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六人のトラワレビト  作者: よるねこ。
√A 6人のトラワレビト
25/38

EP25--綺堂院昭徳3――感情的すぎる推測

2022年 11月25日 8時22分


「昭徳、あの子たちがいい子みたいでよかったね」


手を繋ぎながら一緒に歩いていた興が話しかけてくる。その内容は、ほんの数十分前に初めて出会った人たちの事。


悠野静香、冷静な自信家で頭のよさそうな、頼りになりそうな女性。


悠野涼香、天真爛漫でムードメーカー。純真誰が見ても椎名に惚れているのが分かる少女。


悠野修一、静香と涼香の親父さんで頼りないが、心の中には熱いものを持っていそうな、そんな男性。


そんな個性的だが人間的な魅力にあふれる悠野一家。――それと。


「みんないい奴なのはわかったんだが……椎名だけは何を考えているのか全然わからないんだよな」


――椎名優、初対面だという悠野さん一家を大怪我を負いながら救い、その後も自分の利益を一切追わず、常に周りのことを考えているような少女……じゃなかった、男なんだっけ。


「たぶんあいつのことだから、俺たちが食料を取りに行くのに呼んだ理由は荷物持ちかなんかだと思ってるんだろうぜ」


みんなで共有するためには食い物の場所を知ってる人間が多いほうがいい。それならあいつらのリーダーみたいなポジションにいる椎名に場所を教えておいたほうが都合がいいと思った。だからこそ椎名に、同行を頼んだのだが。


「そんな鈍感なところが涼香さんを惹きつけているんだろうけど……でも、椎名さんは」


興がすこしだけしょんぼりとした顔で続ける。


「自分のことが嫌い……いえ、それはちょっと違うのかな。自分のことを好きになりたいから、そのために周りの人を大切にしようとしてる、そんな感じだと思う。だから涼香ちゃんのことも大切にしてるけど好きというわけではなくて……」


――なるほど。


「興がそういうならそうなんだろうな」


ひどく感情的で不確かな推測。だが、本当は爪弾き物であったはずの俺を愛してくれたたった一人の女性、その最愛の女性が感じたことならば不思議と的を射ているような気がした。


「なんにせよあいつも悪い奴じゃないということは分かっている。だからあいつらとも協力して一緒にここから出よう」


――そして、興に指輪を渡す。この閉じ込められているという状況が興にとって、人生で最後の危険になるように一生守ってやるんだ。


俺がそんな風に決意を固めていると、興が握り合っていた手を離し、腕に抱きついてきた。


「昭徳がそんな顔をしているときって、大抵私のことを考えてくれてるよね」


俺の考えていることを見透かすような、そんな透き通った目で俺のことを見つめてくる興。


その信頼が照れくさくて、おもわず顔を逸らす。


「……そんなことはないぞ。今考えてたのは、どうやってここから脱出しようかということで……」


「あはは……やっぱり昭徳は素直じゃないなぁ」


ギュッとしがみついてきながら笑みを浮かべている興。


「……ったく興は。俺以外にそんな顔するんじゃないぞ」


その顔を見ていたら誤魔化すのもばからしくなってしまい、素直に独占欲を示す。


「はーい! えへへ……」


俺のちっぽけなプライドを素直に認めてくれる興。――やっぱり俺にはこいつしかいないんだろうな。


そんなことを考えているうちに目的の場所へとたどり着いた。


……椎名達はちゃんとついてきているだろうか?


疑問に思い振り返ると、少し離れた場所に目を見開き、顔を真っ青にさせた椎名とそのことに気づいたのだろうちんちくりんがオロオロしている姿が見えた。


「おい椎名! 大丈夫か?! 」


しがみついている興の腕をほどき、手を握りなおして椎名のもとに駆け寄る。


「……あぁ、あぁああああああああああ!!」


すぐそばにいる俺たちの姿が目に入っていないのだろう。目的の場所にあるコンビニのトラック――その運転席を凝視しながら涙を流し、絶叫している椎名。


「優くん! 」


ちんちくりん――涼香が椎名を呼びながら抱きしめた。


「……ぁ?あ、あぁ」


そうすることでようやく椎名は現実に戻ってきたのだろう。溢れる涙をそのままに涼香の体に縋りついた。


「……大丈夫なんだよ。優くんは何も悪くないんだよ」


涼香がしがみつく椎名の耳元でそうささやくと、椎名の体から力が抜けその場に倒れこむ。


「……昭徳、これってどういうことなの?」


心配そうに椎名達のやり取りを見守っていた興が、俺に尋ねてくる。


「わからない……だけど」


椎名が凝視していた先――運転席へと目を向ける。そこにあるのは確かに愉快なものではなかった。


完全に変形し壁にめり込んでいる運転席。その運転席のドアの下にはおびただしい量の赤い水たまりがある。確かに大の大人である俺でも正視し続けたい光景ではない。でも……。


「この怖がり方は異常だろ……」


知人がこうなっているというのであれば理解できる。でもこれはそうではないはずだ。


運転席にあるはずの遺体はここからは見ることは不可能だし、もしできてもこの有様だ。遺体の顔を拝むことができるかどうかさえ怪しい。


だが、椎名の心には悲鳴を上げ、自ら意識を手放すほどの衝撃があったようだ。


重苦しい静寂がこの場を支配する。意識を失った椎名を優しく抱きしめながら、彼を肯定する言葉を投げかけ続ける涼香。


そんな異様な状況を前に俺と興は状況が理解できずにただ呆然と立ち尽くすことしかできない。


「……椎名さん、辛そうだった」


いつの間にか俺の腕に自らの腕を絡ませていた興がぼそりと呟く。


「……だな、でもこれは……」


おそらく俺たちの手に負えるものではない。


「私達ってこういう時無力なんだね……」


組んでいる腕に力を込め、辛そうな表情を浮かべる興。


「……そう、だな」


状況から判断して椎名のアレは心因性の物だろう。興は多少の体の怪我なら応急処置を施すことはできる。でも心の傷はどうすることもできない。もちろん俺にも。


「……でもそれは、俺たちが手を出す必要性のあることじゃないだろ」


会って1時間も経ってないくらいの浅い仲だ、椎名の心の傷に真剣に向き合う義理はない。ないのだが……。


「昭徳……」


興がつらそうな顔をしていることが嫌で咄嗟に吐き出した言葉。その言葉は興どころか自分自身さえ騙すことはできなかった。


「くそっ! 」


何もできない自分自身に対しての苛立ち。椎名がこんな苦しみを背負っているという現実に対しての怒り。それらを拳に込め、トンネルの壁の低い位置についていた標識へとぶつける。


全力で拳を叩き込むと甲高い音を立てて標識が地面に落ちた。全力で八つ当たりをしても苛立ちは収まらず、書かれている内容が読めないように落ちた標識にもう一撃加えてやろうと足を上げたとき、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえた――。

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