EP2--椎名優ー1――懐かしい記憶
2011年 8月2日 8時46分
寝坊した。それも10分や20分ではない。目を覚ましてすぐに時計を見ると起きるはずだった時間より時計の針は1周半以上時を刻んでいた。
「どうして起こしてくれなかっただよ……望」
ーーベットの横でじっとこちらを見ている僕の妹、「椎名望」を冷ややかな目で見やる。
「ずっと前から起こしてたよ!お兄ちゃんが『あと5分……掛ける3分! 』とか言いながら駄々をこねてるからこんな時間なんだよ?……5分と3分を掛けるってどんな式で答えを出せばいいのかわからないよ……」
少し頬を膨らませながら直はそう教えてくれた。ーーあのごまかし方は間違いない、僕が悪かったようだ。
「ごめんなさい……夜に中々眠れなくてね」
「まったくお兄ちゃんは……こんなことじゃ将来お兄ちゃんのお嫁さんになる人は苦労するよ……」
朝から僕はなぜ、妹に将来を心配されているのだろうか。
「そんなことより早くお着替えしてくれないかな?お父さん、もうリビングで待ってるよ?」
「うわ! それを先に教えてよ! 」
人を待たせてることにいまさら気づき、僕は望に急かされながら慌てて着替え始めた。
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着替えを終え、望と共にリビングに顔を出すと既に出かける準備を整えたお父さんが新聞を読みながら煙草とコーヒーを楽しんでいた。
「おや? 優、やっと起きてきたのか」
新聞に目を向けていたお父さんが僕がリビングに顔を出したのを見て声を掛けてくる。
「おはよう、待たせちゃってごめんなさい」
「はっはっは、子供はたくさん寝るほうがいいに決まってるじゃないか」
そう言って頭を撫でてくれるお父さんの手は暖かい。されるがままになっていると
「パパ、お兄ちゃんも起きてお着替え終わったからそろそろ出発しようよ! 」
今まで散々僕が起きるのを待っていただろう望が待ちきれなくなったのかお父さんを急かし始めた。
「そうだな、そろそろ出ないと遊ぶ時間が無くなってしまうからな」
煙草の火を灰皿でもみ消し、飲み終えたコーヒーのカップをキッチンに持っていくお父さん。
「お父さん早く早く! 今日はお父さんたちとやりたいことがたくさんあるんだよ! 」
「こんな時間になったのってお兄ちゃんがお寝坊したからだと思うんだよ……」
そんなことを言いながら呆れ顔の望とキッチンから出てきたお父さんの腕を引きながら外へと連れ出す――
――この時の僕は、この家で三人で過ごす機会がもう二度と訪れないということを知る由もなかった。