EP3--椎名優2――トラウマとの再会
2022年 11月25日 0時7分
目元に浮かぶ涙の雫を拭おうと右腕を上げたとき、強烈な痛みと共に急激に意識が覚醒していく――
「ここは……僕はどうして……」
見慣れたはずの車内、だがその外の風景はよく知ってはいるが本来停車するような場所ではなかった。
「トンネル……そういえば!」
意識を失う直前にけたたましい音量でスマートフォンが鳴っていたことを思い出す。
痛む右腕ではなく左腕でスマートフォンを取り出す。いつもと違う挙動に違和感を覚えながら電源ボタンを押し画面を見ると見慣れないアイコンが表示されていた。
アイコンをタップすると表示されたのは――。
『2022 11月24日 23:55分 緊急災害速報
大橋灘沖を震源に強い揺れを観測。
近隣におられる方は速やかに安全な場所で揺れに備えてください。(地震科学省)』
自分がどうして意識を失っていたのか、どうしてこんな場所にいるのかを把握し、内心焦りを感じる。
だが焦っていいても現状が好転することはない。ひとまずはここから脱出しようと車のエンジンをかけようとしたのだがキーを回してもエンジンは掛からない。
「……『オートエンジンオフ機能』か」
『オートエンジンオフ機能』とは、2016年にお年寄りが車を運転中に意識を失い、歩行者に突っ込んだ事故が立て続けに起きたことを経て、政府と自動車メーカーが協力し開発した技術だ。
搭載された熱センサーを用い30秒以上ハンドルから片手を離すかブレーキを3分以上踏み続けた際に自動でエンジンを切るシステムのことだ。
急病のほか片手でスマートフォンを操作し電話をするようなこともできなくなり交通事故の件数も激減したそうだ。今ではこの機能の取り付けは法律によって義務付けられている。
「このシステムがもっと早くあれば……」
このシステムのおかげで今回大事に至ることがなかったのだろう。だが、10年前の出来事を思い出すともっと早くこのシステムがあればよかったにという不満を感じる。
「……そんなことを考えても意味はないか」
――過去は変えられない。
「……このまま待つのもいいんだけどスマホで電波を受信できないみたいだし少しトンネルの中でも歩いてみるかな」
自分が置かれた状況が深刻であるということは理解している、でも。だからこそ――
「塞ぎ込んだりパニックになったらいけないんだよな」
気持ちを切り替えるためにも、今自分が置かれている状況を把握するために車を降り、辺りを探索することにする。
まず最初に向かったのはトンネルの入り口。何事もなければ入口からトンネルを抜け、歩いて高速道路を降りようと思い足を向けたのだが、入口にたどり着いたところでその望みは崩れ去ることになる。
「土砂が出口を塞いでる……」
入口は地震の影響で緩んだ土砂が完全に道を塞いでいた。
「こっちはダメか……なら! 」
入口からの脱出をあきらめ今度は出口のほうへと足を向ける。
途中でもう一度自分の車に戻りエンジンをかけようとするがまだ再起動させるには時間がいるようだ。
再び車を降り、距離にして200mほどーー足元にスマートフォンの明かりを当てながら歩いていると、ふいに何かが焦げているような不快な匂いと低く唸るようなエンジン音に気付き、明かりを前方へと向けた。
そこにあったのは黒煙を上げ、今にも爆発を起こしそうな一台の軽自動車だった。
それを目にした時、僕の人生の中でもっとも忌まわしい出来事がフラッシュバックする――。
慌てて駆け寄り運転席を覗くと中には初老に差し掛かっているくらいの歳の男性と助手席に自分と同じくらいの年齢だろうか?若い女性が意識を失い車内に残っていた――。