EP22--悠野涼香6――代替じゃなく、
2022年11月25日 4時20分
――優くんと眠る前に少しお話しようと思い、私がペアの提案をした。だがその目論見は一人の鈍感少年の行動によって、実現することはなかった。
隣で静かな寝息を立てている優くんをみて、思わず脱力してしまった。
「ほんとにほんとに鈍感すぎるんだよ……」
私の提案に異を唱えることなく、おとなしくしていた優くん。その姿を見て私と同じ気持ちを少しでも感じていると期待したことを後悔してしまう。
「うぅ……眠れないんだよ」
好きな人が隣にいる、それだけで眠ることを体が拒否してしまう。
私は眠ることを諦め、優くんの寝顔を眺めることにした。
とても穏やかで可愛らしい寝顔。ずっと見ていたいと思ってしまう一目ぼれした少年。私のヒーロー。
そのことを本人に言ったらなぜか全力で否定されてしまったのだが、それでも私にとって優くんはヒーローなのだ。
――僕は一度失敗しているんだ……ヒーローなんかじゃないんだよ
優くんの辛そうな表情を浮かべながらの独白を思い出す。思い出しただけで胸が痛んだ。
……優くんは一度失敗したといっていたが、それはいつの事なのだろう?そして、誰を救えなかったのだろうか?
いくら考えたところで答えは出ない。その答えを知っているのはおそらく優くんだけだろう。でも、
「もうあんな顔をしてほしくないんだよ……」
それを本人に直接聞くことは優くんの心の傷を広げることと同義で躊躇ってしまう。
普段は気になることがあったらなんでも質問し、貪欲に知識を広げようとしてしまうのに優くんの事には踏み込めない。踏み込んで傷つけてしまうことを恐れてしまう。
「……恋ってこんなに苦しいものなんだね」
初めて抱いた恋という感情。それは私にとっても話に聞いていた通り、甘くて苦い不思議な感情だった。
「……優くんは私の事、どう思っているのかな?」
――少なくとも嫌われてはいないだろう。優くんは私に対して初対面とは思えないほど親身に、優しくしてくれる。そのことは事実。事実だが、
「……ちゃんと私のことを見てくれているのかな?」
それは私以外の誰かに対して向けられている気がする。私を見るときの優くんは、私の後ろに誰かの姿を思い浮かべているような気がした。
「……救えなかった人って誰なんだろう?」
それは間違いなく、優くんの大切な人で。
「……恋人、だったのかな?」
だとしたらすごく嫌だ。嫌だけどそれは私にはどうしようもできないことで、
「……どうやったらその人みたいに、優くんの大切な人になれるのかな?」
分からない、わからないことばっかりだ。
「……んぅ。……望」
――思考の海に呑まれかけていたとき、優くんが私の腕を強く握りながら、今にも泣きだしそうな声で[誰か]のことを呼んだ。その呼びかけを聞いてしまい、胸がキリキリと痛む。
「……いかないでよ望。やだ、やだよ……一人にしないで」
私の胸の痛みに気付かず、他の女性を求め続ける優くん。
「……大丈夫なんだよ、望さんはいないけど私がいるんだよ」
そう言って頭を撫でてあげる。優しく、でもしっかりと。数分ほど撫で続けていると徐々に落ち着き、寝息も静かになった。
……なんかこれ、すごく母性本能がくすぐられる。守ってあげたい、大好き。
その気持ちが通じたのだろうか?穏やかな表情を浮かべ、眠っている優くんが、
「……涼香ちゃん」
[望]さんではなく私の名前を呼んでくれた。そのことがすごくうれしくて……。
抱きしめてしまう。悪いことをしているとわかっていても気持ちを抑えられなかった。
「優くんのことは私が守ってあげるんだよ……望さんじゃなく、私が」
好き、大好き、愛してる。このかっこよくてかわいくて、頼りになるのに頼りない、ひどく歪な優くんが。守ってあげたい。過去のトラウマなんて振り払って幸せになってほしい。その気持ちを大きくしながら優くんを抱きしめ続けていると、自然に眠気が襲ってきて――。
「おやすみなさいだよ、優くん」
そう一言囁いて、優くんを抱きしめたまま眠りにつくことにした。




