大丈夫、だよ」
自然とその一言が口から出た。
「それならいいんだけど……無理したらダメなんだよ?」
へにゃっと眉を歪めながら私の顔を覗き込んでくる涼香ちゃん――その姿を見て確信する。あぁ、そういうことなんだ。
たぶん、昭徳は私がここにいるみんなと仲良くなれるようにわざと席を外してくれたんだ。
「ホントに大丈夫、それより涼香ちゃんのほうこそ、椎名さんと一緒にいなくて大丈夫?」
そのことに気付いたら心に余裕ができ、周りを気にすることができるようになった。
だから、私から涼香ちゃんに訊ねてみた。
「優くんのことは心配だけど……今の容態なら、私にできる事は何もないんだよ」
しょんぼりとした顔で答える涼香ちゃん。その姿を見ているとなんだか、守ってあげたいというより応援してあげたいという気持ちが沸き起こり――
「――そんなことないと思うよ!」
つい大きな声を出してしまった。その声に驚いたのか近くで話し合いをしていた静香さんと修一さんが私の顔を見る。
その視線に気づき、恥ずかしくなってしまったけど、それでも先を続ける。
「……目が覚めたとき、誰も居なかったら、たぶん、すごく心細いと思うから……そばにいてあげることは、無駄なことじゃないと思うよ」
声が小さくなってしまったのは仕方ない。だけど言いたいことは言えた、はず。
私の小さい声がきちんと届いているか不安になり、涼香ちゃんの顔をちらりと見る。私の言葉を受けた涼香ちゃんは、
「……その通りなんだよ! 」
話しかけたときよりも元気な笑みを浮かべてくれていた。
「白崎さんの言う通りなんだよ! だからちょっと……行ってくるんだよ! 」
大きな声で宣言したあとすぐさま走っていく涼香ちゃん。その後ろ姿を眺めているとつい頬が緩み、小さくなっていく背中に手を振ってあげた。
涼香ちゃんも1度だけ振り返り、私が手を振っていることに気づいてくれて、手を振り返してくる。
そんな私たちの姿をずっと見ていたのだろう。人のいい笑みを浮かべた静香さんと修一さんが私に話しかけてきた。
「ありがとう、白埼。たぶん涼香もずっと、優のところに行きたかったはずだからな」
「うん、ちょうど綺堂院くんも席を外しているし……彼はあぁ言っていたが彼なしで勝手にルールとかを決めるというのは間違っていると思うからね」
その言葉を聞いて安心する。2人とも涼香ちゃんが椎名さんのところへ行くのは賛成だったようだ。勝手なことをしちゃったかなと思ったけど、間違えていなかったようだ。
「父と話し合ったのだが、私たちは綺堂院が戻ってくるまで話し合いをすることはない。だからこれから、親睦を深めようと思うんだ」
私が胸をなでおろしていると静香さんが提案してくる。
「……えっと、親睦、ですか?」
内容がよくわからず鸚鵡返しに聞き返してしまう。
「静香、それでは説明不足だ。ここからは私が説明しよう」
頭にハテナマークを浮かべ続ける私を見かねたのだろう。話を修一さんが引き継いでくれた。
「綺堂院くんに伝え忘れたのだが、今は大体10時半頃だろ? だからこれから3人で昼食を取りに行こうと思うんだ」
優しい、先生のような口調で説明してくれる修一さん。
「今回は水分とかも多めに取りに行きたいから、二人で行くのも大変だろ?ちょうどここには3人いる。だからこのメンバーで行っておきたいんだ」
「それだと、昭徳がいるときのほうが、効率がいいんじゃないですか? 」
6人分の水分となると一日平均12L、それに加えて6人分の1回の食糧となると、3人で運ぶのは困難だ。だから私がそう訊ねると、口をωのような形にして修一さんと私を眺めていた静香さんが、
「綺堂院は有効利用するぞ! 」
と不敵な笑みを浮かべながら叫んだ。
「……だからそれでは説明不足だ。静香は黙っててくれないかな? 」
「……しょぼーん」
修一さんに咎められ、態度だけじゃなく言葉でもしょんぼりをアピールする静香さん。それを完全に無視して話を続ける修一さんの反応に少しだけ静香さんが哀れに見えてきたのだけれど、話の続きが気になっていたので私も見なかったことにする。
「綺堂院君は今車をこっちまで持ってきてくれようとしているよね? だからその車に荷物を積ませてもらおうと思ってるんだ」
そこまで聞いてようやく理解した。
「それなら昭徳は、断らない、と思います」
「荷物を積んで、ついでに乗れる人だけ車に乗せてもらえればかなり楽になるから、涼香を招集する必要もない。というわけでどうかな? 白崎さん」
とってもよく考えられた案で否定する要素がない。だから、
「わかり、ました」
短く答えた。私の反応を見て修一さんと静香さんが笑顔になる。
「そうと決まったら涼香に説明して留守番を頼もう。静香、説明下手でもそれくらいはしてくれるよね?」
修一さんに頼まれて快諾した静香さんが涼香ちゃんと椎名さんのいる車のほうへと歩いて行く。その帰りを待つ間、修一さんと二人きりになる。――緊張するなぁ。
「――さきさん」
修一さんは話しやすい方だし、怖そうな人ではないけど……男性と二人っきりになるのはどうしても――
「――ろさきさん」
こわい、とはちょっと違う。むしろ昭徳とは違った、大人らしさがあって――
「――白埼さん! 」
「は、はいっ?! 」
心配そうな顔で私を覗き込んでくる修一さんが目の前にいた。――どうやら考え込んでいる間、ずっと話しかけられていたようだ。
「な、なんでしょう?」
「い、いや……なんかずっと考え込んでいるみたいだったからね。綺堂院君のことを心配しているのかい?」
「いえ、そうじゃなくてその……今後の事とか、いろいろ考えてました」
修一さん達のことを考えていた、なんて素直に答えるのもなんだか恥ずかしくて、ついごまかしてしまう。
「そうだよね。白崎さんと綺堂院くんのお蔭で食べ物と化には困らなくなったけど……出口がふさがっている現状はまずいね」
「そう、ですよね。救助とかいつ来るかとか、全くわからないですし……それに、食料も無限というわけではないですからね」
私のごまかしを気付いているのかいないのか、よくわからないのだけど自然な言葉を返してくれる修一さん。胸の中で謝りながらこれからの事について会話を続けていると、
「待たせたな二人とも。優はまだ目が覚めてないが涼香には説明してきた。だから早く食料調達に行こう」
なぜかにやにやしながら私たちの元へ戻ってくる静香さんが少し離れた場所から声をかけてきた。
「先のことを考え続けても気が楽になることもないし、私たちは私たちのできる事をしよう」
そう言って会話を打ち切り、立ち上がる修一さん。それに倣い私も立ち上がり、二人で静香さんが来るのを待つ。
私たちが立ち上がったのを見て歩くペースを上げ、すぐそばまで来た静香さんに、
「おかえり、静香。……なんだかニヤニヤしているけど何かいいことでもあったのかい? 」
修一さんが労いの言葉と私が胸の中で考えていた疑問を訊ねる。
「優が寝言で涼香のことを呼んでいてな、あの二人はなかなか相性がいいとは思っていたんだが……これは甥っ子の顔を見るのも早いかもしれん」
嬉しそうな顔でそう話す静香さんの顔を見て私も嬉しくなる。――あったときからお互いのことを大事にしあってる2人。そういう印象を受けた2人が仲良しなことがとっても嬉しかった。
「そういうことか……って甥っ子?! 私の孫ということか?! それはまだ早いんじゃないか?! 」
2人が付き合うことは賛成しているようだった修一さんだったが、そこまで現実的になると不安を感じるのだろう。
「それにまだ涼香は学生だし、そのそう言うことは結婚してからだね……」
「……」
「……」
ひどく狼狽した修一さんを静香さんと二人黙って見つめてしまう。
「なぁ静香。まだ早いと思うよね? ね? 」
「……いや、静香はもう18だし結婚も普通にできると思うんだが」
「?! 」
ここで追い打ちをかけられるとは思っていなかったのだろう。一瞬びっくりしたあと今度は私のほうに向きなおり、
「なら白埼さん! 白崎さんはどう思うかい?! まだ早いとは思わないか?! 」
ひどく慌てながら訊ねてくる。――私は、
「早くない、と思います。私と昭徳の仲は、2人とも17歳の時から変わっていませんし……」
少し迷ったけど素直に思ったことを口にした。
「……」
「……」
「……」
修一さんが燃え尽きたような表情を浮かべたまま虚空を眺め、その光景を眺めている私たちは何も言えなくなる。
「……それはさておき、食糧を――」
「そ、そうですよ! 早くしないと、昭徳と入れ違いになっちゃいます! 」
この状況はまずい。このままでは魂の抜けたようなままずっとこの場で立ち尽くす修一さんを見続けることになってしまう。
そう思った私たちが一瞬だけアイコンタクトを交わした後叫ぶと『そう……だね……』と一言漏らした後頬を両手でパシンと叩いて気合を入れなおした修一さんと共に食料調達に行くことにした――。
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その後食料を無事確保し、昭徳の車へと乗せ、来た時のまま3人で拠点にしている場所へと戻る、道つがら。
「綺堂院の奴、哀れだな」
ニヤニヤとした笑みでそんな一言を漏らす静香さん。
「自業自得、ですよ」
ちょっと日本語の使い方が違うかもしれないけどそんなことは気にしない――というのも、
荷物を積んだあと車を走らせた昭徳がすぐに戻ってきた。その時は何か重要な問題が発生したのかと驚いたのだけど、
『すまない、興。トラックの中に煙草とかなかった?』
その一言を聞いたときに思わず脱力してしまった。それと同時に驚かされたことに対してちょっと、ほんのちょっとだけ怒りを感じだ。
「でも怒ってた割にしっかりと探してやるんだな」
そ、それは。
「それは、昭徳って最近煙草以外、お酒とかもめったに飲まなくなっちゃって……唯一の楽しみなんだろうなって思ったら……」
昭徳は高校卒業後、大学へ進学することなくすぐに仕事を始めた。私と一緒に暮らすために。ギャンブルとかそう言ったことは全然しないけど煙草とお酒だけは楽しみにしていた。それがどういうわけか最近お酒は付き合いの時だけしかとらず、煙草も本数を減らした。何のためにそんなことをし始めたのかはわからないけど、ほんの少しのわがままを言ってくれたのは嬉しかった。場所を考えてくれれば。
「意外と甘いんだね、白崎さんは」
にっこりと笑いながら会話に混ざってくる修一さん。
「私もかなり昔、静香が生まれる前までは愛煙家でね。でも子供が生まれるからと家内にやめるように言われて……それから1回も吸わせてもらってなかったんだ」
昔を懐かしむように目を細めて話す修一さん。
「まぁ静香が生まれてくるから、子供に煙草の煙を吸わせるのは私も嫌だったからなんだけどね」
その言葉は家族を大切にしているお父さんの物で、この人はいいお父さんだったんだな、と思った。
そんな何気なくも色々なやり取りを十数分ほど続けていると、あっという間に昭徳の車が見えてくる。そのすぐそばには椎名さんの車も見えてきた。
そのすぐそばではここを離れてから戻ってくる間に目を覚ましていたのだろう、立ち上がり、にこにことした笑みを浮かべている椎名さんの姿と、困惑した表情を浮かべている昭徳と涼香ちゃんの姿があった。
何かがおかしい。椎名さんってそんなに朗らかな方だっただろうか? どちらかというともっと、私に近いおとなしい人物だと思っていたのだけれど……。
不審に思いながらもみんなの元へと3人で歩いて行くと、私達を見かけ、大きく手を振りながら椎名さんが一言、
「えっとー、白崎さんに悠野さんたちですよね? 」
といいながら、ひどく幼い、少女のような笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。私たちがその反応に戸惑い、返事をするよりも前に、
椎名さんが驚きの言葉を投げかけてくる。
「初めまして! あたしは椎名優です! お姉ちゃんたちもおじさんも、よろしくお願いします! 」
――え?これはいったいどういうことなんだろう。疑問に思い先に椎名さんとお話をしていたはずの昭徳と涼香ちゃんを眺める。
2人とも一言も発することができず、困惑した表情のまま棒立ちになっていた――。




