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六人のトラワレビト  作者: よるねこ。
√A 6人のトラワレビト
23/38

EP23--椎名優8――悪夢の変わり目と見知らぬ2人との邂逅

「お兄ちゃん……」


真っ暗な世界で、妹が、望が泣きそうな顔で僕のことを呼んでくる。


――あぁ、またこの夢か。


いくら手を伸ばしても触れることはできない。ただ泣きそうな顔を浮かべた妹が何処か別の世界へと去っていく夢。


夢だということは分かっている。わかっているがそれでも僕は腕を伸ばす。


一度だけでもいい。触れたい。抱きしめて謝りたい。お父さんの最期のお願いを守れなかったことを。望を救えなかったことを。


それだけのために腕を伸ばす。でも、それでも望は去っていく。


――当然だ。僕は失敗したのだから。失敗してただ一人、こうして生き残ってしまったから。


「お兄ちゃん、ごめんなさい……」

 

違う! 謝らないといけないのは僕なんだ! なのにどうして望が謝るんだよ。


「……望」


大切な妹の名前を呼ぶ。そうすると望は少しだけ笑みを浮かべたあと、さらに遠ざかっていく。


「……いかないでよ望。やだ、やだよ……一人にしないで」


泣きながら望を求め続ける。いつも見る夢、いつも通りの悪夢だ。いつも通り夢から覚めるのを待ち、起きたときに無力感にさいなまれる――はずだった。だが今回の夢はそこでは終わらない。


不意に誰かに抱きしめられるような感触が僕を包み込んだ。それはとても暖かくて、確かに生を感じられる人のぬくもり。


そのことに驚いているといつの間にか、望の姿は見えなくなっていた。普段の夢ならそのことに気付いた瞬間に絶望し、絶叫し、目を覚ますはずだ。


でも僕を包んでくれているこの温もりのおかげか、絶望を感じるどころか自然に心が穏やかになっていく。心に開いた大きな穴が少しずつだが塞がっていく。


その心地よい感触に身をゆだねていると、耳元で誰かが囁いてくれた。


「――大丈夫なんだよ。望さんはいないけど私がいるんだよ」


その言葉を耳にした時、声の主が、温もりの正体が誰なのかようやく気づいた。


「……涼香ちゃん」


そう、涼香ちゃんだ。まだ出会って数時間しかたっていないのに僕を兄のように慕ってくれる、可愛らしい少女。


そのことに気が付いたとき、真っ暗だった世界が色づいていく――。


「――優くんのことは私が守ってあげるんだよ……望さんじゃなく、私が」


涼やかな青い世界へと。


その世界を眺めていると寝ているはずなのに、眠気が襲ってきた。


その眠気に抗わず、欲求に身を任せようとしていると、


「――おやすみなさいだよ、優くん」


涼香ちゃんが優しく囁いてくれた。その優しさに満ちた声を最後に、僕は深い眠りについた。



―――――――――――――

―――――――――

――――――

――――



2022年11月25日 7時23分


腕の中にある温もりを無意識に抱きしめ、微睡の中を彷徨っていると、耳元で誰かの叫び声が聞こえた。


「優! 涼香! 起きろ! 」


その声に驚き、慌てて体を起こす――腕の中にいたなにかがするりと抜け落ち、直後にゴツン! という鈍い音が響いた。


「あぅ?! 」


音の根源に視線を向けると、頭を押さえた涼香ちゃんが恨めし気な顔で僕を睨んできた。


その顔を見た途端、まるで沸騰したかのような熱が僕の胸を襲った。


そして最初に考えたのが――あれ?涼香ちゃんってこんなに可愛かったっけ?


普通なら真っ先に、頭をぶつけさせてしまったことを謝るはずなのに、なぜか言葉が出てこない。それだけじゃなく妙にそわそわしてくる。


「……優くん?」


そんな僕のおかしな行動を見て、涼香ちゃんは睨むのをやめ、心配そうな表情を浮かべる。


僕のことをまっすぐ見つめてくる涼香ちゃん。その存在を意識すると、形容しがたい複雑な気分になる。つい目を閉じて顔をそむけてしまった。すると、


「……え、あのほんとはそんなに怒ってなくて……」


僕が顔をそむけたことを別の意味で受け取ったのか、涼香ちゃんが慌てだす。


「……ほほぅ、これはこれは」


涼香ちゃんから顔をそむけたまま目を開くと、目の前にいたのはにやにやとした笑みを浮かべている静香さん。


「……昨夜はお楽しみだったようだね」


その横には複雑そうな顔の修一さん。


その二人が見ているのは僕と、抱き合ってはいないがぴったりとくっついたままの涼香ちゃん。


そのことに気付き、慌てて涼香ちゃんと距離を取る。


「これは、違うんです! 僕が眠ったときには涼香ちゃんとは少し距離があって……」


僕が誤魔化そうとしていると、


「それは私がついつい抱きしめちゃったんだよ」


まったく悪びれもせず、堂々と言ってのける涼香ちゃん。


「やっぱりお布団とかないと寒いんだよ」


……どうやらお布団の代わりにされていたらしい。


涼香ちゃんの言葉に脱力し、誤魔化す気力もなくなってしまった。


「えっと、今何時ですか?」


依然にやにやしている静香さんにそう尋ねてみると、


「7時25分。遅刻だな優と涼香は」


――7時25分……7時?!


「ご、ごめんなさい! 」


完璧に交代の時間は過ぎていた。そのことに気づき慌てて謝ると2人は、


「いや、構わない。よくよく考えると二人同時に起きておく必要はないと思って、私も父も少しずつ交代で眠っていたからな」


そう言ってあっさりと許してくれた。


「それはさておき、夜が明けたことだしそろそろ行動方針を決めたい」


「……行動方針、ですか」


そう尋ね返すと静香さんはこくりとうなずき、話を続ける。


「まずは現状を整理しよう。私たちの荷物は車が完全に壊れたせいで残っているものは金属製のトランクに入っていた衣服くらいしかない。優のほうは、食べ物とかは持っているか?」


「えっと……僕が持っているのは仕事帰りに買ったお弁当とカップ麺、パンが2つ、お茶が2L……あとはお酒ですね」


そう答えると、


「……私は優くんの食生活がすごく心配なんだよ」


涼香ちゃんに呆れられた。


「……男の一人暮らしなんてこんなもんだよ」


僕が言い訳じみたことを言っていると、修一さんが頭を下げながら


「返せるものがなくて申し訳ないが私達にも分けてもらえないだろうか」


本当に申し訳なさそうに頼んできた。


「わかりました。みんなで平等に分けましょう。――涼香ちゃんにお酒は渡しませんが」


困ったときはお互い様だ。そんなことで恩を感じてほしくなくて冗談を交えながら了承する。


「ありがとう、ひとまず一食はどうにかなりそうだ」


「でもこれが無くなったらどうしましょうか?」


僕の持っている食料は全員で分けるとなると少な目の一食分といったところだ。それ以降の食料は一切ない。


「それなんだが……他にできる事もないし出口を目指すというのはどうだ?」


そう静香さんが提案したとき――


「それは無駄だ」


――ここにいる4人以外の誰かが、提案を却下した。

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