EP29--綺堂院昭徳4――ロンリードライブ
2022年 11月25日 10時28分
一人で自分の車へと戻る、その道中。俺が考えていたのはここで出会った少女……じゃない。少年、椎名の事だった。
線が細くて童顔で、そばをちょろちょろしているちんちくりんなんかよりも断然おとなしい少女のような少年。その椎名が背負っているものは俺なんかの心では到底受け止めきれないほど大きなもので、つい手を出したり口をはさんだりしたくなる。
……ここに閉じ込められた俺以外の5人が、気のいい奴らばかりでよかった。あいつらと一緒なら椎名の為に何かをしてやることができる。そして何より――
「――こいつがあってよかったな」
壁に運転席をめりこませたトラックを見ながら呟く。いくら気のいい奴らばかりでも食料がなければいずれ少ない食料の奪い合いが始まっていたかもしれない。
物資があるからこそ余計ないさかいは起きないのだと思うと、食料だけではなく大切な絆を繋ぎ止めてくれる、とても頼もしいものに思えた。
だからこのトラックを運転してきてくれた、間違いなく亡くなっているだろう運転手に感謝の気持ちがあふれてくる。
トラックの横を通り過ぎる前に一度立ち止まり、軽く目を伏せ、感謝の念を込めながら黙祷をささげる。数秒ほどして目を開き、目的の自分の車へと足を進める。
トラックの横を過ぎてから大体10分ほど歩いただろうか?少し離れた場所に見慣れた愛車の姿が見えた。
少し早足になりながらも車へと近寄り、ドアについている鍵穴に持っていた鍵を差し込む。鍵を軽く右に回すと、カコッと小さく軽い音がなった。
窓から見えるロックが上に上がっていることを確認しながらドアノブを軽く引く。ドアが開くと同時に車の中へと乗り込んだ。
「……ふぅ」
激しい運動をしたわけでもないのに自然とため息が漏れる。車の助手席前についている収納スペースから煙草を取り出し、中を検める。煙草と一緒においてあった100円で買った電子ライターで火をつけた。そこで気が付く。
「……ちっもうねぇのか」
空になっていた煙草の箱を握りつぶしながら、火のついた最後の煙草をじっくりと味わうように愉しむ。
肺の中を満たした紫煙をゆっくりと吐き出しながら、手に持ったままだった鍵をハンドルの右下にある穴に差し込み、ゆっくりと回す。
鈍い音を響かせながらエンジンが掛かった車。だが最初にすることは、
「窓開けねぇとな……興も乗るんだし」
運転ではなく換気。車中に充満していた紫煙と煙草のにおいを外へと排出するために窓を開けた。
ついでにエアコンも内気から外気へと切り替える。そうこうしている間にも吸っていた煙草が短くなり、少しの物足りなさを感じながら灰皿で火をもみ消した。
少し吸い足りなさを感じていたが気を取り直し右手でハンドルを握る。左でギアをBに合わせながら前方と後方を確認し、踏んでいたブレーキから足をゆっくりと放していく。
少しずつだが徐々に上がっていく車の速度をさらに早めるために、ブレーキから完全に放れた足でアクセルをそっと踏む。そうすることで速度はさらに早くなった。
ハンドルの奥についているスピードメーターを見ると時速20kmほど出ていた。少し速度が出すぎたかなと思い、ブレーキを踏もうとしたとき、ガンッという音と共に車体が揺れる。慌ててブレーキを全力で踏みしめた。完全に停車してすぐにギアをPに入れ、外に出る。
周囲は昼間とはいえトンネルの中だ。結構暗かったのでポケットに突っ込んでいたスマートフォンで後輪の辺りを照らしてみる。
「……パンクはしてない、踏んだのは……瓦礫か」
タイヤの空気を確認しながら乗り上げてしまったものを確認すると落ちていた瓦礫を踏んでしまったということが分かった。
「やっぱり車での移動はなし、だな」
みんなと合流したら提案しよう。そう思いながら踏んでしまった瓦礫を蹴って退かし、ついでに進行方向に似たような大きさの瓦礫がないか確認してから車内へと戻る。
今度はもっとスピードを落とし大体時速10km、さっきの最高の半分くらいの速度で後ろ向きに車を走らせる。
少しの間慎重に車を運転しているとさっき黙祷をささげたばかりのトラックの姿が見えた。だが、さっきとは違い周りに人影がある。
誰だろうか?疑問に思いながらトラックの横に車を止め、確認すると。
「白埼さん、あんまり無理しないでくれよ」
悠野の親父さんと、
「大丈夫、です。これくらいは、したいです」
重たそうな袋を持った興と、
「……これは、消費期限が切れているな」
真剣な表情で手に持ったおにぎりの裏についているパッケージを眺めている悠野姉の姿があった。
「……なにをしてるんだよ」
思わず近くにいた興に話しかける。
「あ、昭徳。お帰りなさ――あぁっ! 」
のんきに挨拶をしようとしていた興が転びそうになる。咄嗟に両腕で興の体を抱きとめた。
「あぶねぇなぁ……興は運動神経が壊滅的なんだからあまり無理するんじゃねぇよ」
腕の中の興のおでこを軽く指ではじきながら注意すると、
「無理、してないよ。……ちょっとドジしちゃっただけ」
はじかれたおでこをさすりながらへにゃりとした笑みを浮かべる興。
「……それ、よこせよ」
興の笑顔を見ていると怒っていたことがばからしくなり、とりあえず持っていた袋――どうやら中身はペットボトルのようだ――を奪い取り、止めていた車の後部座席に突っ込む。そういったやり取りを繰り広げていると、
「綺堂院、いいところに来たな。ついでに昼食の分のお弁当とかも頼む」
おにぎりの吟味が終わったのだろう、悠野姉が両手で抱えていたお弁当やおにぎり、パンなどを俺に寄越してくる。
「しゃーねぇな、必要な分全部寄越せ、ってなんでお前が乗り込むんだよ! 」
「……持っていくものは全部積み込んだし、一緒に行ったらダメなのか?」
きょとんとした顔で首をかしげながら訊ねてくるこの無遠慮な悠野姉を見ていると、一瞬こいつならいいかと思ってしまったが、やっぱり駄目だと思い直し、
「……車で移動するのは俺だけだ」
短い言葉を投げかけながら、降りるように促す。
「綺堂院と白埼だけの愛の巣だからか?」
「違うからな?! 」
にやにやとした笑みを浮かべている悠野姉に思わず全力で否定する。……明け方のアレのせいで完全に的外れではないのだが。
俺と同じことを考えていたのだろう、興は顔を真っ赤にしながら追及を避けるように目を逸らす。
「……ここに来る途中に瓦礫を踏んだ。車での移動は危険だと思うんだ」
そう説明するとにやにやしていた顔を引き締めながら、
「……すまない」
失礼なことを言ってしまった。とつづけながら頭を下げてきた。
「……というわけで興も悠野の親父さんもわりぃんですが」
悠野姉にきにすんなという意味で手をひらひらと振りながら、俺たちのやり取りを見ていた二人のほうを向く。
「大丈夫、歩いて戻るよ。綺堂院君、本当にありがとう」
「……昭徳、気を付けてね」
俺の提案に2人とも快く了解してくれた。3人に、
「んじゃ俺は先に戻りますんで……」
と一声かけた後、車へと乗り込み運転を再開する――あれ?何か忘れているような。
「……あ」
思いだし、ギアをDに切り替え、トラックへと戻る。――大事なことを忘れていた。
すぐ戻ってきた俺の車を見て近寄ってくる興。
「……なにかあったの?」
不安そうな顔をした興に俺は――
「すまない、興。トラックの中に煙草とかなかった?」
ちょっと乗り出し気味に訊ねる。
「……昭徳、あとで正座」
……愛煙家には死活問題なんだよ。




